
先日、このブログで、
一日が終わり、蒲団に横になり、
音楽を聴いたり、本を読んだりする時間は、至福のひとときである。
読む本が何も思いつかない日は、
を手に取ることが多い。
と書いた。
実は、その他にも、よく手に取る本があり、
それは、南木佳士のエッセイや小説であった。
【南木佳士】(なぎ けいし)
1951年、群馬県に生まれる。
東京都立国立高等学校、秋田大学医学部卒業。
佐久総合病院に勤務し、現在、長野県佐久市に住む。
1981年、内科医として難民救援医療団に加わり、タイ・カンボジア国境に赴き、
同地で「破水」の第五十三回文學界新人賞受賞を知る。
1990年、パニック障害を発症。
呼吸器科医として、肺ガンで死んでいく患者を多く看取りすぎた心労が原因とされている。
2008年『草すべり その他の短篇』で第36回泉鏡花文学賞を、
ほか主な作品に、
『阿弥陀堂だより』、『医学生』、『山中静夫氏の尊厳死』、『海へ』、『冬物語』、『トラや』などがある。
『阿弥陀堂だより』、『山中静夫氏の尊厳死』は映画化され、静かなブームを巻き起こした。

長野県佐久市の病院で働きながら、
生と死を見つめる小説や随筆を発表してきた南木佳士の作品には、
おしつけがましいところがなく、
大上段に振りかざしてものを言うのではなく、
読者の心にそっと囁くような作品が多い。
なので、南木佳士のほとんどの本は本棚に揃えてあり、

寝る前に手に取ることが多い。
一度にたくさん読むのは勿体ないので、
主にエッセイを、一日一編ずつ、惜しむように読んでいる。

先日、『天地有情』というエッセイ集の中の、

「追憶の一冊」という一篇を読んだ。

本格的に本を読み始めたのは恥ずかしくなるほど遅く、東京の高校に入ってからだった。それも、だれもが手にする芥川龍之介の作品から始めた。(117頁)
私が本格的に本を読み始めたのも高校に入ってからだったし、
主に芥川龍之介を読んでいたのも共通している。
きっかけは、現代国語の教科書に載っていた「舞踏会」を読んだことからだった。感動したのではない。教師に質問され、答えられなかったのがくやしかったのだ。
鹿鳴館の舞踏会にデビューしたばかりの令嬢に、フランスの海軍将校が声をかけ、
「あなたはワットオの絵の中のお姫様のように美しいのです」
と、言う。
教師は、ワットオの絵のように、とはどういう意味だ、とわたしに問うてきた。
立ち、なんとか答えをひねり出したが、教師は不満げな表情を隠さなかった。その場で正解は明かされなかったから、ならば、と芥川の作品をかたっぱしから読み始めたのだった。
そうして「秋」を見つけた。
「羅生門」「藪の中」「鼻」などの技巧を凝らした作品にいくらか飽きてきたころで、「秋」の清楚な趣は新鮮だった。生意気な高校生は、芥川龍之介がただの才気ばしった物語作家ではなく、本物の小説家であるのを、この作品を読んで初めて認めたのだった。(117~118頁)
私も若き頃に芥川龍之介のほとんどの作品を読んでいる(筈な)のだが、
「秋」は記憶になかった。
なので、今回あらためて読んでみた。

あらすじは、芥川のものとしてはありふれ過ぎている。
小説家だった才媛のほまれ高い女子学生が平凡な結婚をしてサラリーマンの妻となり、大阪に移り住む。彼女は大学の文科に通う従兄が好きだったのだが、彼は妹と結婚してしまう。翌年、東京近郊の妹夫婦の家を訪ねた姉の想い……。
小説に未練を残す姉が、良妻賢母を求める夫の欲求にあわせてふつうの主婦になってゆく過程の葛藤。小説を書き始めた従兄への捨て切れない恋慕の情。妹に対する嫉妬心。
こんな通俗的な内容が、きわめて上品に仕上がっている。作品全体に秋風の印象が感じられる。
小説とはこういうものなのだ、と教えてくれた「秋」を収める岩波版芥川全集の一冊はいまも座右にある。(118~119頁)
私も南木佳士とほぼ同じ感想を持った。
「羅生門」「藪の中」「鼻」などの技巧を凝らした作品とは違い、
実にオーソドックスな、フランス心理小説のような、
作者名を伏せられていたならば芥川の作品とは判らないような作品だった。
数日後、南木佳士のエッセイ集『根に帰る落葉は』の中の、

最初に置かれている「前口上」を読んだのだが、
その中にも、芥川龍之介の「秋」について触れている箇所があった。
芥川の作品のなかでは「秋」がいちばん好きで、この作品に関して登場人物がたがいの感想を述べあう「急須」という短編を書いたことがある。三島由紀夫も「秋」を好んでいたらしい。書簡集を読んでいると、芥川自身も「秋」の完成度には自信があったらしく、第一高等学校文科の同級生で首席卒業者だった恒藤恭宛の手紙にも、読んでみてくれるように書いている。(16頁)

これを読んで、南木佳士の短編小説「急須」も読んでみたくなり、
『冬物語』に収められている「急須」を読んでみた。

幼少期に母方の祖母に育てられた主人公は、母の死後すぐに再婚した父と祖母の折り合いが悪く、不安定な家庭環境の下で、急須磨きという変わった趣味を持っていた。しかし中学1年の終わりに父の転勤で東京へ行くことになり、大切に磨き上げた急須を川に投げ捨て、過去との決別を図る。それから10年後、秋田で医学生となった彼は、医学部で学ぶ意味を見失っていた。毎日を無為に過ごす中、芥川龍之介を愛読する主人が営むお茶屋で急須を購入し、主人と芥川について語り合った後に再び急須を磨き始める。毎日の焦燥を消し去るように急須磨きに没頭する中、臨床講義のため数ヶ月ぶりに授業に出席し、そこで患者として招かれたお茶屋の主人と再会する。そして、戦争の負傷が原因で肺の小細胞癌になったお茶屋の主人の過去と重い病状を聞いた後、彼は医学を学ぶ意義に気づき、それから完全に急須磨きをやめたのだった。
途中から意外な展開をみせ、驚かされ、心動かされた。
傑作だと思った。
あとから知ったことだが、
筑摩書房の国語教科書(高校一年生用)に収録された作品だそうで、
「さもありなん」と思ったことであった。

小説「急須」を読んで数日後、
南木佳士のエッセイ集『根に帰る落葉は』の中で、
(同じタイトルの)「急須」というエッセイを見つけた。
内容は小説「急須」と少しダブるが、
お茶屋の主人は登場せず、
「急須」の思い出を違った角度から描いていて、読ませる。

ある日、銭湯の帰りにふらっと寄った店で、急須を見つけた。万古焼の急須は布巾で磨くと艶が出る、と教えてくれたのは、三歳のときに結核で逝った母に代わって育ての親となってくれた母方の祖母だった。そんな年寄りくさいことはやめろ、と父は叱ったが、急須を磨く習慣は幼い身に沁みついた。しかし東京に出てからはこの癖が消えてしまった。
貧乏学生にとっては高い急須だったが、たまたまパチンコで勝ったあぶく銭があったので買い求め、以後、雪に降りこめられて勉学の意欲の萎えた日々には、安アパートの寒い部屋で一日中これを磨き、おのれの根を確認しつつなんとか正気を保った。あまりにも講義に出ないので心配してアパートを訪ねてくれた級友は、炬燵にあたって急須を磨いている姿を見て絶句していた。
あれから四十年、急須はいまでも手元にあって、祖母や母の位牌の並ぶ仏壇に供える茶を煎れるため毎朝用いている。心配してくれたあのときの級友は数年前に癌で逝った。
割れた日が縁の切れ目となる覚悟は常にできている。(71~72頁)
こうして急須にまつわる物語を読んでいると、
急須は「人」や「人生」にも置き換えられるような気がした。
自ら磨くこともできれば、自ら壊すこともできるし、
自ら壊さずとも(壊れ物の急須は)いつか壊れる日がやってくる。
「心配してくれたあのときの級友」の死も、
「人」という“命の器”が壊れ物であることを読む者に知らしめる。
「割れた日が縁の切れ目」となる覚悟を胸に抱きつつ、
それぞれが己の急須を磨いていかねばならないのではないかと思った。

南木佳士の「追憶の一冊」というエッセイを読んだことで、
芥川龍之介の「秋」という小説、
南木佳士の「急須」という小説、
同じ南木佳士の「急須」というエッセイを読むことに繋がり、
読書の歓びの連鎖が、私を至福のひとときへと導いてくれた。
やはり、寝しなの読書はやめられない。
