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三島由紀夫の『春の雪』にまつわる小さな思い出

 

1925年(大正14年)1月14日生まれの三島由紀夫にとって、

今年(2025年)は生誕100年に当たる。

 

そして、今日(2025年11月25日)は、

1970年(昭和45年)11月25日に亡くなった(自決した)三島由紀夫にとって、

没後55年となる命日である。

 

私は中学3年生までは野球少年だったので、

本格的な読書体験は、高校1年生からということになる。

間違って進学校に合格してしまい、

高校1年生の私は、勉強においても、読書量においても、

クラスメイトのレベルに追いつくのに必死であった。

勉強の方は一向にレベルアップしなかったが、

読書の方は「一日一冊読破」を日々実行していたので、

その読書量はかなりのスピードで増していった。

夏目漱石森鴎外太宰治坂口安吾などの過去の名作ばかりでなく、

大江健三郎、安倍公房、遠藤周作などの現代文学もむさぼるように読んだのだが、

その中に、三島由紀夫の諸作品もあった。

考えてみるに、私が高校1年生になった昭和45年(1970年)は、

三島由紀夫はもちろん、

志賀直哉川端康成井伏鱒二大岡昇平檀一雄安部公房井上靖井上光晴遠藤周作吉行淳之介福永武彦松本清張司馬遼太郎高橋和巳開高健などもまだ生きており、

そのほとんどが現役作家として次々に新作を発表していた時代で、

読書する側としてはとても贅沢で、幸福な時代であった。

三島由紀夫の作品は、

最初はやはり『金閣寺』や『潮騒』や『仮面の告白』などの代表作を読んだ。

そして、「花ざかりの森」という短編(中編と解釈する人もいる)を読んだときに仰天した。

なぜなら、この作品は、三島由紀夫が16歳の時に執筆した作品だったからである。

 

かの女は森の花ざかりに死んで行つた

かの女は余所にもつと青い森のある事を知つてゐた

                     シヤルル・クロス散人

 

序の巻

 

 この土地へきてからといふもの、わたしの気持には隠遁ともなづけたいやうな、そんな、ふしぎに老いづいた心がほのみえてきた。もともとこの土地はわたし自身とも、またわたしの血すぢのうへにも、なんのゆかりもない土地にすぎないのに、いつかはわたし自身、さうしてわたし以後の血すぢに、なにか深い聯関をもたぬものでもあるまい。さうした気持をいだいたまま、家の裏手の、せまい苔むした石段をあがり、物見のほかにはこれといつて使ひ途のない五坪ほどの草がいちめんに生ひしげつてゐる高台に立つと、わたしはいつも静かなうつけた心地といつしよに、来し方へのもえるやうな郷愁をおぼえた。

 

祖先への強い憧れとアンニュイな雰囲気が漂う、

追憶と観念的な挿話が断片的に織りなされている詩的な作品であったのだが、

高校1年生の私と同じ年齢の頃に、

三島由紀夫がこのような文章を書いていたことに驚愕したのだった。

 

私が高校1年生の1970年(昭和45年)の11月25日(水)に、

三島由紀夫が、東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で、

憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた後に、

割腹自殺するという、世に言う“三島事件”が起きた。

 

その日の午後、担任の国語教師から、

三島由紀夫が割腹自殺をしたらしい」

と知らされる。

芥川龍之介⁚1927年(昭和2年)7月24日自殺、享年35歳

太宰治⁚1948年(昭和23年)6月13日自殺、享年38歳

という二人の自死は、

私が生まれる前の出来事なので、知識として知っているだけであったが、

三島由紀夫の自殺は、

〈文豪と呼ばれる作家は、やはり自殺するのか……〉

と漠然と思ったし、

歴史的な事件に立ち合っているかのような衝撃があった。

そんなこともあって、高校生の私は、三島由紀夫の作品を多く読んだ。

読んだ小説の中で一番好きだったのは、

『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』から成る“豊穣の海”4部作の、

 

第1部にあたる『春の雪』だった。

“豊穣の海”の中の一つであるが、

独立した長編小説としても読めるし、完成度も高く、

「花ざかりの森」を彷彿させる古風な文体も好きだった。

 

と、ここまで書いて、あることを思い出した。

 

先日、書棚の整理をしていたら、奥から、

高校時代に買った『中原中也詩集』が見つかった。

箱入りのその詩集を取り出し、パラパラと頁を繰ると、

一枚の葉書(年賀状)が挟まっているのに気がついた。

それは、高校時代に好きだった、ある女生徒からのものであった。

懐かしくなって、読んでみると、

年賀の挨拶と、近況報告の後に、

 

すてきな年賀状ありがとう。

 

と書いてあった。

すると、50数年前の記憶がパッと蘇ってきた。

私は、その女生徒に、

『春の雪』の中の一文を書いた年賀状を送っていたことを思い出したのだ。

 

見上げる空は雪のせめぎ合う淵のようだった。二人の顔へ雪はぢかに當り、口をひらけば口のなかにまで吹き込んだ。かうして雪に埋もれてしまつたら、どんなにいいだらう。

 

単行本『春の雪』の90頁にある一節から、

 

かうして雪に埋もれてしまつたら、どんなにいいだらう。

 

という一文だけを抜き取り、

“春の雪”をイメージした日本画風なイラストを描いた年賀状にその一文を置き、

その女生徒に送ったのだ。

 

詩集に挟まっていた年賀状は、その女生徒の返信だった。

パソコンやスマホもない時代、

手紙や葉書は、気持ちを伝える貴重な手段であった。

 

すてきな年賀状ありがとう。

 

という返事が余程嬉しかったのだろう。

詩集に挟んで半世紀以上も保管していたとは、なんとも……(笑)

 

(新仮名遣いの)文庫版でも読んだことがあるが、

 

『春の雪』はやはり旧字旧仮名遣いの単行本で読む方が味わい深い。

 

……久しぶりに『春の雪』を読んでみたくなった。

 

 




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