
短編小説「伊豆の踊子」は、川端康成の初期の代表作で、

伊豆を旅した19歳の時の実体験を元にしている。
孤独や憂鬱な気分から逃れるため伊豆へ一人旅に出た青年が、
旅芸人一座と道連れとなり、踊子の少女に淡い恋心を抱く旅情と哀歓の物語。
孤児根性に歪んでいた青年の自我の悩みや感傷が、
素朴で清純無垢な踊子の心によって解きほぐされていく過程と、
彼女との悲しい別れまでが描かれている。
これまで6回映画化され、ヒロインである踊子・薫は、
1933年(松竹)田中絹代
1954年(松竹)美空ひばり
1960年(松竹)鰐淵晴子
1963年(日活)吉永小百合
1967年(東宝)内藤洋子
1974年(東宝)山口百恵
と、当時のアイドル的な女優が演じている。

『恋の花咲く 伊豆の踊子』(松竹)
1933年(昭和8年)2月2日公開。白黒・サイレント映画
監督:五所平之助。脚本:伏見晃。撮影:小原譲治
主演:田中絹代、大日方傳、河村黎吉、小林十九二、若水順子、新井淳、ほか
※ 初の映画化作品。昭和8年度のキネマ旬報ベストテンの第9位。

『伊豆の踊子』(松竹)
1954年(昭和29年)公開。白黒98分。
監督:野村芳太郎。製作:山本武、山内静夫。企画:福島通人。脚本:伏見晁。撮影:西川亨。音楽:木下忠司。主題歌:コロンビア
出演:美空ひばり、石濱朗、由美あづさ、片山明彦、雪代敬子、三島耕、日守新一、南美江、松本克平、多々良純、桜むつ子
公開時の惹句は、「椿の花は咲いたけどなぜに咲かない恋の花!」である。

『伊豆の踊子』(松竹)
1960年(昭和35年)5月13日公開。カラー87分。
監督:川頭義郎。製作:小梶正治。脚本:田中澄江。撮影:荒野諒一。美術:岡田要。音楽:木下忠司
出演:鰐淵晴子、津川雅彦、桜むつ子、田浦正巳、城山順子、瞳麗子、ほか

『伊豆の踊子』(日活)
1963年(昭和38年)6月2日公開。カラー87分。
監督:西河克己。脚本:井手俊郎、西河克己
出演:吉永小百合、高橋英樹、大坂志郎、堀恭子、浪花千栄子、ほか

『伊豆の踊子』(東宝)
1967年(昭和42年)2月25日公開。カラー85分。
監督:恩地日出夫。脚本:恩地日出夫、井手俊郎
出演:内藤洋子、黒沢年男、江原達怡、田村奈己、乙羽信子、ほか

『伊豆の踊子』(東宝)
1974年(昭和49年)12月28日公開。カラー82分。
監督:西河克己。脚本:若杉光夫
出演:山口百恵、三浦友和、中山仁、佐藤友美、一の宮あつ子、鈴木ヒロミツ、浦辺粂子、石川さゆり、江戸家猫八、千家和也(特別出演)、宇野重吉(ナレーション)ほか

2月14日(土)に、
佐賀県武雄市にある北方文化ホールで開催された優秀映画鑑賞会で、
映画『忍ぶ川』を鑑賞したことはこのブログに書いたが、
10:00~11:36 櫻の園
12:15~13:37 伊豆の踊子
13:50~15:50 忍ぶ川
16:05~17:36 八月の濡れた砂
この日、少し早めに行って、
山口百恵主演の映画『伊豆の踊子』も鑑賞していたのである。
かつて、映画評論家・山根貞男(1939年~2023年)が『キネマ旬報』で、
「1975年度のキネマ旬報ベスト・テンで、私は『伊豆の踊子』を第二位に入れた。一位は『仁義の墓場』である。『伊豆の踊子』の得点を与えたのはわたしを含めて3人きりだった。『伊豆の踊子』は、何よりも山の風景が素晴らしい。ドラマ展開の表現が見事であり、山口百恵が傑出しているが、それらの根底に山の風景の鮮烈さがある。山を一緒に歩くだけのことが、どれほど美しく哀しく、心楽しくかつ残酷であるかを、これほど深く描いた映画はない。西河克己の映画には、山歩きのリズムがある。そのリズムが見る者の心を揺さぶる」
と、評価しているのを読んで、ぜひもう一度見てみたいと思ったのだ。
川端康成自身は、三島由紀夫との座談会のなかで、
……作品は非常に幼稚ですけれどもね。……『伊豆の踊子』は、うまく書こうというような野心もなく、書いていますね。文章のちょっと意味不明なところもてありますし、第一景色がちょっとも書けていない。……あれはあとでもう少しきれいに書いて、書き直そうと思ったけれども、もうできないんですよ。……沿道の伊豆の風光を学生が僕のところに聞いてくるのが、いまでもときどきありますよ……
と、発言しており、「景色がちょっとも書けていない」と不満を述べているが、
小説「伊豆の踊子」の冒頭の描写は、
道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊り、湯ケ島温泉に二夜泊り、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見惚れながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。
と、見事で、特に、
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た」
「重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見惚れながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった」
という文章には唸らされた。
映画で、山の風景が出てくるのは、
旧制一高生の川島が旅芸人一座と道連れとなって歩いているとき、
薫(山口百恵)と川島(三浦友和)が一座の皆より先になって歩いているとき、そして峠のようなところに着いたときで、二人の背後に、連なる山々が見える。

私が山好きということもあろうが、このシーンは本当に良かった。




監督は、
吉永小百合主演の『伊豆の踊子』(1963年)と同じく西河克己なので、
似たシーンも多いが、所々変えてある場面もあり、興味深かった。
例えば、旧制一高生の川島の服装。
古い方の1963年版の川島(高橋英樹)は学生服姿なのに対して、

新しい方の1974年版の川島(三浦友和)の方が、
ほぼ原作通りの「制帽、紺絣、袴、高下駄」になっているのが面白い。

1963年版のお清(十朱幸代)と、

1974年版のおきよ(石川さゆり)とは、
似た役柄ながら設定を変えてあり、
後に、女優、歌手の大御所と呼ばれる存在になる二人が、
脇役として出演しているのも面白い。

1974年版のラストは、ちょっと衝撃的だった。
二人の感動的な別れのシーンで終わらず、

踊り子の薫が、酔っ払いの刺青男に絡まれて嫌がる姿だったのだ。
薫がいずれ酌婦か芸者に堕ちていく運命であることを暗示させていて、
単なる純愛ドラマに終わらせていないところが秀逸であった。

この1974年の東宝版は、川端康成の自死(1972年)の後の作品なので、
川端康成の意見は反映されておらず、もし生きていたら、
1963年の日活版(川端康成は吉永小百合がお気に入りだった)と比較して、
どんな感想をもらしたのか、知りたいところではある。

川端康成の「伊豆の踊子」を含め、
伊藤左千夫の「野菊の墓」、
三島由紀夫の「潮騒」などの青春文学の古典とも呼ぶべき名作たちが、
その時代を代表する、若く美しい女優たちによって、
何度も映画化されていた時代が妙に懐かしく、
文学のみならず、映画のふるさとはここにこそあると思わされるのは、
私だけのことであろうか……

いつの日か、令和の時代に生きる若い女優による、
『伊豆の踊子』や『野菊の墓』や『潮騒』も見てみたい。