
早朝5時に宿泊先の快活CLUB福井駅前店をあとにしました。

始発の新幹線まで1時間半ほど時間があるので早朝散歩とシャレ込みました。

福井駅から徒歩5分、福井城址にやってきました。
福井城址のお堀の中には福井県庁と福井県警があります。
ちょっと違和感がありますが、お城もかつては城下町を治めていた役所と考えるとおかしくはないですね。

福井城の築城は柴田勝家ですが、結城秀康公の石像がありました。福井藩の藩祖といえる人物です。
のちに松平姓を名乗り、越前松平家を興しました。

慶長五年(一六〇〇年)関ヶ原の戦いの後、越前六十八万石の大名となった結城秀康公(徳川家康の次男) は、翌六年に北庄(後の福井)に入り、新しい城の建設と、柴田勝家にはじまる城下町の大改造に着手した。 多くの民の力と汗に支えられ、およそ六年の歳月をかけて完成した城下は、都市としての福井の原形をかたちづくり、今日の福井市発展の礎となった。

福井藩(越前藩)はかつては32万石の大きな藩で、福井城もそれにふさわしい立派なお城だったんですね。

この先に天守台と山里口御門があります。

天守台へと上がる階段です。

天守台です。かつては4重5階の天守が建てられたそうです。

説明書きもありました。

福井の地名の由来ともなった井戸「福の井」です。

1948年の福井地震で大きく崩れた石垣です。被害をうけた当時のままの姿で残されています。

山里口御門です。

山里口御門は、福井城本丸の西側を守る門として築城当初からあり、「廊下橋御門」 や「天守台下門」とも呼ばれていました。 寛文9年の大火時に焼失してしまいましたが、その後再建されました。
藩主の住居である御座所が、西三ノ丸にあった松平慶永(春) などの時代には、 藩主は御座所から御廊下橋を渡り、山里口御門を通って、本丸へ向かったと考えられています。
御門は、外側の棟門と内側の櫓門で構成され、櫓の内部は、武具庫などに使用されていました。

堀の外と内を結ぶ御廊下橋です。

明治時代の御廊下橋の姿です。

福井地震の震災記念碑がありました。

福井神社です。
福井藩祖である松平秀康公、江戸幕府初代将軍である徳川家康公、福井藩16代藩主である松平慶永公(春嶽公)が主祭神として祀られています。

NHK福井放送局です。
このあたりから猛烈な便意💩が牙をむいて襲いかかってきました。
おかしいな、快活CLUBを出た時には何もなかったのに。

吉野家で朝定食べる前にトイレと思いましたが、なんと開いていない。
24時間営業が当たり前と思っていましたが違うんですんね。🤣
7:00~23:00が営業時間のようです。

や、ヤバいです・・💩 肛門さまの限界点が・・
こういう時に限ってコンビニも無い。
もう一度快活CLUBに戻るか・・

駅のはずれに公衆トイレがあるのを発見しました。セーフです。
しかもウォッシュレット付き。
ニッポンに生まれてよかった〜。
きれいな公衆トイレが街にあるのは当たり前のようで、海外では当たり前でないですもんね。😀

スッキリして写真を撮るのも楽しめます。
福井駅西口の恐竜たちです。

日中の時間帯は動くらしいです。


駅改札外の今庄そばに午前6時の開店一番乗り。

かけうどんとおにぎりセットで650円。😀
ごちそうさまでした。