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一人読書会『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)⑰ ……第6部、17章~32章……

 

一人読書会『アンナ・カレーニナ』の17回目は、

第3巻の、

第6部の17章~32章を読んでみたいと思う。

 

17章

 

御者は4頭立てを停めると、ライ麦畑の近くで休んでいる百姓の一人に、アンナの住んでいる屋敷の場所を訊いた。説明を聞いて馬車を出そうとしたとき、百姓が叫んだ。「止まれ! 旦那がたがやってくるぞ! ほら、あそこだ!」街道を進んでくる騎馬の4人(ヴロンスキー、競馬の騎手、ヴェスロフスキー、アンナ)と、二輪馬車に乗った2人(ワルワーラ、スヴィヤシュスキー)だった。アンナがヴェスロフスキーと並んで先頭を進んでいる。高い帽子の下から黒髪が飛び出している美しい頭、豊満な肩、黒い乗馬服に包まれたほっそりとしたウエスト、そして落ち着き払った優雅な乗馬姿̶̶何もかもがドリーを驚かせた。馬車までやってくると、アンナは助けも借りずにひらりと馬から下りて、ドリーめがけて走ってきた。「わたしがどんなに嬉しいか、あなたには想像もつかないでしょう!」馬を下りて二人のほうへやってきたヴロンスキーは、「よくぞいらしていただいて、わたしたちがどんなに喜んでいるかとても信じていただけないでしょう」と言った。「あれはワルワーラさんよ」アンナが言った。「あら!」ドリーはそう応じたが、その顔には無意識に不快の色が浮かんでいた。この公爵令嬢が、ずっと裕福な親類の家を回って居候生活を続けていることはドリーも承知していたが、いまこうして赤の他人であるヴロンスキーの家に暮らしていることが、彼女には夫の身内の恥と感じられたのだった。

 

18章

 

アンナは微笑みながら自分の話をしはじめた。「あなたはわたしを見ながら、果たしてわたしのような境遇の人間が幸せでいられるだろうかって考えているんでしょう? ううん、難しい問題ね! じつはね、言うのも恥ずかしいけれど、でもわたしは……許しがたいほどに幸せなのよ。私の身に起こったことは、何か魔法みたいな、夢のような出来事で、怖くていやな目にあっているうちに急に目が覚めると、怖いことなんかすっかりなくなっているのを感じるの。わたしは目が覚めたんだわ。つらいこと、恐ろしいことを経験してきたけれど、もう前から、特にここに来てからは、とっても幸せなの!……」「それはよかったわね!」ドリーも微笑んで答えたが、その口調は意図したものよりもそっけないものになった。「あなたはわたしの立場をどう思っているの、いったいどう考えているの、ねえ?」アンナが訊いた。「わたしはどうも思ってなんかいないのよ。ただいつでもあなたのことが好きだっただけ。もしあなたに罪があったとしても、こうしていらしてくれて、今の言葉を言ってくれたことで、あなたの罪は全部帳消しよ」ドリーはアンナの目に涙が浮かぶのを見た。

 

19章

 

一人きりになったドリーは、主婦の目になって部屋を見回した。すべてが彼女の心に豊かさと粋好みと、新しいヨーロッパ風の贅沢趣味の印象を与えたのだった。壁紙から絨毯まで、すべてが新しかった。ベッド、ヘッドボード、クッション、洗面台、化粧机、時計、カーテンなど、すべてが高価で、しかも新品だった。手伝いにやってきた小間使は、ドリーよりも流行を意識していて、この部屋と同じく新しくて金がかかっていた。ドリーがようやくほっとしたのは、昔からなじみの小間使アンヌシカが入ってきたときだった。おしゃれなほうの小間使が奥さまに呼ばれたので、アンヌシカがドリーの係として残ることになったのだ。アンナが部屋に入ってきた。アンナには、もはやうろたえたようなところはなかった。彼女は完全に自由で落ち着いていた。「ところで、娘さんはどう、アンナさん?」ドリーはたずねた。「アニーのこと? 元気よ。とても健康になったわ。あの子が見たい? 行きましょう、お見せするわ」「結局どんな風になったの?」「あの子の姓のことね? そうでしょう? それがアレクセイの悩みの種なの。あの子には姓がないんだから。というか、あの子はカレーニンの子になっているのよ」この家の贅沢ぶりが、子供部屋にまで及んでいた。乳母車も、歩行器も、揺りかごも、かなり高価な品物で、部屋自体も広くて天井が高く、明るかった。乳母もベビーシッターも部屋にいなかった。アンナの声を聞きつけると、イギリス女性が飛び出してきて、アンナが責めてもいないのに弁解を始めた。ドリーはアンナと乳母とベビーシッターと赤ん坊が一緒に暮らしておらず、母親の訪問が異例なことだという事情を瞬時に理解した。アンナは赤ん坊に歯が何本生えたかも知らなかった。

 

20章

 

「さあドリーさんをお連れしましたよ」アンナは刺繍をしていた公爵令嬢ワルワーラに言った。ワルワーラは愛想よく、いくぶん保護者気取りでドリーを迎えると、すぐに自分がここにいる理由の説明を始めた。それによると、ずっと昔からアンナを愛していたからであり、アンナが世間から見捨てられた今、この過渡期の、いちばんつらい時にこそ、アンナを支えることを自分の務めと考えるからだということだった。男性陣をビリヤード室で見つけたアンナが、彼らと連れ立ってテラスに戻ってきたために、二人の会話は中断された。ディナーまでにはまだ時間があるので、庭を散歩することになった。アンナとスヴィヤシュスキー、ドリーとヴロンスキーという2組のペアに分かれて小道を歩みはじめた。ドリーはアンナの行動を支持していたが、その行動の原因となった人物を見るのは、愉快ではなかった。「もしも病院をひと目ごらんになりたければ、そしてまだお疲れでなければ、ここからほんの近くなんですが、行ってみませんか」ヴロンスキーが言った。「きみも行くかい、アンナ?」とアンナにも声をかけた。「わたしたちも行くわ。いいでしょう?」アンナはスヴィヤシュスキーに聞いた。並木道から脇へ外れ、4人は病院の方へ向かった。そしてドリーは、目の前の高い場所に、巨大な赤い凝った形の建物が、すでにほとんど完成されて建っているのを見出した。ヴロンスキーは病院の中へと案内した。そして、新式の換気装置、大理石の浴槽、特別なバネのついたベッド、さらに病室、物置、リネン室など、たくさんのものを見せていった。ドリーはただ驚くばかりで、すっかり理解しようとあらゆるものについて質問した。その反応をヴロンスキーは喜んでいた。ドリーは何もかもが気に入ったが、とりわけ気に入ったのは、こんな風に気取らずに純情にものごとに熱中するヴロンスキーその人だった。ドリーはアンナがこの人物を好きになったことにも納得がいったのであった。

 

21章

 

養馬場まで行ってスヴィヤシュスキーが見たがっている新しい牝馬を見てみようというアンナの提案に対して、ヴロンスキーは、「いや、どうやらお客さまは疲れているようだし、馬には興味がないんじゃないかな。お二人で行ってきたら。ぼくはお客さまを家までお連れして、それからお話でもしていよう」と答え、「もしもお嫌でなければ」と今度はドリーに向かって言った。ヴロンスキーの顔つきから、彼が何か自分に頼みごとがあるのだと察したドリーは、すぐに承諾した。二人して庭に出たとたん、ヴロンスキーは次のように切り出した。「どうかぼくを助けてください」「アンナさんを見るかぎり、あの方は幸せです。完全に幸せです。あの方もうご自分でわたしにそう言いましたよ」「でも、このぼくは?……ぼくはこの先自分たちを待っているものが怖い……。たしかに彼女は見るからに幸せです。しかし、はたしてこんな幸せがいつまでも続くでしょうか? ぼくたちには子供もいますが、法律上はぼくの娘ではなくて、カレーニンの娘になっているのですから。こんな欺瞞は、ぼくには許せません! 明日にも男の子が生まれるかもしれません。ぼくの息子が。でもその息子もまた法律上は、カレーニンの子で、ぼくの名前も、ぼくの財産も受け継ぐことができないのです。この状態のつらさ、やりきれなさをわかってください! ぼくはこのことをアンナに話してみましたが、ただ苛立たせるばかりでした。アンナにはこのことが理解できませんし、ぼくも彼女に向かって何もかもぶちまけるわけにはいきませんから」「でもいったいアンナさんに何ができるのでしょう?」ドリーはたずねた。「ええ、そこで本題に入るのですが、要は彼女次第なのです。これはアンナの決心にかかっています。彼女の夫はかつて離婚に同意しました。彼女がつらい思いをするだろうことは、ぼくにもわかります。しかし、心を鬼にして一歩を踏み出す必要があるのです。ドリーさん、彼女が夫に手紙を書き、離婚を要求するよう、説得するのに手を貸していただけませんか」「ええ、もちろんですわ。もちろんですとも。自分のためにも彼女のためにも、わたしは必ず彼女と話してみますわ」感謝の表情をしている彼に向かって、ドリーは答えた。

 

22章

 

太った執事が、お食事の用意ができましたと告げると、女性たちは立ち上がった。ディナーも食堂も、食器も給仕も、ワインも食べ物も、この家に共通した新式の贅沢のトーンに合っているどころか、輪をかけて贅沢で目新しいように感じられた。ドリーは頭の中でいったい誰がどうやってこれをすべて準備したのかと自問していた。そしてヴロンスキーが食卓を見渡しては執事に頭で合図を出したりしているのを見て、彼女はすべてがこの家に主人自らの気配りによって行われ、支えられていることを理解したのだった。アンナはもっぱら談話のリードの面でホステス役を務めていた。アンナは持ち前の如才なさで、その難しい役割をいとも自然に、むしろ喜んで務めているようであった。ドリーの見るところ、アンナはべつにヴェスロフスキーと掛け合いごっこなどしたくはないくせに、ついつい自分からそれに巻き込まれていくようであった。こうした状況に対するヴロンスキーの態度は、リョーヴィンの場合とはまったく違っていた。明らかに彼はヴェスロフスキーの軽口に何の意味も認めておらず、むしろ自分からそうした冗談をあおっているようであった。アンナとヴロンスキーを注意深く観察していたドリーは、社会活動というテーマが、アンナとヴロンスキーの間の内輪喧嘩にかかわっているだということを理解した。食事の後は一同テラスでくつろぎ、その後でテニスをした。テニスの間、ドリーは気分が乗らなかった。ゲーム中も続いているヴェスロフスキーとアンナの間のはしたない掛け合いも気に入らなければ、いい大人が子供もいないのに子供の遊びをしていること自体の不自然さも気に入らなかった。彼女は、もし居心地が良かったら2泊しようかというつもりで来たのだったが、晩にテニスをしている間に、やはり明日帰ろうと決心した。

 

23章

 

ドリーがもう寝ようとしていたところへ、ナイトウエア姿のアンナが入ってきた。「あの人はあなたにどんな相談をしたの?」「あの人の相談というのは、つまりね、あなたの置かれた境遇を正常化して、改善する可能性はないかっていう相談なの……わたしの考え方はあなたもご存知ね……でもやっぱりね、もしもできることなら、ちゃんと結婚しなくては……」「つまり離婚しろというのね?」「あの方は第一に、娘さんを正式な自分の子供にして、それからきちんとあなたの夫になり、あなたに対する権利を獲得したいと思っているのだわ」「どんな妻だって、奴隷だって、今の立場にいるわたしほど徹底した奴隷がいるかしら?」暗い声でアンナはさえぎった。「でもあの方がいちばん望んでいるのは、あなたが苦しまないことだわ」「そんなこと、不可能よ! それで?」「あの方はあなたの子供たちがちゃんとした苗字を名乗れるようにしたいのよ」「子供たちって誰のこと?」「あのアニーとこれから生まれてくる子たちよ……」「そのことなら、あの人心配することないわ。わたしにはもう子供はできないから」「いったいどうしてそんなことがわかるの?」「わたしが望まないから、子供はできないのよ」ドリーの顔に純朴な好奇と驚愕と恐怖の入り混じった表情を読み取ると、アンナは自らの動揺を押し隠してにっこり笑った。「あの病気の後でお医者様に教わったのよ……」「まさかそんなこと!」目を大きく見開いてドリーは言った。「でもそれは道徳に反することじゃなくて?」アンナは答えた。「どうして? だってわたしには二つに一つしかないのよ。妊娠して、つまり身重の病人でいるか、それとも自分の夫の友、つまりパートナーでいるか」ドリーは反論しなかった。彼女は不意に感じ取ったのだ̶̶アンナとの間に大きな距離ができてしまっていて、二人の間にある問題について互いの意見が一致することはけっしてなく、もはやそれを話題にしないほうがいいのだということを。

 

24章

 

「そういうことなら、なおさらご自分の立場をしっかりさせなくちゃいけないでしょう。もしできるなら。いったい離婚は無理なのかしら?」「ドリーさん、わたしはその話はしたくないのよ」「じゃあよしましょう。ただ、あなたあんまり暗い見方をしているものだから」「わたしが? ぜんぜん。とっても楽しくて満ち足りているわ」「でも、できることは何でもしなくちゃ」「あなたはアレクセイと結婚しろって、わたしがそのことを考えていないって言うのね。一日だって、一時間だって、わたしがそのことを考えないで過ぎることはないし、しかもそのたびに考えたことで自分を責めるのよ……なぜってそんなことを考えていたら気が狂ってしまいかねないから。そのことを考えるとね、その晩はモルヒネなしでは眠れないの。でも第一に、あの人が離婚を認めてくれないわ。あの人は今、あのリディア・イワーノヴナ伯爵夫人の影響下にあるから」「でもやってみなくちゃいけないわ」「仮に承知してもらったとして……息子はどうなるの? だってあの人たちはわたしに息子を渡してはくれないでしょう。わたしは二人の人間を同じように、どちらも自分自身のことよりももっと愛しているのよ。セリョージャとアレクセイをね。わたしが愛しているのはこの二人だけなのに、この二人は両立しないのよ。わたしはこの二人を結びつけることができない。それだけがわたしの必要とすることなのにね。そしてもしそれができないんだったら、もう後はどうでもいい。何もかも、全部どうでもいいのよ」アンナは相手に背を向けて、わっと泣きだした。翌朝、ヴロンスキーとアンナが引き止めるのにもかまわず、ドリーは帰り支度を整え、帰宅の途に就いた。

 

25章

 

ヴロンスキーとアンナは、相変わらずの状況のまま、離婚のために何の手も打たずに、まるまるひと夏と秋の初めを村で過ごした。二人の間でどこへも出かけないと決めていたのである。生活は、一見これ以上望めないほど順調だった。何ひとつ不自由はなく、体も健康で子供もおり、おまけに二人とも仕事を持っていたのだ。客がいないときのアンナは、以前同様自分のことに時間を使い、大変よく本を読んだ。病院の設備にも彼女は関与していた。アンナは自分がヴロンスキーにとってどれほど大事な存在でいられるか、それが気がかりだった。彼に気に入られるばかりでなく彼の役に立とうという、アンナの人生唯一の目的となったこの願いは、ヴロンスキーには嬉しかったが、しかし同時に、自分を搦めとろうとしている愛情という名の網の目が、鬱陶しくも思えた。自由でいたい、集会で町に出かけたり、競馬に行ったりしなくてはならぬたびにアンナともめるのは止めにしたいという、ますます募るこの願いさえなかったなら、ヴロンスキーはこの生活に十分満足できていただろう。10月にはカシン県で貴族団の選挙が行われることになっていた。ヴロンスキーもスヴィヤシュスキーもコズヌィシェフもオブロンスキーも同県に領地を持っており、リョーヴィンの領地の小さな一部もそこに含まれていた。ヴロンスキーはずっと前からスヴィヤシュスキーに対して、選挙に参加すると約束していた。選挙の直前、スヴィヤシュスキーがヴロンスキーを誘いに寄った。その前日からすでにヴロンスキーとアンナの間には、今度の旅行をめぐって一触即発のぴりぴりした雰囲気が漂っていた。なので、ヴロンスキーは最初から喧嘩覚悟で、旅行に行ってくると宣言したのであった。しかし驚いたことにアンナはその知らせを平静に受け止め、ただいつ帰る予定かとたずねたばかりだった。あえて相手の本音を聞かむまま、ヴロンスキーは選挙に出かけていった。

 

26章

 

9月にリョーヴィンはキティの出産のためにモスクワに移った。カシン県に領地があって今度の選挙問題に深く関与している兄のコズヌィシェフが、いよいよ選挙に出かけることになった。リョーヴィンは同じ県のセレズネフ郡に投票権を持っていたので、この兄に選挙に誘われたのだった。それを別にしてもリョーヴィンは、外国に住んでいる姉の代理として、後見問題と農民に分与した土地代金の受け取りのことで、カシン県にきわめて大事な用事を抱えていたのである。カシン県に来てすでに6日目、リョーヴィンは毎日集会に出ながら姉の用事に奔走してきたが、用事のほうは一向に片づいていなかった。もうひとつの、代金受領の用事も、同じ理由で頓挫していた。実を結ばぬ努力は、腹立たしい徒労感に似た、やりきれない感覚を引き起こすものだが、リョーヴィンも結婚以来大きな変化を遂げていて、我慢強くなり、逆上しないように努めていた。会議は延々と続いたが、何の結論も得られなかった。5日目には各郡の貴族団長の選挙が行われ、セレズネフ郡の会ではスヴィヤシュスキーが無投票の満場一致で選ばれ、この日は彼のところで晩餐会が催された。

 

27章

 

6日目には県レベルの選挙が予定されていた。ホールというホールはすべて、雑多な制服姿の貴族たちで埋め尽くされていた。外見からすると、貴族たちは旧世代と新世代の二種類に分かれていた。それぞれ制服や格好に特徴があったが、必ずしも世代別の分類は、党派の分類とは一致していなかった。リョーヴィンは自分たちのグループのそばにたたずみ、人々の会話に耳を傾けながら、なんとか話の中身を理解しようと、むなしく知恵を絞っていた。コズヌィシェフがその集団の真ん中にいた。リョーヴィンには、なぜ野党にいる者が、落選させようと狙っている現団長に立候補を依頼しなければならないのかという理屈が飲み込めなかった。そこへオブロンスキーがやってきたので、自分の疑問をぶつけてみた。「おや、聖なる単純さというやつだな!」そう論評すると、リョーヴィンに向かって簡単にはっきりと要点を説明してくれた。リョーヴィンは理解したが、さらにいくつか質問しようとしたとき、急に皆ががやがやと騒ぎ出し、大きなホールのほうへと移動しはじめた。「どうしたんだ? 何だって? 誰が?」「信任? 誰に? 何だと?」あちこちからそんな声を聞きながらリョーヴィンは、何かを見逃すまいとどこかへ殺到しようとしている一同に混じって大ホールへと向かい、貴族たちにもみくちゃにされながら県貴族団長の席へと近づいていった。そのあたりでは団長とスヴィヤシュスキー、およびその他派閥の領袖たちが何か大声で議論していた。

 

28章

 

リョーヴィンはかなり離れたところに立っていた。テーブルに近寄ろうとするコズヌィシェフのために群集がさっと割れて道を開けた。コズヌィシェフは、自分は規則の条文そのものに当たってみるのがいちばん確実だと思うと述べ、書記に条文を探すように依頼した。条文には、意見が分かれた場合には投票に付すべしと書かれていた。「投票だ! 多数決だ!」あちこちから憤慨した、凶暴な叫び声が響いていた。「選挙権蟻とするもの126票! 選挙権なしとするもの98票!」問題になった貴族(フレーロフ)は選挙権を認められ、新しい党が勝利した。このフレーロフの選挙権をめぐる論争で、新党は単に1票を獲得しただけでなく、時間も稼ぐことができた。おかげで旧党の姦計によって選挙への参加を妨害されていた3人(酔いつぶされていた2人と、制服を盗まれていた1人)の貴族を、回収することに成功したのである。

 

29章

 

リョーヴィンは食欲はなかったし、タバコも吸わなかった。また仲間であるコズヌィシェフやオブロンスキーやスヴィヤシュスキーなどの所に合流するのも気が進まなかった。というのもあのヴロンスキーが主馬頭の制服を着て彼らに混じり、活発な会話を交わしていたからである。すでに昨日、選挙の会場で彼を見かけたリョーヴィンは、鉢合わせしなようにと慎重によけて通ったものである。「これはこれは、お久しぶりですなあ!」声をかけてきたのは、リョーヴィンがスヴィヤシュスキーのところで出会った、あの地主だった。「その後、ご経営のほうはいかがですか?」リョーヴィンはたずねた。「ええ、相変わらず赤字ですよ。ところであなたはどうしてうちの県までいらしたのですか?」彼はたずねた。「われわれのクーデターに参加されるためで?」「白状しますが、じつはぼくは貴族団の選挙の意味がよく理解できないのです」リョーヴィンが言った。地主はしばし彼を見つめて言った。「はて、何を理解しようとおっしゃるのですか? こんなもの、何の意味もありませんよ。もはや廃れてしまった制度で、ただ惰性で存続しているに過ぎませんからね」この地主といろいろな話をしているとき、スヴィヤシュスキーが近寄ってきた。「わたしたちは、お宅で会って以来だったんですよ」地主がスヴィヤシュスキーに向かって言った。「それで、お二人は新秩序の悪口を言っていらしたんですか?」ニコニコしながらスヴィヤシュスキーが言った。「まあそれもね」「それは良い息抜きでしたね」

 

30章

 

スヴィヤシュスキーはリョーヴィンの腕をとると、連れ立って仲間たちのところへ戻っていった。今度こそヴロンスキーを避けるわけにはいかなかった。「お久しぶりです。以前お目にかかったのは確か……シチェルバツキー公爵夫人のお宅でしたね」リョーヴィンに握手の手を差し伸べてヴロンスキーは言った。「ええ、お目にかかったときのことはよく覚えています」リョーヴィンはそう答えると、赤黒いほどに顔を染めて、すぐに脇を向き、兄と話しはじめた。ヴロンスキーはうっすら苦笑いすると、スヴィヤシュスキーを相手に話を続けた。選挙が始まった。「右に入れるんだよ」オブロンスキーが彼にささやいた。しかしリョーヴィンはもはや先刻説明された票読みを忘れていたので、オブロンスキーが「右」と言ったのが間違いではないかという疑念にとらわれ、「左」に投票した。現職は過半数を優に超えた支持を受けた。スネトコフが入ってくると、貴族たちは彼を取り囲んで祝福した。「じゃあ、これでお終いかい?」リョーヴィンはコズヌィシェフに訊いた。「始まったばかりさ」コズヌィシェフのかわりにスヴィヤシュスキーが笑って答えた。憂鬱になったリョーヴィンは、選挙会場に行っても不愉快なだけだと敬遠して、2階の傍聴席へ行った。しかしそこも退屈だったので、帰ろうとしたら、書記が彼を捕まえた。「いらしてくださいリョーヴィンさん、投票が行われております」あれほどきっぱり否定していたネヴェドフスキーが立候補していた。そしてそのネヴェドフスキーが相手よりも多い票を集め、彼が県貴族団長になった。

 

31章

 

新たに選ばれた県貴族団長と、勝利した新党のメンバーの多くが、この日ヴロンスキーのところで会食した。ヴロンスキーが今回の選挙にやって来たのは、田舎が退屈だったこともあれば、自分の自由の権利をアンナに対して表明しておく必要を感じたからでもあったが、加えてスヴィヤシュスキーの世話になった恩を、今回の選挙での支持という形で返したいという気持ちも働いていたし、とりわけいちばんの動機といえば、貴族であり地主であるという自分で選んだ立場に付随するあらゆる義務を、厳格に果たしたいということであった。だがまさか選挙というものがこんなにも面白くて、本気で熱中してしまおうとは、そして自分にこれほどこの方面の才覚があろうとは、夢にも思っていなかったのである。地主貴族の間では彼はまったくの新参者だったが、明らかに好印象を勝ち得ており、すでに地主貴族の間に影響力を獲得したと言っても過言ではなかった。ヴロンスキーは満足だった。こんなにも親密な雰囲気が地方で味わえようとは思ってもみなかったからである。そんなとき、ヴロンスキーの従僕が盆に手紙を載せて近寄ってきた。手紙はアンナからだった。まだ読む前から、彼にはもうその手紙の内容がわかっていた。はじめ選挙が5日間ですむと思っていた彼は、金曜日には戻ると約束してきた。今日はすでに土曜日だったから、彼は手紙が約束の日に帰らなかったことへの非難だと察したのである。「アニーの加減がとても悪くて、お医者さまは肺炎の恐れがあると言っています。一昨日も昨日もお帰りを待っていましたが、今日になってあなたの消息を知るために使いを出すことにしました。自分で出かけようとも思いましたが、それではあなたがご機嫌を損ねるだろうと思い、やめました。わたしはどうしたらいいのか、どうかお返事ください」子供が病気だというのに、アンナは自分で出かけてくるつもりだったという。しかも自分の娘が病気だというのに、この冷淡な調子だった。楽しい選挙祝賀会の雰囲気と、これから戻る暗く重苦しい愛の世界との対比が、ヴロンスキーを暗澹とさせた。しかし戻らないわけにはいかなかったので、彼はいちばん早い深夜の汽車で帰途に就いた。

 

32章

 

アンナは、ヴロンスキーの気持ちが冷めかけているのを自覚していたが、彼女には打つべき手はなかった。ヴロンスキーに対する自分の態度は、何ひとつ変えるわけにはいかなかった。そしてこれまでとまったく同じように、昼間は仕事で、夜はモルヒネで、もしも彼に嫌われたらという恐ろしい思いを押し殺すしかなかったのである。ただし、手段はもう一つだけ存在した。離婚して彼と結婚することだった。こうして彼女はその手段を望むようになり、彼や兄のスティーヴァの口から離婚を勧められて以来はじめて、それを受け入れる気持ちになったのだった。そんな思いを抱きながら、アンナはヴロンスキーのいない5日間を一人で過ごしていたのである。帰宅したヴロンスキーにアンナは言った。「正直に言って、あなたはあの手紙を受け取ってむっとしたでしょう?」「そうだね。まったく変な手紙だったな。アニーが病気だという一方で、きみが町へ来るつもりだったと書いてあるんだから」「あれは全部本当のことよ」「別に疑っていないよ」「いいえ、あなたは疑っているわ。ご不満でしょう、見ればわかるもの」「ぼくの言いたいのはただ、いろいろ外せない用事が出てくるということだよ。今度だって、家の用事でモスクワへ行ってこなくちゃならないんだ」「やっと帰ってきたと思ったら、すぐまた出かけるなんて、それじゃまるで……」「アンナ、その言い方は残酷だよ。ぼくは全人生を捧げる気で……」「もしあなたがモスクワへ行くなら、わたしも行きます。わたしたちは別れてしまうか、一緒に暮らすか、二つに一つしかないから」「一緒に暮らすのだけがぼくの夢だよ。でもそのためには……」「離婚が必要だって言うんでしょう? わたしあの人に手紙を書きます」アンナは夫にあてて離婚を請う手紙を書き、11月の末、ヴロンスキーとともにモスクワへ移った。

 

今回は、第6部の17章~32章を読んだのだが、

17章から24章までは、ドリーのアンナの家での滞在記というべきもので、

ドリーがアンナの住んでいる家に行くところから始まり、(17章)

ドリーがアンナの家を出て、帰途の途に就くまでが描かれる。(24章)

アンナは、娘のアニー(ヴロンスキーとの子なのに)にあまり関心がなく、

乳母とベビーシッターに任せっきりで、

赤ん坊に歯が何本生えたかも知らなかった。(19章)

ディナーまでにはまだ時間があるということで、

アンナとスヴィヤシュスキー、

ドリーとヴロンスキーという2組のペアに分かれて庭を散歩する。

途中、ヴロンスキーが手がける工事中の病院を見学することになり、

4人は立ち寄る。

ヴロンスキーは病院の中を案内してくれ、

彼の気取らずに純情にものごとに熱中する姿にドリーは好感を抱く。

ドリーは最初、ヴロンスキーを好きではなかったが、

アンナがこの人物を好きになったことに納得する。(20章)

二人きりになると、ヴロンスキーは次のように切り出した。

「どうかぼくを助けてください」と。

ヴロンスキーとアンナの間には子供もいるが、

法律上はヴロンスキーの娘ではなく、カレーニンの娘になっている。

もし明日男の子が生まれたとしても、この息子も法律上はカレーニンの子で、

ヴロンスキーの名前も財産も受け継ぐことができない。

このことをアンナに話してみたが、苛立たせるばかりで、

アンナにはこのことが理解できないのだという。

「そこで本題に入るのですが、要は彼女次第なのです。これはアンナの決心にかかっています。彼女の夫はかつて離婚に同意しました。彼女がつらい思いをするだろうことは、ぼくにもわかります。しかし、心を鬼にして一歩を踏み出す必要があるのです。ドリーさん、彼女が夫に手紙を書き、離婚を要求するよう、説得するのに手を貸していただけませんか」

ドリーは承諾する。(21章)

ドリーは、アンナに、

「アニーとこれから生まれてくる子たちがちゃんとした苗字を名乗れるようにしたいのよ」

と言って、カレーニンと離婚するように説得する。

だが、アンナは、

「そのことなら、あの人心配することないわ。わたしにはもう子供はできないから」

と言う。

「いったいどうしてそんなことがわかるの?」

と言うドリーに対して、アンナは、

「わたしが望まないから、子供はできないのよ。あの病気の後でお医者様に教わったのよ……」

と答える。ドリーが、

「まさかそんなこと! でもそれは道徳に反することじゃなくて?」

と言うと、アンナは、

「どうして? だってわたしには二つに一つしかないのよ。妊娠して、つまり身重の病人でいるか、それとも自分の夫の友、つまりパートナーでいるか」(23章)

このあたりのやりとりがいまひとつわからなくて、解説を読むと、

「わたしが望まないから、子供はできないのよ。あの病気の後でお医者様に教わったのよ……」という会話は、「避妊」を意味しているのだという。

アンナはヴロンスキーに内緒で避妊していたのだ。

17章で、アンナが騎乗している場面が描かれ、

ドリーは、女性の乗馬を「若気の至りの軽薄な媚態」と思うのだが、

この乗馬には単なる媚態以上のメッセージが含まれているのだという。

ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』にもあるように、

乗馬は流産の危険と結びついているので、騎乗の女性には「性を楽しむが出産は拒絶する女性」という、言外の意味が込められている可能性があるというのだ。

ちょうどこの後でアンナが避妊していることをドリーに打ち明ける場面が出てくるので、馬に乗ったアンナの像は、きわめて雄弁な母性の断念、もしくは母性の拒絶の表象となっているといえる。

アンナの言葉にドリーは反論せず、

アンナとの間に大きな距離ができてしまっていて、二人の間にある問題について互いの意見が一致することはけっしてなく、もはやそれを話題にしないほうがいいのだということを悟る。

そして、翌朝、ヴロンスキーとアンナが引き止めるのにもかまわず、

ドリーは帰り支度を整え、帰宅の途に就く。(24章)

 

26章から31章は、

ヴロンスキーとリョーヴィンが同じ県の貴族団長の選挙に出かけ、

政治的な男性たちの世界で両者の人生が再び交錯する様子が描かれる。

だが、正直、この選挙の箇所は多くのスペースをとっている割に面白くない。

ロシアの貴族団長選挙の仕組みもわからないし、興味もない。(コラコラ)

選挙の様子が延々と語られるのは退屈だったし、閉口した。

ところが、登場人物のヴロンスキーにとっては違う。

選挙というものがこんなにも面白くて、本気で熱中してしまおうとは、そして自分にこれほどこの方面の才覚があろうとは、夢にも思っていなかったヴロンスキーは、

アンナと約束していた日には帰らなかった。

アンナから帰宅を促す手紙がきて、

ヴロンスキーは慌てて帰宅する。

二人の考えは真っ向から対立し、

ヴロンスキーの気持ちが冷めかけているのを感じ取ったアンナは、

レーニンに宛てて離婚を請う手紙を書く。

そして、モスクワへ行くと言うヴロンスキーと一緒に移り住むところで、

第6章(第3巻)が終わる。

 

第6部の1章から16章までは、

リョーヴィン家での出来事が描かれ、

17章から32章までは、アンナとヴロンスキーが中心に描かれる。

この物語は、どこまでいっても、

リョーヴィンとキティを中心とした筋、

アンナとヴロンスキーを中心とした筋という、

二つの物語に分裂しており、ほとんど交わることがない。

無理矢理こじつけると、

「個人と社会、自由と社会的責任の間の葛藤」という単一テーマで結ばれているとも言えるが、まだ第6部までしか読んでいないので、何とも言えない。

これから、全4巻の最後の第4巻(第7部、第8部)に移るが、

(結末は知っているものの)ようやく壮大な恋愛、人間ドラマが完結する。

楽しみでならない。

 




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