日本でのマーラータンブームは中国人にとっても意外だ。なぜなら、マーラータンは安くて速く食べられる軽食であり、それが日本では健康にいいとかダイエットになると言われているからだ。最初にチェーン展開した楊国福は、現在20カ国以上に海外展開していると最華人が報じた。
中国人も驚く日本のマーラータンブーム
麻辣燙(マーラータン)が日本でブームとも言える人気になっていることは、中国のメディアでも報道され、中国人を驚かせている。なぜなら、中国人にとってとても意外なことだからだ。
ひとつは、多くの中国人が日本人は辛いものが苦手と思っていることだ。四川火鍋の店などで辛さに大騒ぎをしているのはだいたい日本人であり、日本料理に辛いものは少ない。
もうひとつは、中国でのマーラータンは、安くて早く食べられてお腹いっぱいになる軽食というイメージで、マクドナルドやKFCと同じカテゴリーの食べ物だ。それが、日本では薬膳スープで健康にいいとか、ダイエットになるなどと言われていることに驚いている。
そして、驚くのは価格だ。日本でも人気の楊国福(ヤングオフー)では、だいたい20元(約450円)前後の気軽な軽食だが、日本ではこれが50元(約1100円)で売られている。倍以上の価格をつけても、行列ができるほど人気だということに驚いている。

東北地方の庶民料理だったマーラータン
マーラータンは、中国の東北地方に伝わる料理だが、これを改良し、チェーン店化をして成功したのが楊国福(ヤン・グオフー)という人だった。
楊国福は1970年に、ハルピン市郊外の賓県万発村で羊飼いの家に生まれた。あまり勉強が好きではなかった楊国福は、15歳の時に中学に通うのをやめ、家の羊飼いなどの農業を手伝うようになった。
それが変わるきっかけになったのが、収穫したニンニクを18km離れた街まで自転車で売りに行ったことだ。農業だけでは食べていけないので、町で捨てられているセメント袋を拾い、これを持ち帰り、繕いをして、近所に炭を入れる袋として売った。
それでも暮らしは良くならなかったので、1990年頃、ハルピン市に住む叔母を頼り、そこで夜市の屋台を出した。夏にはお粥、冬には羊肉串を売った。
このハルピンで、楊国福はマーラータンという料理に親しんだ。華辰快餐という飲食店があり、そこでマーラータンをよく食べたのだ。ただし、この頃のマーラータンは、具材はすでに入れられていて、自分で好きなものを選ぶことはできなかったが、一杯3元という安さで人気だった。

食材を選べるようにしたことがヒットのきっかけ
華辰快餐が人気なのを見て、楊国福は屋台ではなく、自分の店を持ちたいと思うようになり、新永和街に半地下の店を借り、ケバブとイカの鉄板焼きを出した。しかし、思うように人気は出なかった。
そこで、2000年頃から、マーラータンを出せないかと研究を始めるようになる。自分の中で美味しかったマーラータンを思い出してその味を再現しようとした。レタスと昆布と豆板醤をベースにしたスープづくりを始めたが、なかなか記憶の中のマーラータンにならない。この再現に3年もかかってしまった。
そして、2003年9月、完成したマーラータンを武器に、ハルピン市永和街に「楊記麻辣燙」という店を出した。これが人気店となる。
2006年、楊国福は自分の店をフランチャイズ化することを考え、名称を「楊国福麻辣燙」に変えた。この時の工夫が、たくさんの食材を並べ、自分の好きなものを取り、具材の量で料金を決めるというビュッフェスタイルだった。
これが人気となり、中国全土に店舗が広がっていき、現在は5500店舗を展開するチェーンにまで成長している。


マーラータンは20カ国以上で食べられている
楊国福は、マーラータンもマクドナルドやKFCのように、世界に展開できるファストフードだと考え、2015年にカナダ、続けてシンガポール、オーストラリアと、在住中国人が多い地域から進出を始め、現在では20カ国以上に200店舗を展開するようになっている。
海外での価格は高い。特に欧州は物価が異なることもあり、客単価は200元に達し、中国の10倍の価格だ。それでも、欧州人を惹きつけている。楊国福が中国国内に広まり始めた時、このマーラータンが海外でここまで人気になると予想した人はほとんどいない。


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