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はじめの異年齢集団「大きな家」「小学校~それは小さな社会~」感想

 どうも、抹茶マラカス(@tea_rwB)です。

 今回は子どもを題材にした日本のドキュメンタリー映画を二本立てでお送りしたいと思います。

1.大きな家

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WATCHA3.5点

Filmarks3.4点

 まずもってシンプルにこれはこの作品に申し訳ないんですが、見たタイミングはすっごく悪かったことを申し上げたい。同じ日に想田和弘監督の『五香宮の猫』を見たわけです。手数の無さの極致のような観察映画を見せられた後に、ほぼ反対側にあるドキュメンタリー映画みたいなものを見せられてちょっと評価が『五香宮の猫』の方に傾いているのは間違いないでしょう。

 と、いうのも間違いなく手数が多い。児童養護施設で暮らす数人をフィーチャーしている訳ですが、それぞれに年齢と名前を出す演出をしており、そして別の人の視点から同じエピソードを語ることでちょっとした重層性を見せる、という前作『14歳の栞』でもやっていた手法を踏襲しています。その上で、スローモーションや結構なBGMの使い方、逆に無音にするタイミングなど、ここは泣いていいですよ!みたいな誘導が結構強めというか。もう終わりに全員の背中を順番に映して終わるのとか、めっちゃワンピースみたいなことしたがるじゃん、というバカみたいな感想になってしまいました。前回の『14歳の栞』は同じ教室という空間で同じ時間を過ごしたクラスメイト達全員を描いたからこそ面白さがあった手法だと思ったのですが、児童養護施設の全員とはいかないメンバーを描いている(というか、結構な大所帯っぽい感じだったので全員は無理)中でこの手法はちょっと厳しかったように思えます。

 その結果、この施設で暮らす子どもたちに寄り添って生活をそのまま映して色んな境遇のことを知り、知ることで支えていったりするという視点からするとちょっと足りないような印象になってしまいました。むしろ、おいしいところだけ切り取って多くの人の人生を2時間でおいしくいただいているような感覚というか。今回の映画では、18歳を迎えて退所する子、退所した先の生活をしている子、百名山という山を1週間かけて踏破しているイベント、果てはネパールの児童養護施設にまで足を延ばして同年代の似た境遇の子どもたちと触れ合う。日常にしっかりフォーカスしていたのは野球部のあたりまでで、むしろ日常の中のイベントを拾い集めているような、悪い意味で24時間テレビみたいだな、って思ってしまいました。

 この作品は『14歳の栞』同様、個人を特定してしまうこともあって配信や円盤にはならない劇場ONLYの作品です。それもわかるんだけど、単なるフィクションと違ってありのままのように実在の人物に受け止められてしまうドキュメンタリーというジャンルの映画において、今回の作り方は『14歳の栞』の2匹目のどじょうを狙っているだけで、劇場だけでの公開にすることを免罪符にしちゃってはいないでしょうか。勿論、竹林監督もある程度はそのきらいを感じているのか、全員にする「この場所はあなたにとってどのような場所ですか?」という質問の答えが家とか家族ではないと断じるものばかりでもきちんと俎上に載せているし、「20年後どうなっていれば幸せか?」という問いにも20年も生きるのか、という答えを活かしてはくれています。でも、その質問自体が一定の答えを見込んだように思え、味付けは結局想定した側にちょっといっちゃってないかなと。もっとこの子たちのいつもの暮らしを徹底して見せて、それだけで十分訴えてくるものはあったはず。終わってみれば『大きな家』なんだもんなぁ。

 出だしで職員との車内での会話。施設を出た子どもはどう過ごしているのか、という問いに出てきた社会になかなか適応できない子もいる、みたいなニュアンスの言葉に対して、私はそんな社会は変わらなきゃダメだ、変えなきゃダメだ、と思ったけども、この映画の終わりに社会を変えなきゃ、と思う人は一体どれほどいただろうか。

 最後に、監督にそのつもりはないかもしれないが、斎藤工プロデューサーが東京国際映画祭エシカル・フィルム賞の授賞式で審査員として放った言葉がそのままこの映画の態度に現れてはいませんか?は問われるべきだろう。過度なポリコレとかいう意味のわからない言葉でマジョリティがマイノリティを傷つけ消費することを肯定することが映画表現だと思っているなら、この映画もまた、そうやってマジョリティの立場から消費してないか?と。

2.小学校~それは小さな社会~

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WATCHA4.5点

Filmarks4.4点

 東京23区内のある小学校(というかうちの近所)の1年生と6年生に密着して記録映像で届けるドキュメンタリー映画。まあ学年を超えた交流、という意味では1年生と6年生、2年生と5年生、3年生と4年生、っていう組み合わせがベーシックなので納得も出来るし、何より始点と終点なので間違いない劇的さを持ち合わせる訳ですね。

 就学前の訓練から始まって入学式、夏休み、運動発表会、林間学校、卒業式、そして次の入学式へ…とイベントをどんどん見せていく。小学校のスケジュールなんていくつになっても頭に叩き込まれているでしょう?この映画が始まって終わるまでに、1年生も6年生もとっても成長しているのがまずシンプルに泣ける、っていうのは野次馬的な見方ではありますが、いややっぱり泣いちゃいますよ。特に成長を見せるのは6年生の放送委員の男の子と1年生の小太鼓担当の女の子。前者は、放送委員で毎日の放送をしながら通年顔を見せてくれるのだが、運動会における表現活動としての縄跳びがどうにもできなかったのを個人練習で色々出来るようになる、その顔が非常に美しかった。どうでもいいけど、選曲が前略、道の上からとダンシング・ヒーローだった。謎だ。そして後者は、新1年生のための歓びの歌(第9)を演奏するにあたってオーディションを勝ち抜いたんだけど、全体練習とかで全然演奏できなくていっぱい泣いていたが、見事クライマックスで完奏する。彼女の出来た!が最後に爆発するのも勿論安堵の涙を誘うが、怒られまくった次の練習でしっかり演奏できたことで音楽の先生にも褒められて、寄り添ってくれた担任に抱きついていくところはもう印象的どころではない。

 とまあ、見ていて感動的になったところを色々あげてはみたんですが、そんなものは結構些末というか、この映画に対する批評ではなく、よその家の子育てにただ乗りしただけの感想で。まずこの映画が明確に持っている特徴として、日本における小学校という特殊な空間の様子を海外に対しても発信できるように作ったドキュメンタリー映画であるというところ。委員会活動、椅子の脚についているテニスボール、ランドセルという謎の鞄、配膳を子ども自身がする給食、1年生だけかぶる黄色い帽子、机の下にもぐってかぶる防災頭巾。欧米の学校システム自体をちゃんと知っているわけではないけども、特殊すぎる条件が整いまくっている日本の学校。極度に均質化して一定以上の社会生活を営めるように、むしろ勉強以外の部分を叩きこめる教育システムが、この国を良かれ、悪しかれ作っている根本である訳で、そこを示唆している内容だろう。昼休みに遊んでいる様子とか見て、のぼり棒とか鉄棒みたいな遊具の概念すら外国に伝わるのだろうか、とか思いましたもの。まあタイトルからして、海外向けにはthe making of Japaneseですよ。ええ。

 無論、こうした教育の仕方による弊害が出てきて不登校やいじめといった問題も生まれていることは十分わかっているし、いや、むしろだからこそのこの映画でもある。現代日本を構成するものすごい幅の年齢の人たちは、しかしすでにそのほとんどは教育基本法や学校教育法施行後の6・3・3・4制の経験をしており、小学校の記憶は濃淡こそあれ当然持ち合わせているだろう。だが、誰もが持っている故に、各々の持っている前提の記憶に差異があることにどうしても気づけなかったりするものだ。こういう学校にカメラを置いたものを見て2021年の小学校をしっかり確認できることで、私のように自分に子どもがいなくても学校事情はアップデートできる。タブレットが配布され、机に衝立が置かれてコロナ対策をし、マスクをしていない子を上階から眺めながら「良くないねー」と6年生がこぼし、誰もいなくなった教室をルンバが掃除し、林間学校も一方向を向いて食事するし、先生は講演やらICTの講習やらZOOM講習やらでどう考えても爆発寸前。自分の知っているあの頃と今が違うこともそうだし、これから先、オリンピックはやったのに自分たちは緊急事態宣言で学校を休まなければならなかったような経験をしている子たちが大人になって我々と接するのである。あのコロナ禍を大人として過ごした人間と学齢児童として過ごした人間とに、断絶が生まれうるのは間違いないだろう。だから、その断絶が生まれる前にこっちもその可能性を認識するためにもこういう作品は価値がある。これは国内向けの意義だろう。

 ただ、本作で登場したのは日本の標準なのか、はまたちゃんと考えておくべきなんだろう。効率とはいえ、東京23区内の小学校であり、中には一軒家も多く登場した。いわゆる"中流階級"であり、そしてそれはもしかしたらもう中流より上の階級の記録でもあるんだろう、っていうことだ。地方と東京でも状況は異なるだろう。卒業式で幾段にも重なる壇に乗って卒業式が執り行われるのだ、人数から違う。




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