
時計は すでに 夜の十一時を回っています。
ほぼ 話しも尽きたのに、
二人の若い先生は 腰を上げようとしません。
せっかく 退職祝いをしてくれているのに
当の本人から 帰るとも言えず ハツコは
今日までの同僚が あらたに ビールを注文する姿を
うらめしく思ったりもしました。
『ああ、 もう こんなに遅いのに。この娘たちには
時間の観念ってものがないのかしら』
「そろそろ帰りましょうか」と言う声がやっと出て、
ハツコが席を立とうとすると、
サキエ先生が 急に思い出した様子で
「あ! 大事なもの学校に忘れちゃった!」
と叫びました。
そうして ハツコに腕を絡めると
「ハツコせんせ~ お願い! 私お酒飲んじゃったし、
車持てないから 学校まで 乗せてってください」
と言うのです。
「えー! こんな夜中に? 明日にしなさいよ」
「明日じゃ ダメなんですぅ。 ね、お願い!」
少々ムッとしながら 車へ向かうと
もう一人のサヨリ先生も
ひょっこり 乗り込んできました。
『ったく! なんっちゅう娘たちじゃ』
「はい。 着いたわよ。 取りに行ってらっしゃい」
と言うと、
「せんせ~も 一緒に来てくださ~い。
だって、せんせ~ 今日で
大原小学校最後なんだし」
「そうですね。 行きましょ 行きましょ
肝試しのつもりで 学校一回り~」
と二人が手を引っ張ります。
「わかった。 わかった! 行くから、もうー」
月明かりの中を 校舎へ向かう。
三十年通ってきた様々な小学校。見慣れた校舎風景。
家に居るより長かった気がします。
その家にさえ 忙しすぎて 仕事を持ち帰った日々。
「学校と家庭とどっちが大事なんだ!」
と 夫に 怒鳴られたこともありました。
そんな ハツコを支えてきたのは
子どもたちの 笑顔でした。
困難な家庭環境の中で 必死に生きようとしている
子どもたちの姿でした。
『私のクラスからは 決して落ちこぼれを出さない。
いじめっ子も いじめられっ子も 出さない』
そんな思いでやってきました。
そのバトンを 今 若い先生方に渡そうとしています。
『大丈夫かしら。 この先生たち
ちゃんと子どもたちの面倒見れるのかしら』
非常灯を頼りに
ふらふらと目の前を行く二人を見ながら
どうにも 心許ない気がしました。
辿り着いた職員室は 真っ暗でした。
「ちょっと 待ってくださいよ~。
え~っと、 スイッチは とーー 」
サキエ先生が 妙にデカい声を出しながら
スイッチをパチリ! と押しました。
すると 突然「ハツコ先生 退職おめでとう!!」
テーブルの下に隠れていた職員が
びっくり箱のように 飛び出して 大騒ぎ!
部屋一杯の 飾り付け。
それを見ながら
ただ ただ 目を丸くしている ハツコ。
「あ、 もう すぐだよ!
みんな スタンバイして! 」
まもなく 今日が終わる。
時計の秒針を見ながら 教員生活最後の
カウント・ダウンが始まりました。
「10! 9! 8! 7! 6!
5! 4! 3! 2! 1! 」
パン パン パ パン パーン!
一斉に 弾けるクラッカー。
再び「おめでとう!」 そして
「お疲れ様でした!」
皆が駆け寄り アルバムやら
寄せ書きなどのプレゼントを手渡しました。
『この頃 様子が変だと思っていたら・・・・・
私に隠れて これを作ってたのね 』
酔っているから乗せてと言った サキエ先生も
すっかり しらふで ニコニコ ハツコを見ています。
「こいつ~ はめたな~」と げんこの真似をしたら
ひょこっと首をすくめました。
「あ、 ハツコ先生 泣いてる~」
「ハツコ先生が泣くの 初めて見た」
「うるさい!」 と言い返しながら、
頬を伝うものは止めようがありません。
腕一杯のプレゼントと 胸一杯の感謝を持って
ハツコは深々と 頭を下げました。
ありがとう皆さん。 ありがとう 大切な仲間たち。
お世話になりました。
心優しいあなたたちに 私のバトンを渡します。
どうか 子どもたちを よろしくお願い致します。