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今回は、ドミノピザの奇跡についてご紹介します。
日本のドミノピザが国内172店舗を閉鎖します。と言っても、ネガティブなニュースというわけでもないようです。2020年のコロナ禍により、宅配ピザの需要が高まり、ドミノピザではその好機をとらえ、300店舗規模の新規出店を行いました。それがコロナ特需が一段落をして出店調整を行い、全国800店規模に落ち着かせるというものです。300店舗を出店して、172店舗調整ですから、拡大をしていることになります。
一方、中国のドミノピザもコロナ特需により店舗数を増やし、2024年11月には目標だった1000店舗を突破し、現在は1082店舗になっています。
こちらは出店調整なしで、絶好調と言ってもいい状況です。それまでドミノピザはずっと赤字が続いてきましたが、この拡大により、2024年上半期には0.51億元という久々の黒字を達成しました。
ドミノピザが中国に進出をしたのは1997年のことで、もはや四半世紀になります。日本と同じ宅配ピザの業態で、大都市ではそれなりに利用をされていましたが、宅配コストがかかるため、業績としては赤字と黒字を行き来する鳴かず飛ばず状態が続きました。それがコロナ禍以降、成長を始め、黒字を達成したのです。コロナ禍を確実に成長のきっかけとすることができました。
一方、日本のドミノピザは出店調整をしなければならなくなっています。この違いはどこにあるのかというのが今回のテーマです。
中国のドミノピザが成功できた理由のひとつが「地方都市への出店」です。宅配ピザのような中国市場にとって目新しいものは、大都市の経済的に余裕のある人しか利用しないと考え、中国に上陸をしてからも北京市のみの展開でした。それから他都市にも展開をしていますが、2022年の段階で、北京と上海の店舗数が全体の半数以上という状況でした。
これが、思い切って地方都市に積極展開をしたところ、大きく業績を伸ばすことに成功したのです。
このような地方都市市場は、かつては下沈市場と呼ばれていました。収入統計を見ると、上の方ではなく下の方に沈んでいる市場という意味です。以前は、国内小売企業でも、消費力の大きな大都市を主戦場とし、地方都市にはあまり進出をしたがりませんでした。購買力が弱く、物流の効率が悪いからです。
しかし、2010年代半ばになると、大都市市場は次第に飽和をして、企業の成長が苦しくなっていきます。そこで、大きなテーマになったのが「地方市場にどうやって進出をするか」ということです。ここで、地方市場は「下沈市場」と名づけられ、さまざまな挑戦が始まります。
この辺りの事情は、「vol.027:中国に残された個人消費フロンティア「下沈市場」とは何か?」(https://tamakino.hatenablog.com/entry/2020/07/05/080000)でもご紹介しました。
ところが、下沈市場に対する挑戦の多くはうまくいきません。それは都市で普及をしたサービスを地方都市向けに修正して広げようとしたからです。地方都市には適合せず、なおかつ購買力は小さく、人の密度もまばらですから、ビジネス効率が悪くなかなか成果があがらないのです。
その中で成功したのが、ソーシャルEC「拼多多」(ピンドードー)とファストフードチェーン「KFC」(ケンタッキー・フライド・チキン)です。
拼多多については「vol.234:Temuはなぜ常識を超えて安いのか。創業者の「資本主義の逆回転」と安さの本質」(https://tamakino.hatenablog.com/entry/2024/06/23/080000)、「vol.248:拼多多、Temuはなぜ常識外れに安いのか。中国で始まっているBOPビジネスの拡大」(https://tamakino.hatenablog.com/entry/2024/09/29/080000)でもご紹介しました。下沈市場の考え方のように、都市で成功したビジネスを地方にも適用するというのではなく、最初から地方市場に適合したビジネスを組み立てていきました。しかも、地方の消費者に販売をするだけでなく、地方の中小企業に商品を提供してもらうということを考えました。
地方の中小企業は、標準品をつくる技術力は持つようになってきたのに、なぜ利益をあげられないのか。それは在庫リスクが経営を圧迫しているからです。製造する能力はあっても、物流やマーケティングの能力がないために、いったん商品をつくりすぎてしまうと、それが大きな損失となり、企業体力もないことから、あっけなく倒産してしまいます。
そこで、受注生産に近い仕組みを構築し、あらかじめ販売数がわかっている状況をつくりあげました。それがSNSを活用したグループ購入です。ある商品の製造上の1ロットが144個であれば、購入をしたい人は144人の購入者を集めて、まとめ買いをします。実際は受注生産というわけにはいかないため、ある程度の予測をして、先に商品を製造しておきますが、受注生産に近い状況をつくることで余剰在庫が生まれず、製造した商品はすべて完売をすることになります。
無駄が出ないため、商品の価格は安くすることができます。また、優れた商品であれば、消費者がまとめ買いの仲間を募る中で宣伝をしてくれます。
こうして、拼多多は地方市場に適合したビジネスを組み立てていき、成功し、さらには逆に大都市にも進出をして成功し、アリババや京東(ジンドン)を脅かす存在にまで成長しました。さらには海外にもTemuとして進出をしています。
KFCは、都市で成功し、それから地方市場に進出をして成功した稀有な事例です。しかし、すんなり成功したわけではなく、地方に進出をした直後は停滞をしています。KFCについては「vol.162:中国の津々浦々に出店するケンタッキー・フライド・チキン。地方市場進出に必要なこととは?」(https://tamakino.hatenablog.com/entry/2023/02/05/080000)でご紹介しています。
KFCは1987年に北京市の前門に中国1号店を出店し、フライドチキンが中華料理と同じ技法の料理でありながら味付けはまったく異なるということが面白がられ、大成功をします。しかし、当時の中国の人民元は国際相場が低く、KFCは必然的に高級飲食店にならざるを得ませんでした。当時は、庶民が行けるいちばん高級なレストランのひとつだったのです。上海市の1号店は、外灘の東風飯店内にオープンします。東風飯店は租界時代の西洋建築「上海クラブ」を利用したグレードの高いホテルです。KFCは高級ホテルの併設レストランになるほど高級な飲食店だったのです。
このようなKFCですから大都市でしか展開できません。2007年には2000店舗を突破して、大都市はほぼカバーし終わりました。ところが、KFCはあたりまえのように地方都市に進出をしていくのです。
これが仇になりました。あたりまえと言えばあたりまえですが、不採算店が増え、店舗数は増えているのに全体の売上が伸びないという状態になりました。盲目的な拡大だと言われたこともあります。
KFCの地方進出は失敗だったと言っても間違いではありません。運営会社の米ヤム・ブランズはKFCの中国事業を切り離して、中国企業に任せる決断をします。これが素晴らしい決断でした。ヤム・ブランズが中国事業に嫌気がさしてしまったのか、それとも餅は餅屋で中国企業に運営を任せた方がいいと考えたのか、そこはよくわかりません。
しかし、アリババ傘下のアントグループなどが出資をして「百勝中国」(ヤム・チャイナ)が2016年に設立をされ、中国のKFCは独自運営となります。ここからKFCの地方での業績が拡大していきます。
ヤム・チャイナが最初にやったことは、地方店舗を地域に浸透させることでした。その手法は各店舗で工夫をさせましたが、地域の人とつながる施策を実行させました。話題になったのは、雲南省普洱市の創基尚城店の試みです。
その地域では、親が小学校の子どもの下校の送り迎えができないという問題がありました。中国では小学校ぐらいだと親が送り迎えをするのが一般的ですが、現実には難しくなっています。両親とも働いているためで、そのために祖父母を田舎から呼び寄せて孫の面倒を見てもらったりしています。また、スクールバスを導入する学校も多く、これであれば親の送り迎えはスクールバスの停留所まででいいことになり、負担が減ります。
普洱市でも同様の問題があり、小学生が下校をしても、親が迎えに行けず、一人で帰宅をするということが起こっていました。そこで、KFCでは、親の仕事が終わるまで店舗で預かることにしたのです。小学校が終わると、子どもたちはグループになってKFCのお店にやってきます。そこで、飲み物やおやつを注文して、宿題をやり、親を待ちます。仕事が終わった親はKFCに迎えにいき、子どもが注文した飲み物などの料金を精算するというものです。
万が一、事故でも起きたら責任問題になるため、日本では考えられないサービスで、地方都市で人間関係が濃密な地方都市だからこそ成り立つ仕組みです。
KFCのスタッフと親たちは微信(ウェイシン、WeChat)で連絡を取り合います。「今、xxちゃんがお店に到着しました」「仕事が終わったので15分で迎えにいきます」などです。
これも大きなことでした。地方都市ではまだスマホを持っていない、WeChatを使っていないという人も一定数いましたが、このようなサービスを受けるために、スマホを買い、WeChatを使うようになります。そして、KFC創基尚城店の公式アカウントをフォローしてもらいます。
この他、出張屋台サービス、高校生、大学生のための自習コーナーサービスなど、各店舗がその地域の実情にあったさまざまな地域融合策を考えます。共通していたのは店舗の公式アカウントをフォローしてもらい、WeChatで連絡を取るということです。
これで、オンライン会員が増えていきました。オンラインでのポイントの仕組みを導入することで、来店客の購入履歴が把握できるようになります。セールやイベントのお知らせもWeChatで送ることができます。クーポンもWeChatで送ることができます。
これにより、地域の人と仲良くするというだけでなく、オンライン会員を組織していったのです。私としては、なぜ日本のファストフードチェーンがこの真似をして、地域の人とつながろうとしないのかが不思議です。日本でもLINEなどを使って、ブランドと顧客のコミュニケーションを行っていますが、必ずと言っていいほど本部と顧客なのです。中国のチェーンの場合は、各店舗と顧客がつながります。企業微信(WeChat for Enterprise)を使えば、店舗ごとのアカウントを顧客がフォローをしても、全国分をまとめて本部が一括管理することも、店舗が自分の顧客だけを管理することも難しくありません。都市ではあまり効果がないかもしれませんが、地方の小都市では大きな効果があるはずです。
そして、2002年から、KFCは朝食に中華メニューを出す試みを始めます。お粥などです。これで年齢層の高い祖父母と孫が一緒にKFCにこられるようになりました。2003年には、老北京鶏肉巻や武漢熱干麺といった地域特有の中華メニューを出すようになり、それを他地域でも提供をしました。これも受けます。武漢に行かなくても武漢熱干麺が食べられるということが話題になり、西洋ファストフードに拒否感がある人の取り込みにも成功します。
KFCは、チキンを食べにいくところではなくなっています。家族で行って、中高年は中華メニューを食べ、若い人はハンバーガーを食べ、子どもはチキンやスイーツを食べるという家族で行ける店になっています。
盲目的に地方に進出してしまったのは失敗だったかもしれません。しかし、それを失敗にせず、なんとかする努力を続けることで、KFCは中国で、全国津々浦々にある西洋ファーストフードチェーンになることができました。
ドミノピザはKFCと同じように最初は大都市で展開をしていました。そして四半世紀の間、鳴かず飛ばずだったのです。それがにわかに業績が伸びたのは、KFCの成功をよく研究したからです。
今回は、ドミノピザがどのようにして成功したのかをご紹介します。
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