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新聞連載エッセイ「ふらふらぶらぶら 日本縦断の旅」⑩佐多岬に到着、そして




旅と同時並行で地元紙(佐賀新聞)に連載していた紀行文、
「ふらふらぶらぶら 日本縦断の旅」を元にして、
カテゴリー「徒歩日本縦断(1995年)の思い出」を再開させた。
今回は、その第10回目。



「ふらふらぶらぶら 日本縦断の旅」⑩佐多岬に到着、そして
(※新聞掲載時よりも、漢数字を算用数字にしたり、改行を多くして読みやすくしています)

えびの高原、国分、垂水と歩いてきたぼくは、


10月29日の早朝、根占を出発し、イッキに45キロ先の佐多岬をめざした。




大泊までは快調に歩くことができた。
残り8キロ、ここから先は「佐多岬ロードパーク」という有料道路である。


この道路、全国のウォーカー、サイクリストにすこぶる評判が悪い。
ナゼ?
実は、この道路、自転車と歩行者は通行禁止なのである。
本土最南端の地へは、歩いても自転車でも行けないのだ。
入り口で一応交渉してみるが、断られる。
他人の車に乗せてもらうか、バスに乗りなさいとのこと。
しかたないので料金所横の道に入る。
国民宿舎を過ぎ海岸沿いに進むと、再び有料道路にぶつかる。
「ヤッタネ!」
と思い、しばらく歩く。
しかし、途中にチェックポイントがあり、ここでまたもや止められる。


何度交渉しても無駄であった。
人の良さそうなおじさんだが、勤務には忠実だ。
日も暮れてきたので、ぼくはここはいったん引きさがることにし、
近くの民宿に泊まった。
有料道路の営業時間外に歩くことにしたのだ。
夜は危険なので、早朝に出発することにする。
民宿のおばさんによると、
自転車による日本縦断がテレビ中継されて有名になった少年などは、
例外として通しているそうだ。
また、地元有力者のコネがあると良いとも聞く。
まったく不公平な話だ。
翌30日午前6時出発。




係員は7時半には来るという話なので、急ぎ足で歩く。
午前7時、佐多岬到着。


誰もいない岬に立つ。


8時すぎ、一人旅の女性ライダーが来て、展望台から海を見ている。
長い髪が風にそよぎカッコイイ。
その横でぼくは売店のおばちゃんに、
「あんた、時間外に来たでしょ? 帰る時にちゃんと入場料払いなさい」
と説教されていた。
ぼくは今回の旅を佐多岬で終わることにしていたのだが、
なんとなく、この岬で終わりたくない気分だった。
〈この際、ついでだから沖縄も縦断しよう、そして有人島として日本最南端の波照間島まで行ってみよう〉
そう思った。
この旅は、もうしばらく続く。




【余禄】
吉都線無人駅でSTB(station bivouac駅寝)した私は、
えびの高原へ向けて、麓から車道を登り始めた。






このとき、多くの車に追い抜かれた。
その多くは、えびの高原への観光客、或いは霧島山系への登山者たちだったろう。
この登りの道で疲れていた私は、
私を追い抜いてスイスイと走って上っていく乗用車やバスを見ながら、
「お前らも、麓から歩いてみろよ!」
と、意味不明なことを心の中で発し、怒っていた。(コラコラ)
ようやくたどり着いた「えびの高原」は素晴らしく、


「高原」好きの私を満足させてくれるものであった。





佐多岬は、
霧島錦江湾国立公園に含まれている、北緯31度線上に位置する本土最南端の岬。
南端の断崖から50m沖の大輪島に、日本最古の灯台の1つ「佐多岬灯台」がある。
この灯台はイギリス人の設計で明治4年完成後、昭和20年の空襲で焼失。
昭和25年復旧し現在に至っている。


ガジュマルの木。


当時(1995年)、私は、新聞に掲載した紀行文で、……
佐多岬ロードパーク」という有料道路に対して不満を述べているが、
その後の30年間で、事態は大きく変化したようだ。

佐多岬ロードパーク】(Wikipediaより)
1963年(昭和38年)に、岬の近くまで、地元の岩崎グループが道路を建設し、
1964年(昭和39年)から佐多岬ロードパークとして有料道路(一般自動車道)として供用が開始された。
これにより観光開発が進むことになった。
しかし佐多岬ロードパークの通行量は1973年(昭和48年)をピークとして減少するようになり、岩崎側は経営難を理由に2003年(平成15年)に道路の休止を打ち出した。
これに対して重要な観光資源であるとして地元側が休業の延期を要請し、
2007年(平成19年)4月26日に地元の南大隅町に道路が譲渡されて
無料の町道となり、
人や自転車なども通行可能となった。

その後も、
佐多岬ロードパークの第二料金所より先の区間については引き続き岩崎側が管理し、
公園入口で入場料を徴収していた。
しかし、展望台などの施設は老朽化が進行しており、
国立公園内であり規制が多くて採算が合わないとして「今後投資の意向はない」と明言して、
一帯を行政に移譲したい考えを示していた。
その後の交渉の結果、南大隅町が5億2560万円を投じて第二料金所から公園入口までの約6万7000平方メートルの道路を岩崎から購入し、
これ以外の園内の遊歩道などは無償譲渡されることになった。
こうして2012年(平成24年)10月30日に佐多岬ロードパークが完全に町道に移管され、

佐多岬展望公園への入場が無料化された。
その後、老朽化した展望台とレストハウスの撤去工事が2012年12月3日から始まり、


2013年5月31日までに完全に撤去された。
2018年(平成30年)1月16日から、
新しい鉄筋コンクリート平屋建て165平方メートルの展望台が使用開始され、
屋上から景色を眺めることができるようになった。




30年前は、第2料金所の先に、北緯31度線を示す標識が立てられていた。


この旧北緯 31 度線モニュメントは、すでに撤去され、
新しいモニュメントに建て替えられているようだ。


駐車場からトンネルを抜けて展望台へ向かうのだが、
昔はここでも入場料を取られた。
なので、昔は、トンネルの入口にも料金所があった。




今は、バスも撤去され、綺麗になっている。


このように、30年前に私が目にした諸々の施設はすべて撤去され、
佐多岬は新しく生まれ変わっているようだ。
〈いつかまた行ってみたい……〉
と思った。


※「ふらふらぶらぶら 日本縦断の旅」➀~⑫
(タイトルをクリックするとレポが読めます)
➀宗谷岬から留萌へ
➁留萌から長万部へ
③長万部から函館、青森へ
④秋田から象潟、鳥海山へ
⑤「良寛」ゆかりの地を巡る
⑥天の橋立、城崎温泉へ
⑦余部鉄橋、松江、出雲へ
⑧萩と、仙崎と、金子みすゞ
⑨八代大花火、球磨川星花火
⑩佐多岬に到着、そして
⑪沖縄本島縦断
⑫日本最南端・波照間島にて



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