
『カラマーゾフの兄弟』読了計画の第27回は、
第4部、第12編「誤審」の、

第5節「突然の破局」
第6節「検事による論告。性格論」
第7節「過去の経緯」
第8節「スメルジャコフ論」
第9節「全速力の心理学。ひた走るトロイカ。検事論告の締め」
を読みたいと思う。

第4部、第12編、第5節「突然の破局」

【要約】
イワンは驚くほどゆっくりした足取りで入廷した。その表情は病的で、死んだ人間の顔を思わせた。イワンは、「裁判長殿、下がらせてください、体調がひどくすぐれなくて」と言って法廷から出て行こうとしたが、4歩ほど歩いてふと立ち止まり、再びもとの席に戻った。そして、札束を取り出し、「ほら、これが例の金ですよ……そこの封筒に入っていた。この金が原因で親父は殺されたんです」と言った。裁判長は、「このお金はどういう経路であなたの手に入ったんです……これがそもそも、あのお金だとしての話ですが」と、驚きを込めて言った。「スメルジャコフから受け取ったんですよ。犯人からです。昨日です。ぼくは、やつが首を吊る直前に立ち寄りましてね。親父を殺したのはあの男で、兄じゃありません。あいつが殺し、わたしが殺しをそそのかしたんです……親父の死を望まない人間なんてどこにもいるもんですか……」。イワンがこう言うと、裁判長は、「あなたは正気で言ってるんですか?」と思わず口走った。「正気に決まってますよ……ここにいる豚さんたちと同じぐらいにね!」と、傍聴席の方を振り向いて言った。「親父を殺しておきながら、びっくりしたふりしてやがる。みんな親父が死ぬのを願っているのさ。毒蛇が毒蛇と食いあうのと同じさ……父殺しがないとなりゃ、みんな腹をたて、いらいらしながら帰るんだ……なかなかたいした見世物じゃないか!」。アリョーシャが急に立ち上がって、「兄は病気なんです。兄の言葉を信じないで、兄は幻覚症なんです!」と叫んだ。イワンが退席した後、カテリーナが突然裁判長に向かって叫び出した。「わたしはもうひとつ証言しなければならないことがあります。ここに一枚の紙があります。手紙です。あの“人でなし”の!」。そう言ってミーチャを指さした。そして、これがどんな手紙であり、どんな状況で受け取ったのかを、詳しく説明した。手紙は犯行の2日前にミーチャによって書かれた殺人の計画書で、カテリーナは3000ルーブルをミーチャに彼に渡し、ミーチャはその金を「あの女郎(グルーシェニカ)を相手にあそこで一晩で使い果たしてしまった」と証言した。ミーチャは、その手紙は泥酔状態の自分が書いたものと認めた。
第4部、第12編、第6節「検事による論告。性格論」

【要約】
イッポリートが論告をはじめた。額とこめかみに病的な冷汗を浮かべ、からだをぶるぶると神経質そうにふるわせていた。彼は悪寒と発熱をかわるがわる感じていた。自身がのちにそう語っている。彼はこの論告を一世一代の大傑作であり、「白鳥の歌」であるとみなしていた。事実、彼はその9ヶ月後、悪性の結核で死んでしまった。だから、もし彼があらかじめ自分の死を予感していたとするなら、ほんとうのところ、辞世の歌をうたう白鳥に自分をなぞらえる権利があったということになる。イッポリートの論告は、ミーチャの有罪を心から信じ、「制裁」を訴え、「社会を救いたい」という要求に心を震わせた感動的なものであった。財産をめぐる争いや父と子の家族関係に関して、イッポリートは予審で明らかになったすべてを、順序正しく話した。また、遺産の分割について、つまりだれがだれを誤魔化し、だれがだれに上乗せしているかということについて、判明している資料からはいかなる判断も不可能であるという結論を、あらためて引き出した。そして彼は、すでにミーチャの頭に固定観念となってこびりついている3000ルーブルに関して、医学鑑定を持ち出した。
第4部、第12編、第7節「過去の経緯」

【要約】
「医師の鑑定は、被告の精神が正常ではなく、彼が躁病であったことを立証しようとしました。わたしは、彼がまさしく正常であり、それこそがいちばん不利な点であると断言します。正常でなければ、おそらく、はるかにうまくやりおおせたかもしれません。彼が躁病だったということにわたしも同意しますが、それもただ一点のみにおいてです……つまり、医学鑑定も指摘していることですが、父から3000ルーブルが支払われていないかのように被告が考えていたというところです。しかし、このお金に対する被告の日ごろからのすさまじい執着を説明するには、彼の躁病的な傾向よりも、それと比較にならないほど適切な視点を見つけることができるはずです。被告が日ごろからすさまじく嫌悪していた対象は、3000ルーブルという金額にあったのではありません。彼の怒りをかきたてる、特別な原因があったのです。その原因とは……嫉妬です!」ここで、イッポリートは、被告がグルーシェニカにそそいだ破滅的な愛の全光景を、すみずみまで描写してみせた。グルーシェニカの供述やラキーチンの人物分析なども交え、ミーチャがいかにして父殺しの考えを抱くようになっていったかを、事実にそって検証していった。(イッポリートは)意識的な計画性を認めることを躊躇していたが、カテリーナによって提出された文書(殺害の計画書)によって、「あらかじめ犯行が計画され、練られていたことに疑う余地はありません。犯行は、まちがいなく強奪を目的として行われたのです」と断言するに至る。イッポリートが(ミーチャがスメルジャコフから教わったとされる)「合図」の件に触れようとしたとき、彼は論告をいったん中断し、スメルジャコフについて、さらに詳しく論じることの必要性を感じ、きわめて詳細に述べ立てた。スメルジャコフの殺人容疑という当初の説を徹底的に洗い、その考えに永久にけりをつけるためである。
第4部、第12編、第8節「スメルジャコフ論」

【要約】
「スメルジャコフが殺した、と最初に叫んだのは被告本人です。自分が逮捕された瞬間のことでした。しかし最初にこう叫んで以来、いまこの公判にいたるまで、スメルジャコフ有罪説を裏づける事実を何ひとつ示しておりません……事実どころか常識的に考えて筋の通った、なんらかの事実につながるヒントすら示していないのです。さらに、この嫌疑を支持しいているのはわずか三人に過ぎません。すなわち被告の弟二人と、スヴェトロワ嬢(グルーシェニカ)です。しかし、上の弟(イワン)がこの疑惑を公にしたのは今日がはじめてであり、しかも病気で、明らかな精神錯乱の発作におそわれ、熱に浮かされている状態での発言です。なによりこの二ヶ月のあいだ、わたしたちもよく知るように、彼は兄の有罪を完全に信じきっていました。その説に反論しようともしませんでした。それから下の弟(アリョーシャ)ですが、彼自身がわたしたちに、いましがたはっきり述べております。つまり、スメルジャコフが有罪だという自分の考えを裏づける証拠は何もない、ほんの些細なものさえない、と。彼の結論は、ただ被告本人の言葉と、『彼の顔色』のみがたよりなのです。このような重大な証言が、先刻二度も、この弟本人の口からなされました。それからスヴェトロワ嬢が言われたことは、ことによるとさらに重大かもしれません。『被告が言うことを信じてください。彼は嘘をつくような人ではありません』これが、被告人の運命にあまりに深い関心を抱いている三人から出されたスメルジャコフ有罪説の実質的証言のすべてです」。ここでイッポリートは「病的な精神錯乱と狂気の発作で命を絶った」故スメルジャコフの性格を、簡単になぞる必要があると認めた。そして、イッポリートは、「スメルジャコフは犯人ではない」という説を延々と語るのだった。
この第8節「スメルジャコフ論」でのイッポリートの論告は、
正直、あまり面白くない。
なぜなら(私を含め)読者は、
すでにスメルジャコフの自白を知っているし、
スメルジャコフがヒョードルを殺したということを知っているから。
イッポリートが、いくら、
「スメルジャコフは犯人ではない」
と、論じ続けても、
読者は答え(スメルジャコフが犯人ということ)を知っているので、
面白くないし、退屈なのだ。
スメルジャコフの思惑通りにイッポリートが論告させられているようで、
滑稽でもある。
第4部、第12編、第9節「全速力の心理学。ひた走るトロイカ。検事論告の締め」

【要約】
「スメルジャコフは犯人ではない」と論じ続けたイッポリートは、今度は「ミーチャが犯人だ」と論じ続ける。論告もこの部分までくると、イッポリートは明らかに、厳密に時間軸にのっとった叙述の方法を取ろうと決めた。自分の興奮をおさえるため、わざと厳密な枠を設定したのだ。イッポリートは、ミーチャの旅支度やペルホーチンのところでのやりとり、食料品店での一幕や御者との話を、微に入り細をうがって述べ立てた。彼は証人からじゅうぶんな裏づけを取った言葉や、言い回しや、しぐさを山ほど引用してみせた。そうして立ちあらわれる光景は、傍聴人の確信におそろしく影響した。「わたしの推測では」と自分の考えを前面に押し出し、「陪審員のみなさん」と何度も呼びかけ、陪審員の心情に訴えかける。そして結論で、こう語った。「天才として知られる弁護人から何を聞かされようと(イッポリートはもうこらえきれなかった)、みなさんの琴線に触れる、どんななめらかな弁舌や感動的な言葉がこの場にひびきわたろうと……それでもやはり覚えていてください。この瞬間、みなさんは裁きの聖堂にいるのだということを。覚えていてください、みなさんは真実の弁護人なのだということを。みなさんはここでこの瞬間、ロシアを代表しているのです。みなさんの判決は、ただこの法廷のなかにのみ響くのではありません、ロシア全土に響きわたるのです」。傍聴席では、「たいした論告でしたな!」「心理学に入れ込みすぎですよ」「うまくまとめましたよ」「あいまいなところもいくつかありましたよ」「少々、熱くなりすぎましたな」「不公平ですよ」「あせったんでしょう」などの声が飛び交った。「弁護人のこともこわがってるね」「ああ、フェチュコーヴィチ先生、どう応えるかな」。そこにフェチュコーヴィチが登場した。
第8節で「スメルジャコフは犯人ではない」と論じ続けたイッポリートは、
今度は「ミーチャが犯人だ」と(延々と)論じ続ける。
当然のことながら、退屈だし、あまり面白くない。
なぜなら、読者は「ミーチャが犯人ではない」と知っているから。
TVドラマの2時間サスペンス物などで、終盤、
(途中から観ている人のために)事件のあらましを紹介するシーンがあるが、
このイッポリートの論告はまさにそれに当たる。
読者は今さらイッポリートの勘違いの論告など聞きたくないのだ。
ただ、ドストエフスキーがこの部分を小説に組み込んだということは、
何か意図するものがあったからだろうし、
その「意図するもの」を期待しながら、
次の第10節「弁護人の弁論。両刃の剣」での、
弁護人フェチュコーヴィチの弁論を聴きたいと思う。
