結論から言うと「ノー」である。アビゲイル・シュライアーは少なくとも著書『トランスジェンダーになりたい少女たち』(原題: Irreversible Damage)の中ではアニメを批判していないし、それ以外の場所でも私は彼女がアニメをあげつらうのを見たことがない。
この本の出版から1年半もたって、なぜ改めてこんなことを書いているかというと、「シュライアーがこの本の中でアニメをキャンセルしようとしている」と書いている人を X (旧 Twitter) で見かけたからである。
この本の中でアニメに触れているのは 2 箇所だけ。原書でも「anime」という単語で出てくる。以下に引用する。
33ページ
ジュリーがその新しい友人にあまりにも傾倒しているので、母親たちは少し心配になってきた。学校が終わるとしょっちゅうローレンに会い、アニメやコンピュータで作成した擬人化された動物のことを教わっていた。「それがトランスジェンダー・カルチャーにつながっているとは思ってもいませんでした」シャーリーは私に言った。
注: ジュリーの親はレズビアン・カップルなので「母親たち」と複数形になっている。シャーリーはそのうちの1人。
141ページ
母親たちは一生懸命、娘の気持ちに寄りそって、エモ[心情を吐露するような歌詞が特徴のロックミュージック]やアニメまで娘にとってのブームや夢中になっているものを一緒に楽しんでいた。娘が無神論や共産主義に傾倒していると言っても、自分は同性愛者だと天啓を受けたと言っても、それを受け入れた。
どちらもインタビューを受けた母親の発言をシュライアーが要約したものであり、そこにシュライアーの主観や主張は入っていない。引用箇所の前後でアニメについて掘り下げることもしていない。自分たちの知らない文化に娘たちが傾倒していくことに戸惑う母親たちの言葉をシュライアーはそのまま文章にしただけである。
2つ目の引用箇所にはアニメと並んで、エモ、無神論、共産主義も出てくるが、このテキストだけをもってして、シュライアーがこれらを批判している/キャンセルしようとしている、と読解する人はおそらくいないだろう。
Twitter の一般ユーザーならおかしな読み取り方をする人がいてもしょうがないと思うのだが、これが大学の先生となると話は別である。こちらは、別の記事でも取り上げたことのある、神田外語大学のジェフェリー・J・ホール先生が、この本の出版をカドカワが取りやめたときに X に投稿したものである (『トランスジェンダーになりたい少女たち』は当初カドカワから出版される予定だったが、批判を受けて出版中止。2023年4月に産経新聞出版から出版された)。

注: 赤い下線もホール (魚拓)
私が上で紹介した1つ目の引用箇所をスクリーンショットで示しながらホールはこう書く。「多くの人が指摘したように、マンガ/アニメの大手出版社であるカドカワが、アニメを"トランス文化"の一部だとする反トランスジェンダー本を出すというのはおかしなことだった」。この本が反トランスジェンダー本かどうかの議論はさておくとして、アニメがトランス文化の一部だと言ったのはシュライアーではなく母親であるのは一目瞭然だ (ご丁寧に引用符で囲ってある)。
この本が産経新聞出版から出版されることが決まった2024年3月、ホールは「まったく予想通りの展開」「原書もアメリカの保守系出版社から出版されたが、新しく決まった日本の出版社も同じような政治傾向と対象読者を持つ」「その一方、カドカワはより幅広い読者のためのコンテンツを出版する大手出版社で、文化戦争のポリティクスに関心を持つ限定的な読者を対象とするのではなく、世界にアピールするブランドを構築している」とカドカワを褒めたたえ、産経新聞出版やシュライアーの本を矮小化するテキストを投稿をしている。[魚拓][魚拓][魚拓]
ホールの権威主義に対抗してこちらも権威主義で反論材料をいちおう提示しておくと、イギリスにおいてはシュライアーのこの本はタイムズ紙の2021年のベスト・ブックの1冊、およびエコノミスト紙の2020年のブック・オブ・ザ・イヤーの1冊に選ばれている。

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