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一人読書会『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)⑬ ……第5部、1章~13章……

 

一人読書会『アンナ・カレーニナ』の13回目は、

第3巻の、

第5部の1章~13章を読んでみたいと思う。

 

1章

 

「ところで、きみ」オブロンスキーは、あるときリョーヴィンをつかまえてこう話しかけた。「きみは痛悔礼儀(懺悔式)をすませたという証明書を持っているかい?」「ないよ、それが何か?」「それがなかったら、結婚はできないんだよ」「ええ、それは大変だ!」リョーヴィンは叫んだ。「だいたいがぼくは、たしかここ9年ばかり、斎戒もしてこなかったはずだ。そんなこと考えもしなかったよ」オブロンスキーが手配して、リョーヴィンは斎戒することになった。リョーヴィン本人は無信仰であり、ただ他人の信仰は尊重するというタイプであったが、そうした人間の例に漏れず、教会の儀式一般に参列したり関わったりするのが大いに苦手だった。どうにか聖体礼儀と徹夜禱と晩課をすませた彼は、翌日は普段より早く起床し、茶も飲まぬまま、8時には、早課を受けて痛悔式に出るために教会に着いた。司祭は磔刑像を示しながら言った。「あなたは、聖使徒の教会がわれらに教えることを、ことごとく信じますか?」リョーヴィンは、「わたしはすべてを疑ってきたし、今も疑っています」と答えた。「疑いは人間の弱さにはつきものです。特にどのような罪をお持ちですか?」「わたしの一番の罪は疑いです。わたしはあらゆることを疑っていますし、ほとんど常に疑いの中におります」「あなたの人生は今、ひとつの道を選んで、それを歩みつづけなければならない時期にさしかかっています。どうか神に祈り、神がその慈悲深き御心で、あたなを助け、憐れんでくださるよう願いなさい。『われらが主であり神であるイエス・キリストよ、御恵みと人を愛したもう広き御心をもて、子なるこの者を許したまえ……』」こうして許しの祈禱を終えると、司祭は彼を祝福して解放した。

 

2章

 

式の当日、リョーヴィンは慣例にしたがって花嫁とは顔を合わさず、偶然に集まった独身男性3人と一緒に、自分のホテルで食事した。そのとき3人から、「結婚するのがいくら嬉しいといっても、やはり自由を失うのは惜しい」と言われ、リョーヴィンは「ぼくはこうして自由を失うことさえ嬉しいと感じてしまうんだよ」と答えた。だが食事がすんで一人になると、恐怖と疑念が生じた。「もしも彼女がおれを愛していないとしたら? もしも彼女が、ただ結婚したいためにおれと結婚するのだとしたら?」彼はそう自問した。「彼女は後でわれに返り、結婚してしまってから、おれを愛していないし、そもそも愛なんかありえなかったのだと気がつくことになるのでは?」そう思うと、キティにまつわる怪しげな、じつに嫌らしい想念が湧き起こってきた。「このままじゃいけない!」絶望にかられた彼は、ホテルを出て彼女のところへと向かった。キティは奥の部屋にいた。「あら! どうしたの、どうなさったの?」「キティ! ぼくはこう言うために来たんだ。まだ時間はある。すべてをご破算にして、やり直すことはできるって」「どういうこと?」「ぼくがきみに値しないっていうことさ。そもそも、きみがぼくとの結婚を承知するはずがなかったんだ」「わたし、わからないわ。それは、取りやめたいっていうことなの……結婚しないほうがいいと?」「そう、もしきみがぼくを愛していないのなら」「あなた、頭がおかしくなったんだわ! ああ! わたし、いったいどうすればいいの?……」そう言ってキティは泣きだした。「ああ、ぼくは何ていうことをしたんだ!」そう叫んで彼女の前にひざまずくと、リョーヴィンは彼女の両手にキスをしはじめた。5分後に公爵夫人が入ってきたときには、二人はすっかり仲直りしていた。キティは自分がリョーヴィンを愛していることを納得させたばかりでなく、なぜ愛しているかという彼の質問に対しても、きちんとそのわけを説明したのだ。それで彼ははっきり納得したのである。

 

3章

 

大きな人波、とりわけ女性たちの群れが、婚礼のために煌々と照らされた教会を取り巻いていた。教会の中はすでに一対の吊燭台にも、それぞれの聖像の前に置かれた燭台にも、火がともされていた。入り口の扉がギーという音がするたびに、人々の声が静まり、皆が新郎新婦の入場を見ようと振り返った。しかしすでに10回以上も扉が開いたのに、入ってくるのは客ばかりだった。親族も一般客も、すでに待ち遠しさを通り越していた。その頃キティは、もうとっくに支度を終え、純白のドレスに長いベール、橙の花の冠をかぶった格好で、仮親を務めるすぐ上の姉のリヴォワ夫人(ナタリー)と一緒にシチェルバツキー家の広間にたたずんだまま、花婿が教会に着いたという介添え人の知らせをむなしく待ちわびながら、すでに半時間以上も窓の外を眺めていた。一方のリョーヴィンは、この頃ズボンひとつでチョッキも燕尾服もなしという格好で、ホテルの部屋を行ったりきたりしながら、新しいワイシャツの到着を待っていた。年をとった召使のクジマが、燕尾服一式を用意する際、新しいワイシャツを忘れてしまったのだ。今朝からずっと着ているワイシャツはしわだらけだし、ワイシャツを買いにやらせたのだが、日曜日でどの店も閉まっていたし、遠いシチェルバツキー家にまで使いを出して、持ってこいと命じたのだった。クジマが申し訳なさそうな顔をして、ぜいぜい息を切らせながら、ワイシャツを持って部屋に飛び込んできた。3分後にはリョーヴィンは、心の傷口を広げないよう、わざと時計も見ずに廊下を駆けだしていた。

 

4章

 

「やっと到着だ!」「ほら、花婿さんよ!」リョーヴィンがキティと並んで教会に入ってくると、会衆の間にそんな声が走った。オブロンスキーが遅れた理由を妻に説明すると、客たちはニヤニヤしながら小声でそれを伝え合った。「わたしもう、あなたが逃げ出すつもりだと思っていたのよ」キティはそう言って彼ににっこり微笑みかけた。「いったい、これは本当のことなんだろうか」そう思ってリョーヴィンは花嫁を振り向いた。ワイシャツをめぐる騒動も、遅刻も、知人や親族との会話も、彼らの不満も、自分の滑稽な立場も、すべてが一瞬にして消え去り、彼は喜ばしく、また恐ろしい気持ちになった。恒例により、天より下される安らぎと救いのため、宗務院のため、皇帝のための祈りがささげられた。そして続いて、この日結ばれる神のしもべコンスタンチン(リョーヴィン)とエカテリーナ(キティ)のための祈りがささげられた。「これなる二人に、まったき、安らかなる愛と助けとを与えたまわんことを、主に祈らん」あたかも教会の全体が、長輔祭の声に合わせて息づいているかのようであった。指輪交換の儀に続いて司祭が唱えた。「そして汝によりて妻は夫に妻合わされ、夫を助け、その子をもうける……」リョーヴィンはますます、結婚について自分があれこれ考えてきたことや、生活をこんな風に設計していこうかと夢見たことが、何もかも子供じみていたと感じた。そしてこれまで理解できなかった結婚というものが、まさに今、自分で経験しているにもかかわらず、いまやますますわからなくなったように思われた。胸の底から次第に慄きがこみ上げてきて、どうしてもいうことを聞かぬ涙が眼に浮かんできたのだった。

 

5章

 

教会には親族も知人も含め、モスクワ中の人が集まった観があった。式の間、まばゆく照らされた教会の中、晴れ着の婦人や娘たち、白いネクタイに燕尾服、あるいは制服の男性たちの間では、たえず礼を失しない程度の小声で会話が交わされていた。「どうしてマリーはあんな紫のドレスを着たのかしら。ほとんど黒だわね。結婚式なのに」コルスンスカヤ夫人が言った。「あの方のお顔の色では、ああするのが唯一の救いなのよ」ドルベツカヤ夫人が答えた。シニャーヴィン伯爵は、彼に気のある美人のチャールスカヤ公爵令嬢に、「十回以上介添え人をやった男は結婚できないという言い伝えがありますね。ぼくも保険の意味で十回目をやろうとしたんですが、先約があったんですよ」と語っていた。シチェルバツキー青年は、高齢の女官ニコラエヴァを相手に、キティが幸せになるよう、シニョンに冠をかぶせてやりたいと話していた。コズヌィシェフはドリー相手に冗談口調で、式の後に新婚旅行に出かける習慣が広まっているのは、新婚さんたちというものは常にいくぶん恥ずかしさを感じているからだと解説していた。オブロンスキーは義妹のリヴォワ夫人に向かって、例の離婚について自作のしゃれを披露していた。

 

6章

 

結婚の儀式の前半が終わり、堂務者が教会の中央に当たる経机の前に小さなピンクの絹地の敷物を敷いて、司祭がそこに立つように促した。二人がともに結婚を望んでいるか、ほかに結婚を約束した相手はいないかというお決まりの質問がなされ、二人がそれに答えると、そこから新しい勤行が始まった。「これなる二人に貞潔とよき母胎の実りを授け、息子と娘らを見る喜びを授けたまえ」という祈りがささげられた。司祭が二人に結婚の冠を授けた。キティを振り向いたリョーヴィンは、その顔に浮かんだ輝くばかりの喜びに胸を打たれた。すると彼にもひとりでにその気持ちが伝わり、彼も彼女と同じく、明るく楽しい気持ちになった。冠を支えるシチェルバツキーとチリコフも、同じく何か楽しそうな笑顔を浮かべている。キティの胸に点った喜びの火花が、いまやこの教会にいるすべての人に伝わったかのようであった。リョーヴィンには、司祭や輔祭までもが、自分と同様笑いたい気持ちになっているように感じられたのだった。「妻に接吻しなさい、あなたは夫に接吻しなさい」司祭が優しげな口元でにっこり微笑み、こう言った。微笑むキティの唇にキスをして、彼女に腕を差し出したリョーヴィンは、新しい、不思議な親密さの感覚を味わいながら、教会を出た。これが本当のことだとは信じられず、信じようとしても不可能だった。ただおどろき臆した二人の視線が出会ったとき、彼はようやくこれが現実だと信じることができた。すでに二人がひとつになっているのを感じたからである。その晩遅く夜食をすませると、新婚夫婦は村へと出発した。

 

7章

 

ヴロンスキーとアンナはすでに3か月間、連れ立ってヨーロッパを旅行していた。ヴェネツィア、ローマ、ナポリを回った二人は、ごく最近ある小さなイタリアの町に着いたところだった。ここでしばらく暮らすつもりだったのである。そんなヴロンスキーを、ヴロンスキーの士官学校時代の学友ゴレニーシチェフが訪ねてきた。「やあゴレニーシチェフ!」「ヴロンスキー」学校時代、二人は互いに軽蔑し冷淡な態度で接する間柄であったので、そのときの出会いは両者の距離をいっそう広げても当然だった。ところがいまこうしてお互いを認めたとき、二人は顔を輝かせて、歓喜の叫びを上げたのである。ヴロンスキーはゴレニーシチェフに会ってこれほど嬉しがろうとはまったく意外であった。それほどまでに退屈しきっていたのだろう。「きみはカレーニン夫人を知っていたっけ? ぼくたちはいま一緒に旅をしているんだ」「へえ! それは知らなかったな」本当は知っていたくせに、ゴレニーシチェフは平然とそう答え、「こちらへはいつ着いたんだい?」と問い返した。ゴレニーシチェフの表情の意味と、相手が話題を変えたことの意味を読み取って、ヴロンスキーは「なるほど、これはちゃんとした人間で、物の見方もまともだ」との感想を抱いた。「この相手ならアンナに紹介してもいいだろう。おかしな偏見はないようだから」。アンナとは初対面だったゴレニーシチェフは、彼女の美しさにおどろいたが、それにも増して彼の心を打ったのは、自分の置かれた境遇を素直に受け入れているアンナの態度そのものであった。アンナは、自分たちは今度パラッツォ(お屋敷)と呼ばれている家を借りて引越しをするところだと告げ、ヴロンスキーは、「これからもう一度あの家を見に出かけないか」とアンナに言った。3人は徒歩で借りた屋敷まで行った。「ひとつとっても嬉しいのは、アレクセイ(ヴロンスキー)に良いアトリエができることですわ。あれは絶対あなたの部屋ね」とアンナが言った。「きみは絵を描くんだっけ?」ゴレニーシチェフが言った。「ああ、ずっと昔描いていて、今度またちょっとはじめたのさ」ヴロンスキーは赤くなって答えた。「この人にはなかなか才能がありますのよ」アンナは嬉しそうに笑顔で言った。

 

8章

 

自由な身になって健康もどんどん回復してきた当初、アンナはいささか気が引けるほど幸せで、生きる喜びに満ちているのを実感していた。夫の身の不幸を思い出しても、彼女の幸福は損なわれなかった。夫との和解も、決裂も、ヴロンスキーの負傷の知らせも、ヴロンスキーとの再会も、離婚の準備も、夫の家を出たことも、息子との別離も含め、何もかもが̶̶彼女には熱に浮かされた夢だったように思えた。そしてその夢が覚めたとき、彼女はヴロンスキーと二人きりで外国にいたのである。健康の回復とともに高まった生への欲求がきわめて強く、おまけに生活環境もすこぶる新鮮で快適だったので、アンナは自分が許しがたいほどに幸せなのを意識していた。一方ヴロンスキーのほうは、ながらく望んでいたことがそっくり実現したにもかかわらず、完全に幸せとはいえなかった。欲望の実現がもらたらしたものは、自分が期待していた山のような幸福のうち、ほんのひとかけらの砂粒に過ぎなかったと、彼はすぐに悟った。外国でまったく自由に暮らしているヴロンスキーは毎日が退屈で、一日の16時間は何かでつぶさなければならなかった。そんなわけでまったく無意識のうちに政治やら新刊書やら絵画に飛びついているのであった。絵画で彼が気に入ったジャンルは、優美で印象の強いフランス風絵画だったので、そうしたスタイルで、イタリア風の衣装を身につけたアンナの肖像画を描きはじめた。そしてその肖像画は、彼自身を含めて、見た者すべてに大いに好評だったのである。

 

9章

 

ヴロンスキーは昼前から訪れたゴレニーシチェフに言った。「きみはミハイロフという画家の絵を見たことがあるかい?」彼はロシアの新聞を相手に渡すと、そこにあるロシア人画家についての記事を指さした。同じ町に住んでいるその画家は、最近一枚の絵を仕上げたところなのだが、その絵は前々から評判が高く、出来上がる前に買い手がついていたということだった。記事は、この傑出した画家が何の奨励も支援も受けていないことについて、政府およびアカデミーへの苦言を呈していた。「見たことはあるよ」ゴレニーシチェフは答えた。「でもあれは本当かい、ミハイロフ氏がひどく貧窮しているっていうのは?」ロシア人の芸術保護者を自任しているヴロンスキーは、ミハイロフの絵が上手かろうが下手かろうが、画家である以上援助しなければならないと思っているのだった。「彼にうちのアンナの肖像を描いてくれるように頼めないものだろうかな?」ヴロンスキーは言った。1時間後、3人はミハイロフが住んでいる地区へ馬車で向かった。迎えに出た屋敷番の妻の話では、ミハイロフは普通アトリエで客と応対するのだが、今現在はここからすぐそばの住居のほうにいるということだったので、彼らは屋敷番の妻に名刺を渡し、絵を見せていただきたいと取り次いでくれるよう頼んだ。

 

10章

 

ヴロンスキー伯爵とゴレニーシチェフの名刺が届けられた時、画家のミハイロフはいつもどおり仕事中だった。午前中、アトリエで大作に取りかかっていたのだが、帰ってくるなり、金の請求に来た家主の女を追い返せなかった妻に対して、さんざん腹を立てたのだった。生活が苦しい時ほど、彼はどんな時にもまして仕事に熱がこもり、結果も良くなるのだったが、とりわけ妻と喧嘩した後は最高だった。名刺が届けられると、ミハイロフはアトリエに向かった。今の彼は、立派なロシア人たちがわざわざ馬車で自分のアトリエを見に来たことに、感激し、興奮していたのである。足早にアトリエの玄関に近寄っていくと、アンナの、柔らかな光を放っている姿が目に入って、彼は興奮しているにもかかわらずドキッと胸をうたれた。客たちに近寄っていきながら、彼は自分でも気がつかぬうちに、この瞬間のアンナの印象を、ちょうど今描いているタバコ屋の商人の顎の印象と同じように、ひょいと捕らえて飲み込み、どこか必要なときに持ち出せる場所へとしまいこんでいた。すでにゴレニーシチェフの説明で画家への幻滅を味わっていた訪問者たちは、本人の姿を見てなおさらがっかりした。中背のずんぐり型でせかせかと歩き、茶色の帽子にオリーブ色のコート、とっくに幅広ズボンがはやっているご時勢に細いズボンをはいたミハイロフは、とりわけその横に広がった顔の平凡さと、臆病なくせに威厳を保とうとするちぐはぐな表情によって、不快な印象を与えたのである。「お待たせしてすみません」無頓着なふりを装ってそう挨拶をすると、彼は玄関に入っていき、ポケットから鍵を出してドアを開けた。

 

11章

 

アトリエに入るとミハイロフはもう一度客たちを振り向き、3人を観察し、画家としての感覚を絶えず働かして絵の題材を収集する一方で、気持ちのほうは、自分の作品が評価される瞬間が近づくにしたがってますます動揺してきた。自分のエチュードをひろげ、カーテンを上げ、掛け布を外して作品を見せるとき、彼は激しい興奮を覚えていた。「さあ、これはいかがです? ピラトの訓戒です。マタイによる福音書、第27章」ミハイロフはそう言って、客たちの背後に立った。客たちが黙って絵を見つめていた何秒かの間、ミハイロフも同じ絵を、それも冷淡な第三者の目で見つめていた。ゴレニーシチェフが言った。「ぼくがとりわけ衝撃を覚えるのは、ピラトの絵です。このように描かれると、本来は心の優しい好人物なのに、ただ骨の髄まで官史であるおけげで、自分のしていることが理解できないピラトという人物が、よくわかりますね」アンナは、「キリストの表情がすばらしいですわ!」と言った。ヴロンスキーは、「まったくおどろくべき技量だね! この背景の人物なんか、くっくりと浮き出しているじゃないか! これこそがテクニックだよ」と言った。「もし許していただけるなら、もうひとこと言いたいのですが……」ゴレニーシチェフが言った。「いやどうぞ、喜んでうかがいます」ミハイロフは作り笑いを浮かべて言った。「つまりあなたのキリストは神になった人であって、人となった神ではないということです。もっとも、それがあなたの狙いだということはわかっていますけれどね」「わたしは自分の心の内に無いようなキリストを描くことはできませんでした」ミハイロフは暗い声で言った。

 

12章

 

「ああ、これはすばらしい、なんてすばらしいんだろう! 奇跡だ! じつにすばらしいね!」アンナとヴロンスキーは異口同音に褒めそやした。それは、二人の少年がヤナギの木陰で魚釣りをしている絵だった。一方の年上の少年は、今まさに釣り糸を投じたところで、懸命に茂みの陰から浮きを引き出そうとして、その作業に没頭している。もう一人のちょっと年下の少年は、草に横たわってもつれた金髪頭を頬杖で支えながら、物思わしげな青い目をして水を見つめている。「何があんなに気に入ったんだろう?」ミハイロフは思った。3年前に描いたその絵のことを、本人も失念していたのだ。何か月かの間、昼も夜もその絵だけにかかりきりで、幾多の苦しみと喜びをその絵とともに味わったのだが、そのことを彼はすっかり忘れていた。彼はその絵を見ることさえ好まなかったが、たまたまこれを買いたいというイギリス人が現れる予定だったので、架けてあったのだった。「こちらは単なる、昔の習作です」彼は説明した。「これはすごい!」ゴレニーシチェフも心底絵の魅力にうたれた様子で言った。ヴロンスキーはこの絵を売ってもらいことはできないかとたずねた。「これは買い手がついたので出してあるんです」ミハイロフは陰気に眉をひそめて言った。客が帰ってしまうと、ミハイロフは絵の正面に腰を下ろし、パレットを取って仕事にかかった。だが自分が興奮しすぎていると感じられ、手を止めた。ヴロンスキーとアンナとゴレニーシチェフの一行は、帰途はたいそう賑やかで陽気だった。ミハイロフに才能があることは否定しがたいが、しかし教養が不足しているおかげでせっかくの才能が伸び悩んでいる。それがロシアの芸術家たちに共通の不幸だというのである。しかしあの少年たちの絵は彼らの記憶に染み付いていたので、何かにつけて話はあの絵のことにもどっていくのだった。「あれは傑作だな! きっと作者自身が、あの絵の価値をわかっていないんだ。ひとつ遠慮しないで、買い取らなくては」ヴロンスキーはそんな風に言った。

 

13章

 

ミハイロフは自分の絵をヴロンスキーに売却し、アンナの肖像画を描くことも承知した。決められた日に彼は彼らの家にやってきて、仕事に取り掛かった。通いの作業が5回を越える頃から、肖像画はみんなを、とりわけヴロンスキーを驚かすようになった。単に似ているばかりではなく、格別に美しかったからである。どうしてミハイロフに彼女の特別な美が発見できたのか、不思議に思えた。「アンナのいちばん愛らしい、親密な表情を見出すためには、彼女のことをよく知り、このおれが愛したように愛さなければならないはずなのに」ヴロンスキーはそんな風に思ったが、じつはそういう彼でさえ、ミハイロフの肖像画を見てはじめて、そのいちばん愛らしい、親密な表情を知ったくらいだった。「ぼくがいくら長いことがんばっても、何の結果も出せなかった」ヴロンスキーは自分の描いた肖像画を評して言った。「なのにあの男はぱっと見ただけで、すぐに描き上げてしまったのだ。つまりこれこそがテクニックというやつだ」「テクニックはいつか身につくものさ」ゴレニーシチェフが彼を慰めて言った。しかし、ヴロンスキーは、ミハイロフの後ではもうアンナの肖像画を描くのは不要だと判断し、やめた。絵画に対して彼はなまじ良い趣味を持っていたために、自分の絵を完成させることができなかった。絵はすべて途中で立ち往生した。はじめのうちにあまり目立たなかった欠陥が、先へ行くととんでもなく大きなものになることを、漠然と感じとってしまったからである。説明もいいわけも一切なしで、ヴロンスキーは絵をすっぱりとやめてしまった。すると、このイタリアの一都市で暮らすことが、急に退屈に思えてきた。いよいよ生活を変える必要が生じ、二人はロシアに戻って田舎に引っ込もうと決めた。

 

物語は、第5部に入り、新展開を迎える。

1章から6章は、

リョーヴィンの痛悔礼儀(懺悔式)の模様、

結婚式に至るまでのドタバタ劇、

そして結婚式そのものの様子が描かれる。

これらのほとんどは、リョーヴィンを中心として描かれており、

痛悔礼儀(懺悔式)をすませたという証明書を持っていないと結婚できないということを知らなかったリョーヴィンの証明書取得の奮闘ぶりや、キティとの結婚に対して弱気になり、結婚そのものを止めようとするマリッジブルーぶりや、結婚式当日に、着るワイシャツが無いことに気づき、結婚式に大遅刻するマヌケぶりなどが描かれるのだ。

一方、キティの方は堂々としており、

ヴロンスキーとの過去は引きずることもなく、

ただただリョーヴィンとの愛を信じ、

自らの幸福へと邁進する。

その対比が面白く、読者は楽しく読み進めることができる。

但し5章のみは、式の間に交わされていた会話をただ羅列した章なので、

結婚式の雰囲気を伝えたかったのだろうが、正直あまり面白くなかった。

7章から13章は、

ヴロンスキーとアンナが、ロシアを出て3か月間、

連れ立ってヴェネツィア、ローマ、ナポリを回り、

二人が小さなイタリアの町に着いたところから始まる。

そんなヴロンスキーを、

ヴロンスキーの士官学校時代の学友ゴレニーシチェフが訪ねてくる。

学校時代、二人は互いに軽蔑し冷淡な態度で接する間柄であったが、

いまこうして再会し、お互いを認めたとき、

二人は顔を輝かせて、歓喜の叫びを上げる。

それほどまでにヴロンスキーは退屈しきっていたのだ。

アンナは幸せを感じていたが、ヴロンスキーのほうは、

ながらく望んでいたことがそっくり実現したにもかかわらず、

完全に幸せとは言えなかった。

外国でまったく自由に暮らしているヴロンスキーは、

毎日が退屈で、寝ている時間を除く他の16時間は、

何かでつぶさなければならなかった。

そんな彼が無意識のうちに飛びついたのは絵画であった。

アンナの肖像画を描きはじめ、そしてその肖像画は、

彼自身を含めて、見た者すべてに大いに好評だった。

ある日、ヴロンスキーは、新聞記事で、

同じ町に住むミハイロフという画家のことを知る。

記事によると、このミハイロフは、絵の評価は高いのだが、

この傑出した画家が何の奨励も支援も受けていないという。

ロシア人の芸術保護者を自任しているヴロンスキーは、

ミハイロフへの支援の意味も込めて、

アンナの肖像を描いてくれるように依頼する。

そして、出来上がったアンナの肖像画に、ヴロンスキーは驚愕する。

単に似ているばかりではなく、格別に美しかったからだ。

どうしてミハイロフに彼女の特別な美が発見できたのか?

「アンナのいちばん愛らしい、親密な表情を見出すためには、彼女のことをよく知り、このおれが愛したように愛さなければならないはずなのに」

そう思う彼でさえ、ミハイロフの肖像画を見てはじめて、

そのいちばん愛らしい、親密な表情を知ったのだった。

ミハイロフの後ではもうアンナの肖像画を描くのは不要だと判断し、

ヴロンスキーは絵をすっぱりやめてしまう。

すると、このイタリアの一都市で暮らすことが急に退屈に思えてきて、

ロシアに戻って田舎に引っ込もうと決める。

 

このように、本作『アンナ・カレーニナ』は、

アンナを中心とした筋と、

 

リョーヴィンを中心とした筋に分裂しているのだが、

 

キティとヴロンスキーの過去のいきさつはあるものの、

両者にはほとんどつながりがない。

今のところ、二つの物語を読んでいる感じなのである。

まだ『アンナ・カレーニナ』の全体像は見えてこないのだが、

この物語が、統一的な構造原理やプロット構造を持っているのか、

ただ単に、巨大な現実の断片の積み重ねであるのか、

今後の展開次第で判断したいと思っている。

 




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