兵馬俑の参観で、不思議な穴があることに気がつく人は少ない。しかし、これは現代のものではなく、古いものは2000年前の穴であると推定されている。ネット民たちはさまざまな説を出して楽しんでいると都市快報橙柿が報じた。
兵馬俑の中になる謎の穴
陝西省西安市にある世界遺産「兵馬俑」。秦の始皇帝の陵墓であり、副葬品として大量の兵馬俑が埋葬されていることで有名だ。始皇帝は命が絶えた後も、地下に大軍団を擁していた。
最近、ある人がこの兵馬俑を参観して、あることに気がつき、その写真をSNSに投稿したところ、ネット民から「そういえばそんなものがある」と、さまざまな人がさまざまな推測をし、広がりのある話題になっている。
話題になっているのは、兵馬俑の中にある、かまどのような穴だ。

作業用の穴か、盗掘用の穴か
この穴は、現在の秦始皇帝陵博物院のスタッフが作業用につくったものではなく、2009年から2022年までの第3次調査で発掘されたものだ。つまり、現代のものではない。
そのため、ネット民はさまざまな推測をした。当時の兵馬俑をつくった時の作業用の通路ではないか、あるいは、盗掘をしたものが掘ったものではないかなどだ。
この穴は、兵馬俑の中で最大の一号坑にある。一号坑は東西230m、南北62mで、地表から4mから6mの深さにあった。1974年3月、近隣の農民が井戸を掘っている時に、偶然、兵馬俑の破片を見つけ、これがきっかけになって発掘調査をすると、2000個の兵馬俑、20台の木製戦車が発見されるという大発見につながった。
項羽が兵馬俑を破壊した時の穴なのか
秦を倒し漢王朝を開いた劉邦と競い合うようにして戦った項羽は、咸陽を攻め落とした際、阿房宮など秦の宮殿や陵墓を焼き払ったと史記などに記述されている。兵馬俑を破壊したとは記述されていないものの、多くの人が始皇帝の陵墓である兵馬俑を荒らしたのではないかと想像している。この穴は、その時に項羽が掘った通路ではないかと想像する人もいる。
しかし、秦始皇帝陵博物院によると、近隣の農民の墓だと見るのが妥当だと言う。兵馬俑が発見される前、このあたりは村があり、普通に生活が営まれていた。その村人の合葬墓だと見ているという。

始皇帝陵の存在は厳しく秘匿された
しかし、ネット民たちからは、さらに疑問が呈された。それは、合葬墓を掘る時になぜ兵馬俑を発見しなかったのかということだ。
秦始皇帝陵が建設された後、作業に関わった作業員は全員が処刑されて、ここに秦始皇帝陵があることは秘匿された。そのため、その後の時代でも、ここに始皇帝の陵墓があることは、庶民の噂にすらのぼらなかった。後の時代の人が墓を掘ったとしても、そこに陵墓があるとは思ってなく、兵馬俑の破片が出てきたとしても、気にしなかったのかもしれない。
秦始皇帝陵博物院によると、このような穴は70カ所発見されており、最も古いものは西漢末期、最新のものは1900年代初期と見られている。ただし、正確な年代は調査をしてみないと判明しないという。
誰が穴を使ったのか、歴史ロマンが広がる
ただし、火災の跡や人為的に兵馬俑を破壊した痕跡も見つかっており、後の盗掘者がこの合葬墓の穴を利用して、兵馬俑を荒らした可能性はあるという。
しかしながら、項羽が兵馬俑を荒らしたという伝説とは、穴の時代が合わない。項羽が兵馬俑を荒らしたかどうかはわからないものの、少なくとも、項羽がこの穴を使って兵馬俑を荒らしたということは否定された。
それでも、多くのネット民が、この兵馬俑の穴にさまざまな推測をして楽しんでいる。
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