
先日(2025年9月8日)、
「おとなのEテレタイムマシン」という放送枠で、2001年放送の、
ETV2001「老いをどう生きるか(中村メイコ 山田太一)」
という番組を再放送していた。

さまざまな立場で活躍してきた人々を訪問し、
老いをどう受けとめ、どのように生きるかをインタビューしたシリーズのひとつであったのだが、特に山田太一のインタビューを興味深く視聴した。

【山田太一】(やまだ・たいち)
1934年(昭和9年)6月6日~2023年(令和5年)11月29日。
脚本家・小説家。本名:石坂太一(いしざか・たいち)。
テレビドラマの脚本家に転身。
社会的弱者を主題としたり、テレビドラマのタブーに挑戦するなど、
数々の話題作を次々と生み出した。
代表作は、
『岸辺のアルバム』(1977年)
『ふぞろいの林檎たち』(1983年、1985年、1991年)
『男たちの旅路』(1976年 - 82年)
『想い出づくり』(1981年)など。
非常に多くの賞を受賞。
また小説『飛ぶ夢をしばらく見ない』『異人たちとの夏』『遠くの声を捜して』の三部作を著し、小説家としての地位も確立し、小説『異人たちとの夏』では1988年(昭和63年)の山本周五郎賞も受賞。
映画や舞台も手掛けた。

観終わって、山田太一の人生観に共感する部分が多くあったので、
家の本棚にあった山田太一の、
『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』(新潮文庫)というエッセイ集を、久しぶりに手に取り、パラパラとめくってみた。


その中で、「幸福を感じる心」というタイトルがパッと目に飛び込んできた。

不満の種を探そうと思えば、いくらでも探せますけれど、それでは「今」はいつも満たされません。人間は無力であり、平穏な日常は自分の力で維持できているわけではなく、心細い偶然や僥倖に支えられているのだという感覚がある人は、子供が学校から帰ってきただけでも嬉しいと感じられるのではないでしょうか。
子供が小さいときには私もそういう思いがありました。幼稚園からひとりで無事に帰ってきただけで嬉しくなってしまう。「神よありがとう」と特定の神はいませんが、あっちこっちの神に内心感謝するところがありました。(156頁)

山田太一の言う、
「子供が学校から帰ってきただけでも嬉しいと感じられるのではないでしょうか」
という問いに、私は大きくうなずいていた。
私には娘が二人いるのだが、
35年ほど前、長女が幼稚園に入園した日、
配偶者に頼まれてお迎えに行った。
初めての幼稚園で緊張していたのだろう、
こわばった表情で建物から出てきた長女だったが、
私を見つけると、パッと笑顔になり、駆け寄ってきた。
そのときの私の幸福感といったら……
次女は小さい頃から牛乳が好きで、
学校から帰るとすぐに冷蔵庫から牛乳を出してゴクゴク飲んでいた。
仕事が休みの日で家にいる時は、
汗をいっぱいかいて帰宅し、牛乳を飲んでいる次女の姿に感動した。
そして、幸福感に満たされた。
そんな長女(現在40歳)、次女(現在39歳)も、
それぞれ2児、3児の母となり、
日々、子育てに奮闘している。
そして、「子供が学校から帰ってきただけでも嬉しい」と感じる母親になっているのではないかと思われる。
親が小さなことで幸福を感じることができたら、子供もその影響を受けるでしょう。これは親のせいではなく、子供が口にしたことなのですが、息子が小学校へ入るか入らないかの頃、ファミリーレストランでご飯を食べようとみんなで車に乗ったんです。その当時、家の近くに「ハッピーモア」というファミリーレストランができたばかりだったので、そこへ行こうということになりました。
息子が「ハッピーモアってどういう意味なの」と聞くんですね。「もっと幸福に」という意味だよと教えましたら、「ぼくは、これ以上幸福になりようがないなあ」といったんです。とても驚きましたね。
彼はしょっ中母親にガミガミいわれていましたし、お姉ちゃんにはいじめられていろいろ我慢しているんだろうなと思っていたんです。
えっ? そんな自分を幸福だと思っているの? とびっくりしたんです。なんだかとっても可愛かったですね。そうなのか、そう感じていたのかと車を降りてから、抱き上げて頬ずりしてしまいましたね。嫌がってましたけど。髭が痛いんですね。(158~159頁)

こういう文章を読むと、
親ができるのは「ほんの少しばかり」のことしかないけれど、
親が小さなことで幸福を感じることができたら、
子供もその影響を受け、
小さなことにも幸福を感じる人に育つのではないか……
そう思ったことであった。
このブログ「一日の王」は、
そんな小さな幸福を見つけて書いている至福の記録であり、
私自身も、
いつまでも小さな幸福を見つけることのできる人間でありたいと思っている。
