どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。
今回もアカデミー賞がらみの作品です。
WATCHA4.0点
Filmarks4.0点
(以下ネタバレ有)
実に徹底している。1972年ミュンヘンオリンピックにおけるアメリカのテレビ局ABCのクルーの視点から黒い九月によるイスラエル選手団襲撃テロを描いた本作は、単に事件の経過を追うような実話系の映画とは一線を画した作り方だった。とにかく情報がない。調整室や編集室、スタジオといったテレビクルーたちがいる場所からカメラは一切動かず、現場で何が起きているのか、一方その頃、みたいな描写は皆無。まるでワンシチュエーションのスリラーのようなソリッドな作り方を徹底し、登場人物のテレビクルーたちと観客が手に入る情報が殆ど同じという状況を作り出すことに成功している。その上で、彼らがアメリカのテレビ局であるということも緊張の持続を加速させる要因であり、通訳としてマリアンネが翻訳してくれること以外はドイツ語での情報は全く手に入らない。そのため、ドイツ語がしばらく流れた後に、マリアンネに何をしゃべっているかを教えてもらうまでの黙って注視する間が生まれ、それがこちら側にも緊張をもたらす。選手村内部に潜入したクルーもいるのに、彼の視点での映像は無く、彼からの音声報告しか寄越さないことで視点を揺るがさない。
終始屋内で暗めの部屋でのやり取りながら、刻一刻と変わる事態を実は映画的に嘘をつく時間経過でバンバン見せながら進んでいく。さっきまで犯人グループのリミットとして提示されていたの正午前後、生中継始まるまでの話をしていたのに、もう枠が切れてしまう3時の話をしている。実際には1日がかりの大仕事だったようだし、実際未明に発生して空港では明かりが頼りなんだから1日がかりなのだが、それを重厚に2時間超に仕立て上げるんでは無く、90分を切るランタイムにすることで集中力を持続させたまま走り切ったかのような心地よい疲れを与えてくれる。それでいて、実は外にカメラを設置する段階だったり、ヘリが到来する時なんかに空を見せてくれたりと、息苦しくないようにものすごく配慮もされている。映画としてはかなり優秀な作り手であると言えるだろう。
本来はこうした事件報道を行う部署では無く、スポーツ中継の担当チームが唯一ミュンヘンに乗り込んでいたことで起こる悲劇、という文脈からも勿論語られる。当初この任の経験はない、とされた幾人かのスタッフ、特に現場指揮のジェフは、スポーツのコンテンツのひとつかのように事件報道を行い、明確に充実の仕事ぶりを見せている。明らかにハイだ。視点を制限されていることで、調整室から出て来ない彼らにとって現場のいろいろが全然現実味がなく、ちょっとしたイベントごとにさえ見えてしまう。勿論、おまぬけに見えるドイツ警察、これほどの事態が進行しているのに全然協議を中断しなかったり、選手なら選手村を全然通過できる組織委員会側の不手際なんかも現場に切迫感を足りなくさせているんだろうな、とは思う。だが、最初から最後までドイツの人間としてこの出来事を捉えていたマリアンネと比較したら人ごとだったし、特ダネ的なものへの意識を隠しきれていない。そういうものを実感するジェフの鼻を折る物語でもあり、それでも明日も報道するべきものが進んでいく、という話でもある。警察の現場突入中止とそれに伴う介入、及び空港での経緯のソース不明瞭でのGoサイン。2回も踏みとどまるチャンスを与えられてなおダメだった。それがスポーツ局だからなのか、アメリカ人だからなのか、1972年だったからなのか。そこを問い直す意味では、なんでもかんでもどこからでもライブ配信する現代にも通底するテーマにはなっていただろう。
一方で、このガザ侵攻の最中にドイツという国(『ノー・アザー・ランド』に対してユダヤ人監督にのみ称賛する姿勢を大臣が出す国)がこれを送り出してきて、そしてそれをハリウッド側が大歓迎してアカデミー賞にノミネートしてるっていうのはちょっと思うところは出て来る。この作品単体の強度は素晴らしいし、『ブルータリスト』なんかもそこに否定的だった感じはあるんだけど、脚本賞のノミネートは『ブルータリスト』『セプタンバー5』『リアル・ペイン~心の旅~』です!って言われると流石にこれでイスラエルをハリウッドは批判する気はあるんです、っていうのはポーズにしか見得ねぇってというか。ポーズとってくれるだけマシかもしれませんが。ってことで、映画自体は好きなんですが、ちょいもにょもにょする感じはございますな、という。
