どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。
今回はジェフ・ニコルズ最新作。信頼できる作家リストの中でなかなかに上位に君臨している作家であります。ポール・シュレイダー、アレックス・ガーランド、マシュー・ハイネマン、ニール・ブロムカンプ、クレイグ・ゾベル、そしてジェフ・ニコルズ。こうみると本当に大作のことをそんなに好きじゃないんだな、と思います。ガーランドとブロムカンプで十分デカいんだもんな。

WATCHA4.0点
Filmarks4.1点
(以下ネタバレ有)
いいジェフ・ニコルズ映画であり、いいトム・ハーディ映画だった。
勿論、映画としてが圧倒的な風格を放つオースティン・バトラー演じるベニーという人物を中心に置いたモーターサイクル・クラブのヴァンダルズを扱う作品ではあるのだが、語り口として、ベニーの妻のキャシーが取材に答えるという回顧録形式ということもあり、ベニーには主人公っぽさはない。どっちかっていうと彼はずっと漂っていて、その周りでトム・ハーディ演じるリーダーのジョニーとキャシーがベニーに自分の思うようになって欲しいと綱引きしてたら、綱が切れてどっか飛んで行ってしまったよ、みたいな話。ということで、見ている自分としては綱引きしている主体であるキャシーとジョニーに目が行く。その中でも特にジョニーは非常にいい塩梅のキャラクターであり、彼にとっては理想の弟分を後継指名し、自分が始めたグループが年月を経て肥大化し、そして飲み込まれてしまう訳で『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』じゃん、ぐらいの感覚を持つストーリーラインに見えた。今回のトム・ハーディは『カポネ』の時の発声に近く、情けなさと風格をしっかり併せ持っていたと思う。『テイク・シェルター』『ミッドナイト・スペシャル』と完全に何かに魅入られて、どうしようもなくなっていってしまう父親的なキャラクター(っていうかマイケル・シャノン)を描いてきたわけだが、本作のトム・ハーディもまた、そういう文脈の上に置くことのできるキャラクターであったように思える。
正直ですよ、このバイク集団のことをこれっぽっちもカッコいいとは思わない。こういう連中はもれなく「珍走団」だと思っているし、いや勝手に決闘でもなんでもやってくれればいいんだけど、通学指定区域でも違反している。みたいに言及される諸要素が公共という概念に喧嘩売っている癖に、自分らが事故に遭うと葬式みたいなムードになる。常に内輪の論理が優先され、ブルーシーの葬式に押しかけているのとか反吐が出そうになる。コックローチはその中でもしっかり自分に戻っていったけど、彼の脚を撃ってけじめにするジョニーの判断がちょっとよさげなムードなのも全然好きじゃない。ジェフ・ニコルズ監督は、でもそれには多分自覚的で、パーティだかピクニックだかと題してモーターショーみたいなところに乗り込んでくる時の民衆の顔とか見ると、こいつらは迷惑な存在でもあるということをしっかり分かって排除しているように見える。バイクに乗っている姿がかっこよくないのも、そういう目線が入っている…からだと信じたい。
ベニーはそうした内側の論理と、キャシーからのバイクとクラブをやめて欲しいという要求の板挟みになりながら、俺の思ったバイク乗りはこうじゃないけど、バイクには乗っていたい、ということで出奔する、一番問い詰めたくなる存在ではあった。てめえ、結婚って人の人生も絡んでるとお分かり??とイラっとはする。孤独なバイク乗りでいたいアイデンティティならば、最初から他人との繋がりを、ましてや恋愛なんてするんじゃない。あとそれに惚れておいてコントロールしようとするキャシーも、それはそれで多少傲慢ではある。まあでも、『MUD』のマシュー・マコノヒーもそんなやつだったな。