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今回は、雑貨小売チェーン「メイソウ」についてご紹介します。
MUJIの中国事業が安定してきました。
無印良品(MUJI)は2005年に上海市に1号店をオープンすると、すぐに中国の消費者の心をつかみました。簡素、合理性、環境といったMUJIのメッセージは、中国の若者層にも響いたのです。このイメージは、2002年に上海に進出をしたユニクロとも共通するもので、日本のイメージとも合致するものでした。当時は、「日本人は、MUJIの日用品がある家に住み、ユニクロの服を着て、吉野家の牛丼を食べに行く」と言われたほどです。
余談ですが、吉野家の牛丼は当初は高価な食事で、座って30秒で牛丼が出てきて、5分で食べて、客がどんどん回転する合理性が、日本が経済的に成功したひとつの要因であると言われ、日本のビジネス戦士が食べる戦闘食のように見られていました。当時は、中国のビジネスマンが仕事に成功した時に、自分へのご褒美として食べに行く店だと言われていました。
MUJIの商品も、貨幣価値の違いから、当初は中国人にとっては高価でなかなか手が出ないところがありました。それだけに、強い憧れを持たれたのです。MUJIの中国でのブランド力は昔も今も非常に高いものがあります。
2010年代になると、中国の経済も成長し、その恩恵が庶民にまで回るようになり、それまで手が出なかったMUJIやユニクロの商品が買えるようになっていきます。
ところが、MUJIは2019年頃から調子がおかしくなってきました。MUJIの中国事業の既存店売上+オンライン売上の前年比の推移を見ると、マイナス領域に突入してしまったのです。

2020年以降のコロナ禍で、既存店売上が乱高下をするのは仕方のないことにしても、それ以前から黄色信号が灯っていたということが重要です。その後、2020年と2022年の感染拡大により落ち込み、翌年には反動で大きく伸びるということを繰り返してきました(MUJIの会見年度は9月始まりであることに注意)。
それが2024年になってだいぶ落ち着きました。Q3とQ4はマイナスになっていますが、前年が感染拡大で大きく伸びたことによる反動です。これが2025年になってQ1、Q2とも既存店売上が成長軌道に乗りました。前年もプラスであり、2年連続のプラス成長です。安定成長のコースに入ったといってかまわないと思います。
なぜ、MUJIはブランドへの忠誠心は高いのに苦戦をしていたのでしょうか。理由はきわめてシンプルで、日本の価格と中国の価格に差があったからです。
例えば、「超音波うるおいアロマディフーザー」は当時日本で5990円で販売されていました。これは当時の為替レートでは301元になります。ところが、中国のMUJIでの販売価格は388元だったのです。MUJIは高付加価値の一部の製品は日本で生産していますが、多くは中国で生産し、ベトナム、カンボジア、インドネシア、インドなどでも生産しています。MUJIにすれば、輸送の問題などで中国価格は高くせざるを得ない理由があったのだと思いますが、中国の消費者から不満が出るのも当然です。
これにより、MUJIは「欲しいものをブックマークしておき、セールの時にまとめて購入する店」になっていきました。
現在は、中国での価格改定をして値段を下げていき、同時に日本の方は価格改定で値段が上がっているため、日中の価格差はほぼ解消されています。このような不満が解消したため、もともとMUJIブランドに対する忠誠心は高いですから、商品が動くようになってきたということではないでしょうか。また、中国専用品を積極的に開発してきたことの効果も現れているようです。
ただし、この間に、MUJIは名創優品の台頭を許してしまうことになりました。メイソウは2013年に広州市で創業された日用雑貨チェーンです。当初は、日本のメディアで「店舗はMUJI風、商品はダイソー風、ロゴはユニクロ風」の三重パクリチェーンだとして笑いの対象にされましたが、MUJIにとっては最大限に警戒すべきチェーンでした。
MUJIは欧米などにも広く展開をしているため、グローバル売上ではMUJIの方が圧倒的に大きいのですが、中国事業だけを見ると、すでにメイソウの方が事業規模は大きくなっているのです。MUJIの方が挑戦者の立場です。

メイソウは、創業者の葉国富氏が日本旅行をした時にMUJIの店舗を見て、衝撃を受けて中国で立ち上げた小売チェーンです。
葉国富氏は、MUJIのどこに感動したのでしょうか。それは、MUJIが今までになかった小売店だったからです。MUJIにはご存知のとおり、文房具から衣類、家電、食品、寝具までそろっています。今となっては不思議でもなんでもありませんが、1983年に東京、青山という感度の高い地域に1号店が登場した時は、多くの人が衝撃を受けたのです。それは、若者の簡素で合理的なライフスタイルという観点で多様な商品が用意されたセレクトショップになっていたからです。
それまで、日本でも中国でも、小売店というのは業界にぶら下がっているのがあたりまえでした。卸会社から仕入れをして、店頭で売るというのが小売店だったので、衣類の卸とつきあいのある店主は衣類店を開きますし、家電製品の卸とおつきあいのある店主は家電店を開きます。小売店は業界の軸で編集されているのが普通でした。例外は百貨店ぐらいしかありません。しかし、MUJIは、簡素と合理性を好む若者という消費者の軸で編集された小売チェーンだったのです。MUJIのコンセプトに共感する若者にとっては、MUJIに行けば、欲しいものがすべてそろう店になっていました。
葉国富氏はここに衝撃を受けました。余談ですが、小米(シャオミ)の創業者、雷軍氏もMUJIに衝撃を受けた一人で、現在、小米が販売している家電はどれもMUJIのテイストが感じられます。
ところが、非常に面白いのが、同じコンセプトでスタートしながら、MUJIとメイソウでは手法が大きく異なることです。今年の春には「ちいかわ」グッズを発売し、購入者が殺到し、大きなヒットともなりました。これだけでも、MUJIとは異なる路線を進んでいることがわかります。
MUJIは、もちろん販売されている商品は時代とともに変わっていますが、コンセプトはびっくりするほど変わっていません。創業の頃からミニマリズムが軸になっていて、無駄を排除したシンプルな製品を提供し続けています。無駄を排除して、商品の本質だけを消費者に提供するというのがMUJIの真骨頂です。
私も若い頃にMUJIのファンとなり、中年となった今でもMUJIで買い物をします。感覚としては「あの頃と変わらない」安心さがあります。これだけ時代の変化が激しい中で、MUJIはブランドコンセプトをよく守り抜いていると思います。
一方、メイソウは同じコンセプトでスタートしながら、MUJIとは大きく異なる手法で成長をしています。MUJIが守りのブランド戦略であるなら、メイソウは攻めのブランド戦略です。
この違いは、MUJIとメイソウの話だけではなく、日本の企業と中国の企業との違いにも通じるものがあります。今回は、メイソウのこれまでの成長の糧となったできごとをご紹介し、そこから中国企業の発想が日本企業と異なっていることを感じ取っていただけたらと思います。
今回は、メイソウがなぜここまで成長できたのかについてご紹介します。
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