放れ駒 (はなれごま)


昔、円隆寺の本堂に巨勢金岡作の馬の壁画がかけてあった。
ところが、この馬は夜になると絵から抜け出し、近隣の田畑を荒らし回っていた。
村人たちは交代で見張りを立てたが、仮眠を取っていると蹄の音が聞こえ、畑を見れば作物が食い荒らされているという有様だった。
この馬の姿を見た者はいないが、走り去る馬の影を見た者はあったという。
ある日、村人が円隆寺の壁画の馬に水玉や泥がついていることに気づき、作者である金岡に相談した。
そこで金岡が壁画に網を描き足して馬を繋いだところ、それから馬が抜け出て田畑を荒らすことはなくなったという。

『舞鶴の民話 第二集』「放れ駒(引土)」より


作者の巨勢金岡は平安時代の絵師で、舞鶴市赤野には彼の屋敷跡があると伝えられています。(『丹後旧語集』)
また京都市右京区の仁和寺にも、巨勢金岡作の絵馬から馬が抜け出して田を荒らす話がありますが、こちらは「絵馬の仕業だと気づいた人々が馬の目の部分をほじくり出して止めた」という結末になっています。対策がバイオレンス。(『古今著聞集』)

円隆寺
円隆寺は愛宕山の東麓にある真言宗のお寺です。
享保十七年(1732)の大火事で寺の大半が焼失しました。
その時一緒に燃えてしまったのか、放れ駒の壁画は現存していません。

豆を喰いに出た絵馬(丹波篠山市)


伝承地:舞鶴市引土・円隆寺


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