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『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)⑬ …第2部、第5編、第1~4節…




カラマーゾフの兄弟』読了計画の第13回は、(これまでの記事はコチラから)
第2部、第5編「プロとコントラ」の、


第1節「婚約」
第2節「ギターを抱えたスメルジャコフ」
第3節「兄弟、親しくなる」
第4節「反逆」
の4つの節を読みたいと思う。



第2部、第5編、第1節「婚約」


【要約】
アリョーシャを出迎えたのは、またしてもホフラコーワ夫人だった。夫人はひどく慌てふためいていた。カテリーナのヒステリーは失神ですんだが、そのあと「恐ろしくひどい衰弱」が襲ってきて、意識がないのだという。夫人はアリョーシャに「リーズの相手をしながら、そこで待機していてほしい」と言った。アリョーシャがリーズの部屋に入ると、あのお金を渡せたかどうか訊いてきた。「渡せなかった」と話すと、「あとからでも走って追いかけて……」とリーズが言ったので、「いや、追いかけなくてよかったんです。だって、あの200ルーブルは、やっぱりあの人たちのものになるんですからね。どうせ明日には受け取ってくれます」と答えた。そして、スネギリョフが腹を立てたのは、アリョーシャがミスをひとつ犯したからだと説明した。「あの人が腹を立てたのは、第一に、ぼくのまえでそのお金のことをあんまり嬉しがって、それを隠せなかったからなんです。あの人はもう正直に喜んでしまい、それが自分でもしゃくにさわったんですね。娘さんの話や、よその町で見つかりそうな勤め先の話までして、心の内をすっかり吐き出した途端、そうして自分の心をさらけ出してしまったことがふいに憎らしくなってしまったんです。そこへ、本当に悪いタイミングでミスを犯してしまった。もしよその町に引っ越しするのにもお金が足りないなら、もう少し足してあげられますよ、なんならこのぼくも、お金は必要なだけ貸してあげられますから、なんて言ってしまった。それにはさすがにショックをうけたんですね。たしかに何もかもぶちこわしになったけれど、この後は良い方向に向かっていきます。なぜなら、もし彼がお金を踏みつけにせずに受け取ったら、帰宅して1時間と経たないうちに自分が受けた屈辱を思い出し、おんおん泣きだしたでしょうからね。ところが彼は、それが自殺行為とわかっていながら、ひどく誇らしい気持ちで、意気揚々と引き上げて行った。こうなればしめたもので、もう遅くとも明日にも、彼にこの200ルーブルを受け取らせることは実に簡単なことなんです。『あなたはほんとうに高潔なお方でいらっしゃいます。あなたはそれを立派に証明なさいました。でも、いまはこのお金を受け取ってください。ぼくたちを許していただきたいんです』。こうな風に持ち掛ければ、あの人もちゃんと受け取ってくれますよ!」。リーズは「あたしたちの考え方に、かわいそうな人に対する軽蔑のようなものって混じってないかしら……」と心配したが、アリョーシャは「ぼくたち自身があの人と同じで、世間の人たちみんながあの人と同じだとしたら、どこに軽蔑なんか入り込む余地があるんです? だって、本当にぼくたちも同じ人間で、別に上にいるわけじゃないんですもの」と否定した。リーズは「わたし、あなたにとってすごく大事なことを告白しなくっちゃいけないの。昨日のあの手紙、冗談じゃなく、本気で書いたの」と言って、アリョーシャの手を掴み、三度、激しくキスをした。アリョーシャは「あなたが本気で書いたってこと、ぼくも信じていました」と言って、リーズの唇にキスをした。「アリョーシャ、わたしたち、幸せになりましょうね」とリーズが言った。「きっとなれますよ、リーズ」とアリョーシャが答えた。アリョーシャがリーズの部屋から出ると、ホフラコーワ夫人が待ち伏せをしていた。二人の会話をずっと立ち聞きしていたのだ。「あなたのことは今後絶対に家にお通ししませんし、じきにあの子を連れてここを出ていきます」と言った。そして、リーズが書いた手紙を見せるように要求した。アリョーシャはそれを断って、家を出て通りへ駆け出した。


アリョーシャとリーズのやりとりは、
もう現代の恋人同士の会話を読んでいるようであった。
そして、娘に対する母親ホフラコーワ夫人の気持ちも、
今の時代に置き換えても、なんら違和感はない。
それほど読みやすくて、ドキドキさせられる。
はたして、アリョーシャとリーズは一緒になれるのか……


第2部、第5編、第2節「ギターを抱えたスメルジャコフ」


【要約】
午後2時を回っていた。アリョーシャの身も心も、修道院で息を引き取ろうとしている「偉人」に引き寄せられていた。だが、兄のドミートリーにぜひとも会わなくてはという思いが、ほかのすべてに勝った。彼は昨日と同じように網垣を飛び越えて庭に入り込み、例のあずまやで待機した。兄のドミートリーを不意をよそおってつかまえるためだ。あずまやには誰もいなかったが、腰をおろして15分と経たないうちに、ギターをつまびく音が聴こえてきた。そして、甘ったるい裏声で流行歌を口ずさむ男の声がした。女の声もした。男はスメルジャコフで、女はここの家主の娘マリア・コンドラーチエヴナだった。アリョーシャは二人の会話を聞いていた。スメルジャコフが「まだほんの餓鬼の頃にあんな貧乏くじ引かされなかったら、ぼくももっといろんなことができたし、もっといろんな知識を学べたんですがねえ。あれは、臭い女の腹から出た父なし子なんで品性がいやしい、とか言うやつがいたら、決闘場に呼び出してぶち殺してやりますよ。ぼくとしちゃこの世にまるっきり生まれずにすむんでしたら、まだ胎内にいるうちに自殺したかったですよ。ぼくはもう、ロシア全体が憎くてならないんです」と言い、再びギターを弾きながら歌い出したとき、思いもかけないことが起こった。アリョーシャがいきなりくしゃみをしたのだ。アリョーシャは立ち上がり、二人の方へ歩いて行った。アリョーシャは平静を装って兄のドミートリーの居場所を訊いた。スメルジャコフは「知らない」と答え、「知りたくもない」と付け加えた。ドミートリーを必死に探していると言うと、今朝早く、イワンのことづけでオジョールナヤ通りのあるドミートリーの家に行ってきたことを教えてくれた。そのことづけとは「一緒に食事がしたいから広場に面した町の料理屋にぜひ来てくれ」というものだった。しかしドミートリーは留守だったが、「ひょっとすると、今頃、弟のイワンさんと料理屋にいるかもしれない」と言った。アリョーシャは料理屋をめざして走り出した。料理屋の近くまで来ると、突然ひとつの窓が開き、イワンが「アリョーシャ、いますぐこっちへ上がって来れないか?」と声をかけてきた。


スメルジャコフが女性を相手にギターを弾きながら歌っているのは意外であった。
しかも、甘ったるい裏声とは……(笑)
スメルジャコフは、カラマーゾフ的な全体性から切り離された存在であるが、
これからこの男がこの物語にどのように関わってくるのか、興味が尽きない。


第2部、第5編、第3節「兄弟、親しくなる」


【要約】
「最後に一度、おまえのことを知っておきたかったし、おまえにもおれのことを知ってもらいたかった。そうして別れたかった」とイワンは言って、自分の人生観を語り出した。「たとえ人生が信じられなくなり、大切な女性にも世の中の秩序にも幻滅して、それどころか、すべてが無秩序で、のろわしくて、ひょっとして悪魔の混沌そのままなんだとまで確信して、人が幻滅することからくるいろんな恐怖にうちのめされたって、やっぱりおれは生きていたい、人生という大きな杯にいったん唇をつけた以上、最後までこれを飲み干さないかぎり、絶対に手から杯をはなさない! でも30になるまでには、きっとこの杯を放り出してしまう。最後まで飲み干していなくてもだ。で、どこかへ行っちまう。でもわかっているんだ。30まではおれの若さがすべてに打ち勝つってことがさ。どんな幻滅にも、人生に対するどんな嫌悪にもだ」。そして、この「生きたい」という願望は、カラマーゾフ家の特徴だと語る。「知恵や、論理なんて関係ないんだ。はらわたと魂で愛するんだ」とイワンが言うと、アリョーシャも「この世の人はみな、第一に人生を愛するべきだと思うんです」と叫んだ。「人生の意味より、人生そのものを愛するっていうことだな?」とイワンも呼応する。イワンはロシアの若者について、「神はいるか、不死はあるかという全世界的な問題を議論する。神を信じない連中は、やれ社会主義だ、やれアナーキズムだとやりはじめる。要するに、新しい構成員による人類全体の改造って話なんだが、取っ掛かりは別でも、行きつく先は同じで、相も変わらず同じ問題を論じている」と語り、「仮に神が存在し、この地球を実際に創造したとしてもだ、おれたちが完全に知り尽くしている通り、神はこの地球をユークリッド幾何学にしたがって創造し、人間の知恵にしても三次元の空間しか理解できないように創造した」と続けた。つまり、神の有無の問題は、三次元だけの概念しか与えられずに創られた頭脳では理解できないということなのだ……と。イワンは、神を受け入れていると言う。秩序も、人生の目的も、永遠の調和も、宇宙が神そのものであるという言葉も信じている。だが、最終的な結論としては、神の世界を受け入れていないことになると言う。むろんそれが存在していることは知っているが、でもそれを認めないと言う。「おれが受け入れないのは、神によって創られた世界、言ってみれば神の世界というやつで、こいつを受け入れることに同意できないんだ。これがおれの本質なのさ。これがおれのテーゼなのさ」。イワンはまるで幼くておとなしい子どものように微笑んだ。


第2部、第5編「プロとコントラ」の、
「プロ」は肯定、「コントラ」は否定を意味する。
「プロとコントラ」とは、相反する二つの原理で、
生と死、
精神と物質、
キリスト教の原理と革命の原理などの“せめぎ合い”を言う。
ここから以降は、
「イワン対アリョーシャ」という対決の構図を通して、
相異なる二つの世界観の対立が描かれる。


第2部、第5編、第4節「反逆」


【要約】
イワンは「身近な人間なんてとうてい好きになれない。好きになるのは遠くにいる人間だけ」と告白すると、アリョーシャも、ゾシマ長老が同じ話をしていたと語る。イワンは「人間に対するキリストの愛なんていうのは、もともとこの地上では起こりえない奇跡なんだよ」と言った後、持ち前の無神論哲学を披露する。「おれとしては、人類全体の苦しみについて話がしたかったが、子どもの苦しみの話に絞ったほうがいい。この話をすると、おれが論拠にできる規模は十分の一に縮められてしまうが、それでも子どもの話だけに絞ったほうがいいんだ」と幼児虐待の例をこれでもかと挙げていく。「トルコ人ブルガリアで妊婦の腹から短剣で赤ん坊をえぐり出した話」「無邪気に笑う赤ん坊の頭をピストルで粉々に撃ち砕く話」「夜中のうんちを知らせなかったといって幼い娘の顔にうんちを塗りたくり、うんちを食べさせ、殴る蹴るの虐待をする“教養ある両親”の話」「飼い犬に石をぶつけて怪我をさせたという理由で、下男の息子を仕置き部屋に閉じ込め、翌朝、素っ裸にして猟犬の群れに襲わせて嚙み殺させた地主の話」……この地主が終わると、イワンが「さあどうだ、こいつをどうすればいい? 銃殺にすべきか? 言ってみろ、アリョーシャ」と言うと、アリョーシャは、「銃殺にすべきです」と低い声でつぶやいた。「やったぜ!」イワンは有頂天になって叫んだ。「おまえがそう言ったってことは、つまり……おまえの心のなかにも悪魔のヒヨコがひそんでいるわけだ。アリョーシャ・カラマーゾフ君!」。


キリスト教の世界観において、神が創った世界は永遠の調和を保っていなくてはならない。
しかし、世界のあらゆるところで不幸や災難は起こっている。
これら世界に溢れる罪や悪徳を、すべて個人の仕業に帰すことができるのか?
万物の調和という「絶対真理」のために子供が犠牲になり、
苦しみを受けなくてはならないのは理解できない……イワンはそう考える。


で、もしもそんな風で、やつらが許せないとしたら、それこそ調和もくそもなくなるのさ。この世界じゅうに、はたして他人を許す権利をもっている存在なんてあるのか? 調和なんておれはいらない。人類を愛しているから、いらないんだ。それよりか、復讐できない苦しみや、癒せない怒りを抱いているほうがずっとましなんだ。おまけに、調和とやらをあまり高く見積もりすぎたからな。そんなたいそうな入場料を払うなんて、おれたちのとぼしい財布にはとてもつりあわんよ。
だから、自分の入場料は急いで返そうと思ってるんだ。おれがせめてまともな人間だというなら、できるだけ早くそいつを返さなくちゃならない。だからおれはそういてるわけだ。おれは神を受け入れないわけじゃない、アリョーシャ、おれはたんにその入場料を、もう心からつつしんで神にお返しするだけなんだ。
(第2巻247~248頁)

この後、イワンは、「自分が作った物語詩を話そうと思う」と言い、話し出す。
物語詩のタイトルは、「大審問官」だ。



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