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一人読書会『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)⑦ ……第3部、1章~12章……

 

一人読書会『アンナ・カレーニナ』の7回目は、

第2巻の、

第3部の1章~12章を読んでみたいと思う。

 

1章

 

リョーヴィンの異父兄セルゲイ・コズヌィシェフは、仕事で疲れた頭を休めるために、五月の末に弟の村へとやってきた。彼の信念では、村の生活ことが最もすばらしい生活であった。リョーヴィンはこの訪問を喜んだが、いかにコズヌィシェフを愛し敬っているとはいえ、この兄と一緒に村にいるのは気詰まりだった。気詰まりどころか、むしろ不愉快だったのである。リョーヴィンにとって村とは生活の場であり、つまりは喜び、苦しみ、働くための場であった。ところがコズヌィシェフにとっての村とは、一面では仕事の疲れを癒す休憩所、他面では都会生活の退廃に効く解毒剤であって、彼は喜んでその薬を服用し、その効き目を自覚していたのであった。コズヌィシェフは日の当たる草むらに横たわって、日光浴をしながらおしゃべりをするのを好んだ。だがリョーヴィンには退屈だった。「こんな炎天下を歩き回るなんて、いい加減にしておけよ」兄は彼に忠告する。「いや、ただほんのちょっと事務所に行ってくるだけさ」そう答えてリョーヴィンは駆け足で畑へ出て行くのだった。

 

2章

 

六月初旬に家政婦役のばあやアガーフィアが、足を滑らして転び、手首をくじいてしまった。そこで、医学校の教程を終えたばかりの若くておしゃべりな医者がやってきた。医者は有名なコズヌィシェフと会話できることが嬉しくてたまらぬ様子で、新しき聞き手の登場に触発されてコズヌィシェフも大いに話し込み、高揚した精神状態になっていった。医者が帰った後、コズヌィシェフは釣竿をもって小川に行きたいと言いだした。リョーヴィンは耕作中の畑地と草地を見回る用事があったので、兄を馬車で送っていこうと申し出た。コズヌィシェフは道中ずっと、うっそうと葉を茂らせた森の美しさに見とれていた。リョーヴィンは自然の美について語ることも聞くことも好まなかった。彼には、言葉が自分の見たものの美しさを奪ってしまうような気がするのだった。

 

3章

 

コズヌィシェフは言った。「おまえがゼムストヴォの会議に出かけず、活動を敬遠しているのは感心しないな。ちゃんとした人たちがそうやって遠ざかってしまえば、当然ひどい結果になるばかりだからね。われわれが金を払っても、それは人の給料になるばかりで、学校もできない、準医もいない、助産婦もいない、薬局もない、何ひとつないっていうわけだ」「ぼくもやってはみたんです」リョーヴィンは言った。「でも無理だったんです! どうしようもありません!」「何が無理なんだね? おれには理解できないよ。金をうまく配分して、医療援助を行うのが無理だというのかい?」「無理ですね。この郡は4000平方キロもあるし、自然条件、野良仕事の時期などを考えると、全域的な医療援助を提供するなんていう可能性はないと思います。それにそもそもぼくは医学を信じていませんし」「じゃあ、学校は? 農民でも労働者でも、読み書きのできる者の方がおまえにとっても必要だし、値打ちがあるだろう」「いいえ、読み書きのできる者は、労働者としてはずっと劣ります。道路を修復させても満足にできないし、橋を作らせれば、架かったとたんにそっくり盗んでいく始末ですから」二人の考えはどこまでも平行線をたどり、一致することはなかった。最後には、コズヌィシェフはリョーヴィンの理解が及ばぬ哲学や歴史の領域に論点を移し、弟の考え方の過ちをすっかり指摘してみせた。リョーヴィンは黙っていた。敗北を喫したのを覚えながら、同時に、自分の言いたかったことが兄には伝わらなかったのだという無力感にとらわれていた。

 

4章

 

去年、草刈りを見に行った際に、管理人にひどく腹を立てたリョーヴィンは、気を鎮めるために草刈りを始めた。その作業が大変気に入ったので、彼は今年はすでに春先から、時期が来たら百姓たちに混じって、何日間も草刈りに明け暮れてみようという企画を立てていた。「体を動かすに限る。さもないとおれの性格はすっかり損なわれてしまうだろう」そう思った彼は、たとえ兄や農民たちの手前どんなに恥ずかしいことになろうとも、絶対に草刈りをしてやろうと決心した。翌朝、草刈り場にやってくると、チートが言った。「いいですかい、旦那さま、おやりになるからには、途中でへこたれちゃいけませんぜ!」「へこたれないようにがんばるさ」そう答え、チートの後について刈り始めた。だが長いこと草刈りをしていない上に百姓たちにじろじろ見られてリョーヴィンの草刈りはなかなかうまくいかなかった。早くも「自分は持ちこたえられないのではないか」と不安を覚えていた。百姓たちに遅れをとらぬこと、できるだけうまく刈ること、この二つのこと以外は何ひとつ考えず、彼は刈り進めた。すると、ある変化が生じ始めた。それが大きな快感をもたらしてくれるようになったのだ。自分が何をしているのか忘却してしまう瞬間が訪れ、体がすっと軽くなるのだ。「弁当にしましょう、旦那さま」老人が言った。リョーヴィンはそろそろ昼食の時間だということも忘れて4時間ほども休みなしで草刈りをしていたのだった。

 

5章

 

昼食後、リョーヴィンは列のそれまでの位置ではなく、わざわざ彼を隣に招いてくれた冗談好きな老人と、去年の秋に所帯を持ったばかりでこの夏初めて草刈りに出てきた若い百姓との間の位置についた。いちばん暑い時間帯には、これほどつらい労働はないと思えたが、自分がしていることを考えずにすむあの無意識状態の瞬間が、ますます頻繁に訪れるようになり、そんなときは鎌がひとりでに草を刈っているのだった。リョーヴィンは時がたつのに気がつかなかった。もはや夕食時が近かったのである。あちこちの方角から子供たちがパンの入った風呂敷包みを提げて運んできた。「ほうら、旦那さま、わしのパン汁を召し上がれ」そのパン汁がいかにもうまかったので、リョーヴィンは言えまで食事に帰るのを止した。夕食を終え、少しの間草の上で寝て、起きるとリョーヴィンは「どうだい、もっと刈ろうじゃないか。あのマーシュカの丘なんかは?」と老人に訊くと、老人は「もし連中にウォトカでもはずんだら」と言った。「マーシュカの丘を刈ったらウォトカがもらえるぞ」老人のこの一声で、「もちろん、刈るとも!」と刈り手たちは仕事に取り掛かった。

 

6章

 

マーシュカの丘はすっかり刈り取られ、百姓たちは家路についた。リョーヴィンは馬にまたがり、名残惜しい気持ちで百姓たちに別れを告げると、家を目指した。リョーヴィンが帰宅すると、コズヌィシェフが「おまえに手紙が来ていたぞ」と言って、オブロンスキーからの手紙を渡した。リョーヴィンはそれを音読した。「妻のドリーが領地のエルグショーヴォ村に行っているのだが、手紙によると、どうもあちらでは何もかもうまくいっていないようだ。お願いだからひとつ妻のところへ行って、助言してやってくれないか。きみは何でも詳しいから。妻はきみに会えたら大喜びするだろう。かわいそうに、彼女はいま一人ぼっちだ。母親も含めて、家族は全員まだ外国なので」。リョーヴィンは「よし! これは絶対に行ってこなくちゃ」と言い、「一緒に出かけましょうか?」と兄に言った。「それはいいね」とコズヌィシェフは答えた。

 

7章

 

オブロンスキーがはるばるペテルブルグに出かけて行ったのは、ある用事のためだった。それは、省のお偉方に自分の存在をアピールするために上京したのである。その間ドリーと子供たちは、できるだけ支出を切り詰めようというわけで、村へと移ったのだった。それは彼女が婚資として譲られ、この春に森の部分を売却した、例のエルグショーヴォ村で、リョーヴィンの住むポクロフスコエ村から50キロのところにあった。オブロンスキーにとって妻が田舎に行くのはあらゆる点で好ましかった。子供は健康になる、支出は減る、自分の身は自由になる、三拍子揃っていたのである。ドリー自身にとっても、子供たちのため、そしてツケがたまっている薪屋、魚屋、靴屋などから逃げられたいという気持ちもあった。さらにもうひとつ、妹のキティを自分の村に呼んでやりたいと思っていたからだった。キティは夏の盛りに帰国する予定であったし、温泉地からの手紙に、姉妹二人の子供時代の思い出が一杯のエルグショーヴォ村で夏を過ごすことほど自分にとってうれしいことはありませんと書いてよこしていた。

 

8章

 

ドリーの夫は、機会があり次第そちらへ行くと約束していたが、そんな機会はなかなかなかったので、ドリーは六月の初めまで一人で村で暮らした。聖ペテロ週の日曜日、ドリーは子供たち全員を教会の礼拝式に連れて行って、聖餐を受けさせることにした。当日の朝、すっかり着飾って嬉しそうに顔を輝かせた子供たちが、表階段の下の幌馬車の前で母親を待って並んでいた。そこへ身支度に手間取ったドリーが真っ白なモスリンのドレスをまとって出てくると、馬車に乗り込んだ。いま彼女が着飾るのは、自分のためでも自分を美しく見せるためでもなく、このすばらしい子供たちの母親として、人前で恥ずかしくないようにという配慮からであった。そして最後の仕上げに鏡を覗き込んだとき、彼女は十分に自分に満足していた。彼女は実際美しかった。それはかつて舞踏会で綺麗に見られたいと思ったような美しさではなく、いまの彼女が目指している目的に見合った美しさであった。

 

9章

 

御者が言った。「どこかの旦那が歩いていらっしゃいます。どうやらポクロフスコエの旦那さまで」。前方を注視したドリーは、リョーヴィンの姿が、こちらに向かってくるのを認めて喜んだ。彼女はいつでもリョーヴィンに会うのが嬉しかったが、今は格別、栄光の頂点に立っているような自分の姿を彼の見てもらうのが嬉しかった。リョーヴィンは誰よりもよく、彼女の偉大さを理解してくれる人物だったからだ。「さてみんなの中で、おじさんと一緒に馬と競走をしたい子はいないかな?」リョーヴィンがこう言うと、子供たちはほとんどリョーヴィンのことを知らなかったが、彼に偽善的なところがかけらもなかったことから、母親の顔に見取ったのと同じ親しみの表情を彼に対して浮かべたのである。夕食後、バルコニーでリョーヴィンと二人きりになると、ドリーはキティの話を始めた。「ご存知かしら? キティはここに来て、わたしと一緒に夏をすごす予定なんですよ」「本当ですか?」リョーヴィンは急に勢いづいたが、すぐに話を逸らして、酪農理論を披露しはじめた。そんなことをしゃべりながらも、かれはキティについて詳しいことを聞きたくてたまらなかったのだが、同時に聞くのを恐れてもいた。こんなに苦しい思いをしてやっと手に入れた心の平穏が、乱されるのが怖かったのである。

 

10章

 

「キティが書いてよこしたところでは、一番の願いは孤独と平穏なんですって」一時の沈黙の後でドリーは言った。「それで、お体は回復されたのですか?」リョーヴィンは動揺しながらたずねた。「おかげさまで、すっかり元気になりましたわ」「そうですか、それはよかった!」「ねえ、リョーヴィンさん、あなたは何でキティに腹を立てていらっしゃるの?」ドリーはちょっとからかうような笑顔を浮かべて語りかけた。「ぼくがですか? ぼくは腹を立ててなんかいませんよ」「いいえ、あなたは腹を立てていらっしゃいます。じゃなかったら、どうしてモスクワにいらしたとき、わたしたちの家へも、父母の家へもお寄りくださらなかったのですか?」「驚きますね。ぼくに同情してくれてもいいじゃないですか、ご存知なんですから……」「わたしが何を知ってると?」「ぼくがプロポーズして、断られたことをですよ」「いったいどうしてあなたは、わたしがそれを知っていると思うの?」「なぜなら、みんなが知っているからですよ」「あなたたち二人に何があったの? どうか教えて」「何があったかはもう申し上げました」「いつのことだったの?」「ぼくが最後にお宅を訪れたときです」「これですべてがはっきりしましたわ。あなたにはおわかりにならないでしょう。あなた方男性は、自由に選べる側にいらっしゃるから、いつだってご自分が誰を愛しているかっていうことがはっきりしているんです。でも、待っている側の娘にすれば、女性としての、娘としての恥じらいもあって、あなた方男性を遠くから見ているだけですから、何を言われても言葉どおりの意味に受け取ってしまいます。そうして娘にしてみれば、自分でもなんとお答えしていいのかわからないような気持ちのときもあるし、またあって当然なのですよ」「すでに選択はなされたのだし、それはそれで良かったんです……。もうやり直しはきかないでしょう」「ああ、プライドですわプライド! あなたがキティにプロポーズをなさったとき、あの子はまさに答えることのできない状態だったのです。迷っていたんですよ」「ドリーさん、ぼくを信頼してくださるのはありがたいのですが、やはりあなたの勘違いだと思います。いや、ぼくが正しいにせよ間違っているにせよ、あなたがお嫌いなそのプライドというやつが邪魔をして、ぼくは一切カテリーナ(キティ)さんのことを考えることができないのです。おわかりください、まったく不可能なんです」「では、キティが来ても家にはいらしてくださらないのですね」「ええ遠慮します」別れの挨拶をして立ち去る彼を、ドリーは引きとめようとはしなかった。

 

11章

 

七月の半ば、リョーヴィンのところに、ポクロフスコエ村から20キロほど離れたところにある姉の領地の村長がやってきて、農事の進行状況と草刈りの具合を報告した。どうも村長の態度の端々からこの草刈りの一件の怪しさを感じ取ったリョーヴィンは、自ら赴いて実地検分することにした。昼食時に村に着いて兄の乳母の夫に当たる知り合いの老人の家に馬を預けると、リョーヴィンは牧草の収穫について詳しいことを聞きだすために、老人の養蜂場へ出かけていった。パルメーヌィチ老人は、嬉しそうに自分の仕事場を案内してくれたが、草刈りの話になると一転して歯切れが悪く、口が重くなってしまうのだった。それでますますリョーヴィンは、自分の疑念が杞憂でないことを確信した。村長と延々と議論したあげく、今ある11の堆(やま)は、1堆50台分として農民たちが自分の取り分として引き取ったうえで、地主の分として別途新たに草を取り分けるということで話がついた。この交渉と堆の分配で、午後の休みのときまで時間がつぶれた。午後の干草が分配されると、リョーヴィンはその先の監督を支配人にゆだね、自分はヤナギの棒杭で目印をした干草の堆に腰を下ろして、農民たちで沸き立っている草場を眺めはじめた。

 

12章

 

隣に座っていた老人はとっくに家路についており、百姓たちもみなばらばらに散っていた。近在の者は家に帰り、遠くに住む者たちは草場に残って晩飯を食い、夜明かしをしようとしていた。リョーヴィンはそうした連中の目に留まることもなく、干草の堆の上に横たわったまま、見、聞き、考えていた。「さて、結局おれは何をしたらいいんだ? そしてどのようにそれをしたらいいんだ? 結婚しようか? 仕事に就き、働かざるを得ない状況を作るか? ポクロフスコエ村を出ようか? 土地を買おうか? 村団に入ろうか? 百姓の娘と結婚しようか? 一体どうしたらいいのか?」彼は草場を出ると、街道を村に向かって歩きはじめた。「あれ、あそこを行くのは誰だろう?」ふと馬車の鈴の音を聞きつけた彼は、怪訝に思って顔を上げた。彼が歩いているのと同じ草の生えた大きな道の、40歩くらい離れた前方からこちらに向かって、旅行トランクを背中に乗せた4頭だての箱馬車が走ってくるところだった。馬車の片隅には年配の女性がまどろんでおり、窓辺にはどうやら目覚めたばかりといった風情の若い令嬢が座って、白い帽子についたリボンを両手で押さえていた。いかにも聡明で考え深げな若い女性は、リョーヴィンとはおよそ無縁な、こまやかで複雑な内面生活にひたりきった面持ちで、彼の肩越しに朝焼けを眺めていた。そんな姿がすでにリョーヴィンの視界から消えようとした瞬間、女性の誠実そうな目がふと彼に向けられた。彼の姿を認めると、驚きの混じった喜びの念が、女性の顔を輝かせた。彼には見まがいようもなかった。その目はこの世にたった一対しかない目だった。それはこの世でただ一つ、彼のために全世界と人生の意味とを一つにまとめてくれることのできる存在だった。それは彼女だった。キティだったのだ。

 

北アルプスへの夏山遠征などで、

この一人読書会『アンナ・カレーニナ』は、一時中断し、

それまで毎日読書していたのが、途切れてしまった。

こういう場合、ストーリーを忘れてしまっていたりして、

読書に戻るのは案外難しかったりするのだが、

この一人読書会では要約しながら読み進めているので、

まったく問題なかった。

ストーリーもしっかり覚えていたし、

スムーズに元の読書に戻ることができた。

 

〈百姓の娘と結婚しようか?〉

と思っていたリョーヴィンは、

 

(12章の最後で)キティと一瞬の再会を果たす。

すると、それまでのリョーヴィンの考えが一瞬にしてひっくり返る。

そして、

「こうした素朴な、勤労の生活がどんなに良いものだとしても、おれはそこに戻るわけにはいかない。おれはあの人を愛しているからだ」

と、強く自覚する。

なんとも驚くべき劇的な展開だろうか!

 

第2巻の12章まで読んできたが、

第2巻になってここまで、アンナ・カレーニナはまだ登場しない。(笑)

リョーヴィンとキティの関係の方に関心がある私としては、

まったく問題ないのだが、

アンナのファンの方々にとっては我慢の限界かもしれない。(爆)

私としても、妊娠が発覚したアンナの行く末がとても気になる。

13章以降がとても楽しみだ。

 




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