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色彩を持たないイゼールと彼に立ちはだかる良い絵「映画ドラえもん のび太の絵世界物語」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は毎年恒例のドラえもん映画。ドラえもんが来ると春が来たと思い、コナンがくると新年度が来たと思うのです。それがアニメ映画ウォッチャーなのです。

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WATCHA4.5点

Filmarks4.6点

(以下ネタバレ有)

 自分の中で、歴代ドラ最高傑作かもしれない。いや、最高傑作だろう、と言ってしまおうと思う。

 思いっきりファンタジーな世界に見えるクレアとマイロのやりとり、そして吸い込まれるクレアというはじまりの引きはあるし、そこからミノタウルスに迷宮で襲われるのびドラ、それが絵の中の世界で、この話は絵の中に入れますよーっていうスムーズすぎる導入。流れるように突入するOPはゴッホクリムトフェルメールやらムンク菱川師宣葛飾北斎を経て、菱田春草の黒猫まで出てくる。菱田春草!!岸田劉生とかまで出てきたら大声を上げていたかもしれない。近代日本画家で黒田清輝じゃなくて菱田春草にいくセンス!

 のび太に突然降ってきた絵の中に入ったことで出会ったクレアとのび太たち。序盤ののび太たちの世界にやってきたクレアのドタバタはカルチャーギャップコメディの定番的な描写とはいえ、工事現場に紛れ込んでのスラップスティックな笑いはキャラへの愛着を持たせるに十分に値した。工事現場とガラスに顔を擦り付けている描写だけでクレアの純真性は担保されたと言っていいだろうし、中盤で偽物が登場したとしても、どちらが本物であるかを中途半端にこっちサイドが悩む必要のないキャラ造形に貢献している。

 アートリア王国(余談だが、知らないことをすぐに百科事典で引くスネ夫、君は学力伸びるぞ)という中世ヨーロッパのかつて存在した国へとたどり着くことで、異世界ファンタジーから時間旅行型への転換をひっそりと行うことに成功する。そこからは見るからにミスディレクションされていることでタイムパトロールなんだなぁと思わせるパル(ルイス・キャロルを持ってくるのもおしゃれで好き)、やたら転ぶけどこいつが悪いんだろうなぁっていうソドロといったキャラたちに恵まれながら、上手に絵を描く、とはどういうことだろうという創作への愛をうまーく見せている。このテーマで始まった時に、変な感動物語としての帰結では無く、のび太がパパ(無論、画家志望だったことは忘れてはならない)に自分の描いた絵を褒めてもらって絵を描くことに前向きになって終わる、というのは春休みに映画を見に来た子どもたちにとって最高じゃないだろうか。絵の中に入る、絵からものが出て来る、という双方向性を扱った映画が映画と観客に相補作用を及ぼしている、それ自体が奇跡のような作品ではないか。

 ドラえもん作品の中でも、寺本監督はひみつ道具を惜しげもなく使ってくれる印象だが、今回もキーになるはいりこみライトは勿論、水戻しふりかけみたいなピンポイントでオチに使える道具や、かるがるつりざお(これは映画自体が上下移動をかなり意識的に扱っている中でも重要なアクションをする道具といっていいだろう。余談だが、上下移動を結構ちゃんとしているが故に、横移動になる城突入シーンのアクションがかっこよく見えた)。転ばし屋、グルメテーブルかけ、通り抜けフープといったお馴染みアイテムまで登場してそれ自体がとっても楽しいことも言っておきたい。しずかちゃんのお風呂シーンもあけすけにファンサービスとして入れるというよりは、一夜を現地で明かす描写であり、クレアとの触れ合いの1部になるし、しかもそれが後々に偽物を明かすはったりになる訳で、しっかり使っている。ひみつ道具を用いることでパワーによる勝負の磁場から脱出できることは、月面探査記などでも示されていたが、今回もしずかちゃんは催眠をかけたほうきやかるがるつりざおでその重量区からしっかり解放されていることを表現できていた。

 なんでもかんでもスパイダーバースを比較に出してしまっては悪いのだが、絵の世界に入るごとにその絵の作風に変わっているOPもそうだし、のび太画伯の世界のドラえもんもしっかり動いた訳で、これまでのドラえもん的なタッチのアニメーションとは別にしっかり画面を作り上げることを念頭に置いた複数世界の描き方もまた好感が持てる。っていうか、このドラえもんのび太の言われるがまま道具を出す便利ポケットじゃなくていつも通りぷんすかしながら道具を出してくれるのも、地割れが起きた時に何も言わずにのび太を引っ張って避けてくれるのも、劇中で絵の中身は作者の想像力や信じているものに依拠すると言われているから泣ける。最高の2人や。

 また、全く意図していないかもしれないのでこっちの読み取りすぎかもしれないが、2025年にこれを作ったという事実は重く受け止めたい。イゼールの攻撃によって、美しきアートリア王国から色が吸い取られていく過程だ。よくよく考えると色を吸い取ったら動きも止まるのは良く分からないのだが、色を失って姿が固定化される姿は70年前に落とされた原爆に類似する描写として受け止めた。その一瞬で世界から時間と色を奪っていく行為を対決するべきものとして描いたことは、戦争についても扱うことのあるドラえもんという作品が色んな理由で相手を攻撃していいことにする(今回はイゼールが絵から引っ張り出した悪魔で、なんなら絵具である、という理由)中での精一杯のメッセージではなかろうか。

 最後に、同じ年1のプログラムピクチャーとして『クレヨンしんちゃん激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』も思い出しておきたい。しんちゃんは小学生より下の幼稚園生であることから、この作品はよりラクガキにフィーチャーしたものであった。混然一体となったラクガキという世界観は軍配をクレシンに上げたい。その中で、割とラクガキングダムはより社会批評に振っている感覚が合って、ついでに創作物の自由意志というもっと面倒な問題に踏み込んでいる訳ですが、今回のドラえもんはその辺の話題はうまーく逃げて子どもにとっての絵を描くことにスポットライトをしっかり当てたと思います。ラクガキとアートの境目をあいまいにすることで今回は上手くいったと。いずれにしても、翌年の天カス学園が良すぎて忘れそうになりますが、ラクガキングダムもいい作品だったことを思い出せました。あとは、『映画すみっコぐらし 飛び出す絵本とひみつのコ』。あれは本に入ってしまう話でしたね。




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