
久しぶりに映画を見たいと思った。
見たいと思った作品は『平場の月』(2025年11月14日公開)
原作の朝倉かすみ『平場の月』(光文社、2018年12月刊)は、

すでに読んでいて、2019年7月10日に、このブログで、
……大人の恋愛小説の白眉……
とのタイトルでレビューを書いている。
そのときの好印象が、映画を見たいと思わせたのだ。
原作となった小説は2~3年前に読了したような気持ちでいたのだが、
もう6年以上も経過していたことに驚く。
原作を読んだとき、
〈すぐにでも映画化、TVドラマ化されるだろう……〉
と思ったが、案外時間がかかったような……
間に、コロナ禍を挟んだからかもしれない。
主演は、堺雅人。
ヒロインは、井川遥。
中村ゆり、でんでん、安藤玉恵、椿鬼奴、栁俊太郎、倉悠貴、吉瀬美智子、宇野祥平、吉岡睦雄、黒田大輔、松岡依都美、前野朋哉、成田凌、塩見三省、大森南朋などが脇を固める。
監督は、『花束みたいな恋をした』『罪の声』の土井裕泰。
脚本は、『愚行録』『ある男』の向井康介。
主題歌は、星野源「いきどまり」。
私の好きな小説が、どのように映像化されたのか、
期待多めで映画館(イオンシネマ佐賀大和)に向かったのだった。

あらすじ
妻と別れ、地元に戻った青砥健将(堺雅人)は、
印刷会社に再就職し平穏な毎日を送っていた。

そんな青砥が中学生時代に思いを寄せていた須藤葉子(井川遥)は、
夫と死別し、現在はパートで生計を立てている。
ともに独り身となり、さまざまな人生経験を積んできた2人は意気投合し、
中学生以来の空白の時間を静かに埋めていく。

再び自然にひかれ合うようになった2人は、
やがて互いの未来についても話すようになるのだが……

『平場の月』が映画化されると聞いたとき、
〈青砥健将と須藤葉子を誰が演じるのだろう……〉
と思った。
私がイメージしていた俳優とはちょっと違うような気がした。
堺雅人には、恋愛ドラマのイメージがなく、
井川遥は、華があり過ぎるような気がしたからだ。
極私的には、
青砥健将役は、加瀬亮、大森南朋、安田顕、安藤政信、大泉洋……
須藤葉子役は、永作博美、深津絵里、松雪泰子、西田尚美、吉田羊……
などの俳優を勝手にイメージしていた。
それでも、実際に映像で見た青砥健将と須藤葉子は、
それほど悪くはなかったように思う。
50歳になった男と女が、
病と闘い、不安の中で、つき合い、しがみつき、年老いていく。
若くはない二人には、年老いた家族や、しがらみや、それぞれの過去もあり、
若い男女の燃えるような恋はない。
35年という長い時間のすき間を埋めるように求めあう熱情や、感情のうねり、
そして、生きる哀しみまでをも、しみじみと描き出していた。
堺雅人は(例の顔芸のような)オーバーアクションを封印し、
地味で素朴な中年男を好演していたし、
井川遥も、暗い過去のある中年女に成り切っていたように思う。

原作では、
それぞれの章の中で使われた言葉が、各章の題になっていた。
一「夢みたいなことをね。ちょっと」
二「ちょうどよくしあわせなんだ」
三「話しておきたい相手として、青砥はもってこいだ」
四「青砥はさ、なんでわたしを『おまえ』って言うの?」
五「痛恨だなぁ」
六「日本一気の毒なヤツを見るような目で見るなよ」
七「それ言っちゃあかんやつ」
八「青砥、意外としつこいな」
九「合わせる顔がないんだよ」

しかも、その章題は、すべて須藤葉子の言葉であった。
そして、各章で最も重要な言葉であった。
映画でも、この言葉を有功に使用し、
重要な場面で須藤葉子にこれらの言葉を吐かせていた。
特に、「それ言っちゃあかんやつ」は哀切であった。
青砥が言ったある言葉に反応してこの言葉を発し、
須藤は青砥との別れを決意するのだ。
今回は、脇役の演技に唸らされた。
特に、青砥と須藤が通う焼鳥屋の大将・児玉太一役の塩見三省の演技は秀逸。
2014年3月に脳出血により倒れて、5カ月間入院。
退院後も左手足などに後遺症が残り体重も10 kg減少したが、
懸命なリハビリを経て、復帰した。
その模様は、
塩見三省著『歌うように伝えたい 人生を中断した私の再生と希望』
という本のレビューをこのブログに書いたときに詳しく述べたが、
復帰後の演技の方が、より凄みを増しているような気がした。
声も小さく、つぶやくように語るのだが、
他の誰よりも存在感があり、感動させられた。
本作は塩見三省の演技を見るだけでも十分に元が取れると思った。

須藤葉子の妹・前田道子を演じた中村ゆりも良かった。
もともと私の好きな女優ではあるのだが、(コラコラ)
姉を支える健気な姿に心を動かされた。

(幼少期、中学時代の)須藤葉子の母を演じた松岡依都美も素晴らしかった。
松岡依都美も私の好きな女優で、
出演した作品では、いつもしっかりとした爪痕を残す。
本作でも彼女の出演シーンは忘れ難い。

須藤葉子のかつての恋人・鎌田雄一を演じた成田凌も良かった。
甘え上手で人の懐に自然と入り込み、放っておけないと思わせる男を好演。
出演シーンの少ないこんな役に主役級の俳優を配しているのも、
本作の隠れた魅力のひとつであろう。

私が高く評価する俳優たちも好い演技をしていて嬉しかった。




忘れてならないのは、
青砥健将と須藤葉子の中学時代を演じた、坂元愛登と一色香澄。

坂元愛登と一色香澄の演技があったればこそ……とも言え、
二人の好演がなかったならば、
本作自体の評価もそれほどでもなかったかもしれない。

それほどの責任を担っていたし、
二人は見事にその期待に応えていたように思う。

中学時代の初恋の相手同士が時を経て再会し、惹かれ合っていく。
大人の男女の心の機微を繊細に描いた本作は、
原作のブックレビューでも述べたが、
大人のセカチュー(『世界の中心で、愛をさけぶ』)であった。
特別な階級や家系や血族の物語ではなく、
平場で生きている普通の人々の小さな物語であるからこそ、
私の心を捉えたと言える。

映画を見ている間、町の住人になったような気持ちで鑑賞できたし、
いっとき心の旅をさせてもらった。感謝。