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一人読書会『魔の山』(トーマス・マン)⑥ ……第六章では、ヨーアヒムが……




魔の山』読了計画の6回目。
今回は、下巻の7頁から400頁までの第六章を(6日をかけて)読んだ。


第一章は、ハンス・カストルプのベルクホーフ到着当日、
第二章は、ハンス・カストルプの少年時代、
第三章は、ハンス・カストルプのベルクホーフ到着2日目、
第四章は、ハンス・カストルプのベルクホーフ到着3日目から3週目の直前まで、
第五章は、ハンス・カストルプのベルクホーフ到着後7ヶ月目までが描かれている。
以上で、上巻が終わり、
下巻(第六章、第七章)へと移った。


第六章は、
「移り変り」
「その上もうひとり」
神の国と悪しき救済について」
「激怒。そしてなんともやりきれないこと」
「ほうほうの体で」
「『精神錬成』(operationes spirituales)」
「雪」
「『勇敢な軍人として』」

という8つの節から成り立ち、
1908年の復活祭から1909年のヨーアヒムの死までが描かれている。


第一章(33頁)、第二章(36頁)は短編小説の分量で、
第三章(115頁)、第四章(184頁)は中編小説の分量があり、
第五章(324頁)は、長編小説の分量であった。(上巻はこの章で終わり)
第六章(393頁)は、第五章よりも更に頁数が増え、こちらも長編小説の分量があるし、
読むのに時間がかかった。


ハンス・カストルプは、謝肉祭の夜にショーシャ夫人と一夜を共にし、
記念品として夫人の上半身X写真を受け取っていた。
第六章の冒頭は、この出来事から6週間が経っている。
その間に、ショーシャ夫人は、
療養所ベルクホーフを出て、コーカサス山脈の東のダゲスタンに旅立っていた。
なので、第六章には、もうショーシャ夫人は出てこない。
ハンス・カストルプとショーシャ夫人の恋物語の続きを期待していた私としては、
まことに残念であった。(笑)


第六章では、新たな人物が登場する。
それが、ユダヤイエズス会士のレオ・ナフタだ。
このナフタは、セテムブリーニとのライバル的存在として登場し、
ハンス・カストルプの教育係としての支配権をいつも(セテムブリーニと)争う。
この二人の思想は真っ向から対立していて、
ナフタは、王権や世俗国家(政教分離の国家)に対する教会の有利を主張し、独裁とテロによって神の国の実現を目指しているのに対し、
セテムブリーニは、人文主義的教養を有する啓蒙主義者として、個人の権利を尊重した民主主義や自由主義に基づく世界的な共和国を目指している。
口を開けば議論の応酬が始まるし、この議論が長い。長過ぎる。(笑)
ただ、このナフタとセテムブリーニの議論や対立は、
現在の私たちが置かれている状況によく似ているとも言え、
独裁的な強権国家が増えつつある今の時代にも通じるものがあり、
深く考えさせられる。


調べてみると、
1914年7月、第一次世界大戦が勃発した当時、
トーマス・マンは(意外なことに)戦争礼賛派だったという。
(ということは)『魔の山』の執筆開始(1913年)当時は戦争礼賛派だったのだ。
だが、自分が賛美した戦争の結果、多くの若者が命を落とし、
大戦末期にはスペイン風邪によってさらに多くに人が亡くなったこともあって、
1918年11月に第一次世界大戦が終わると、
ドイツ帝国崩壊の後に成立したヴァイマル共和国を擁護するようになった。
自らのそれまでの保守的な立場をひるかえし、共和国を擁護する立場になったのだ。
こうした経緯を経て、1915年10月に中断していた『魔の山』の執筆を、
戦後の1919年4月に再開し、5年後の1924年9月に脱稿しているので、
魔の山』の成立過程にもトーマス・マン自身の思想の変遷が大きく影響しているのだ。
そういうこともあって、
「保守的理念」をナフタに、
「民主主義思想」をセテムブリーニに語らせているとも言える。
こういう内幕もなかなか興味深い。

第六章の中で、最も印象深く、小説としての面白さを感じたのは、
第七節の「雪」の部分だ。


ハンス・カストルプがベルクホーフで迎えた二度目の冬、
この冬は特に雪が多く、療養所は大量の雪に包み込まれる。
ハンス・カストルプは、雪ともっと自由に親しみたいと、
スキーを購入し、練習をして、一人で雪山へ出発する。
誰もいない雪の世界を上ったり下ったりしているうちに、
方向感覚を失い、遭難し、意識も朦朧とし、
偶然見つけた小屋の軒下で、ハンス・カストルプは一場の夢を見る。
陽の光が燦燦と降り注ぐ南国の浜辺で、生を謳歌する人々。
「すばらしい」と感嘆するハンス・カストルプ。
南国には行ったこともないのに、その光景に懐かしさをおぼえ、「再会」したと感じる。


夢はまだ続き、
そばにやってきた少年の視線に促され、自分の背後にある神殿に足を踏み入れる。
そこでは、醜い老女たちが陰惨な血の宴を繰り広げていた。
恐怖にかられ、逃げ出そうとしたところで目が覚め、
自分が小屋のそばで倒れていることに気づく。
半醒半睡の状態で、先程の夢の意味を探ろうする。
そして、自分が長年抱き続けてきた死に親しむ心だけでは、
人間にとっては不十分であることに気づく。

己はこれを忘れずにいよう。己は心のなかで死への忠誠を守ろう。だが死と、かつてあったものに対する忠誠は、もしそれがわれわれの思考と『鬼ごっこ』を規定するならば、ただ悪意と暗黒の情欲と人間への敵意を意味するにすぎないということを明白に記憶しよう。人間は善意と愛のために、その思考に対する支配権を死に譲り渡すべきでない。(下巻303頁)


ハンス・カストルプは、吹雪から無事に生還を果たすが、
(驚くべきことに)夕食のときにはもう雪山での体験をすっかり忘れてしまうのだった。

第六章の最終節(第八節)「『勇敢な軍人として』」では、
ついに、ヨーアヒムが亡くなってしまう。


軍務勤務のために「平地」に戻ったヨーアヒムは、
1909年4月に少尉に昇格した後、病が再発し、
8月にはベルクホーフへ戻ってくる。
そして、急激に進行した喉頭結核のため、6週間から8週間の命と余命宣告される。
そして、ある晩の7時、ヨーアヒムはあっけなく死んでしまう。
この小説の語り部は、次のように述べ、第六章を閉じる。

私たちはここでひとまず幕をおろすことにしよう。しかし、幕が静かにおりていく間に、私たちは上の世界に残されたハンス・カストルプとともに、はるか彼方の下界に思いを馳せて、遠い低地の湿っぽい墓地に眼を向けよう。そしてそこで、軍刀一閃、号令が響き、三回の小銃斉射あの熱狂的なる弔礼が、兵士ヨーアヒム・ツィームセンの、木の根の絡み合った墓の上に轟き渡るのに耳をすますことにしよう。(下巻399~400頁)

第六章は、文庫本で400頁近く(正確には393頁)あり、
この章だけで十分に長編小説の読み応えがあった。
トーマス・マンは、1939年にプリンストン大学でおこなった講演で、
第六章の「雪」の節を作品の頂点とみなすと発言をしており、
また、1925年の『魔の山』に関するインタビューでは、

私の著作が有する構造的欠陥は、雪の章が結末にないことにあります。

と述べていることから、
第六章第七節「雪」が当初の結末であったようだ。
それでもなお、トーマス・マンは、
第七節「雪」の後に、第八節でヨーアヒムの死を描き、
十の節を持つ(389頁もある)第七章を書いたのか?
それは第七章を読めば自ずと解ることなのだろう。
次回は、いよいよ『魔の山』の最後の章(第七章)である。
はたして『魔の山』登頂なるか……乞うご期待。



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