3週間経つと、気持ちが落ち着いてきました。でも、リベンジの気持ちは変わりありません!今はサロマ湖に向けて、再始動中です。時間と次の目標があることは大事だと改めて思いました。
土曜日に40キロ走をしました。まだ、万全とは言えませんが(^^;)
何だか記憶が薄れてきました。レポの続きです。
A4を出た後、少し体調がよくなりました。
真夜中ですが、周りにランナーがいて寂しくありません。
暑さからの脱水によるものだったのでしょうか?
あまり記憶がないのですが、とりあえず転ばないように前へ前へ。
眠気と戦いながら、次のエイドでは「仮眠する」とそれしか見えていませんでした。
補給は歩いたり走っている時はあまり摂れず、日が昇るのを待ちます。
雨も降り出したけど、それでもこの区間はまだ良い方だったはず。
そうこうしているうちにレースブリーディングで聞いていた平野の交差点へ。
セブンに寄り、おにぎりと雑炊を買った。
食べれそうなものだった。
その後、ボランティアの人が話しかけてくれて山中湖キララへ。
そこにはBAMBIに携わっていた方がいて話しかけてくれました。具合悪くなっていたこと話しつつも塩おにぎりを豚汁に入れて食べれた(笑)

その後、仮眠の事ばかり考えていて、体調がそこそこだったのに休んでしまいました。
結果的に時間がなくなったから、これも失敗の元。
雨はやみ、ここからが勝負の山々です。
出る時に、顔見知りのランナーさんとBAMBI先輩ランナーさんがいて、心強かったですが、
まず、登りがキツくて、私は進めずあっという間に皆居なくなってしまいました。
そして、食べすぎてしまったみたいでまたまた胃が絶不調…。
今思えば何していたのでしょうかね。
それでも、前を目指していきます。とにかく登り。補給はエイドのみ。
徐々にスタミナが切れていきます。下りは抜かしてもらいながら、ボロボロでした。
気持ちも段々辛くなってきます。
思うように動けない。こんなんで完走できるだろうか…。
山を何とか登りきりました。時間はギリギリのようです。
で、下り。
スタッフの方が、関門まで残りわずかと教えてくれました。
このままではUTMFが終わってしまう。
必死に下りました。
いるスタッフに時間を聞いていました。
皆、今の調子で頑張れば間に合うかもと応援してくれました。
登山道のようで一般客もいます。
必死の形相で「退けてくださーい」と叫びお礼をいいます。
いや、すみませんでした。ありがとうございました。
そんなんで坂を夢中でおり、関門ギリギリでA7の二十曲峠に滑り込みました。
本当にギリギリでめいいっぱい走ったので着いてからしばらく動けずにいました。
そうして、ほぼパワーが無い状態での杓子山への道となるのでした。
早く出ないと間に合わないよー。と言われ出発。
私と同じく、ギリギリに入ったランナーさんとスイーパーさんと登りはじめましたが、やはりすでにすっからかんの状況において、厳しかったです。
ずっと胃がやられて補給ができていない事をスイーパーさんに話すとOS1やラムネをくれました。
ギリギリの二十曲エイドで何個かポケットインしたものも少しずつ食べます。
杓子山の岩登り。
ゆっくりと皆で登ります。
ロープ、岩、色々つかみながら。
以前、ボルダリングをやっていて、少しだけ得意な分野です。
ただ、調子こいて力を使ってしまい、ラストまで持たなかった原因かな?と思っています。
渋滞という事で確か待っていたような…。
そして進み始めた後も、時間の延長があったのに、私自身は限界に達していて精神的にも諦めモードになっていました。下りなのに動けないんです。
そして実は杓子山名物の鐘が遠かった。
スイーパーさんが励ましてくれましたから、前には進みましたが、間に合わない事は確実。私の2024Mt.FUJI100は終わりに近づいていました。
18時、関門まで3キロ以上あったと思います。

今度こそ完走を目指そう。
晴れやかにゴールしたいです。
終わり。