
私は、これまで、
標高が日本で一番高い「富士山」、
標高が西日本で一番高い「石鎚山」、
標高が中国地方で一番高い「伯耆大山」、
標高が九州で一番高い「宮之浦岳」、
標高が佐賀県で一番高い「経ヶ岳」、
標高が長崎県で(登ることが可能な山で)一番高い「雲仙普賢岳」、
その他、
北アルプスの「剱岳」、
北アルプスの「白馬岳」などでも、
海抜0メートルから登ってきた。
標高が東北で一番高い「鳥海山」には、海抜0メートルから登らないのですか?
と、訊かれることもあり、「いつかはやりたいな~」とは思っていた。
30年前(1995年)に実施した徒歩日本縦断の途中で「鳥海山」には既に登っていて、
あらためて登り直すのも億劫だな~とも思っていた。(笑)
先日、『富士山・村山古道を歩く』のレビューを書いたときに、
次のように記した。
私が、かつて、「麓から登ろう!」シリーズの延長として、
「海抜0メートルから登る」シリーズをやっていたとき、
「海抜0メートルから登ったのは私が先だ」
と言ってくる人がいて、ほとほと困った。(笑)
自分がやったのならまだしも、友人・知人がやったことを披露し、
「上には上がいるもんですよ」
と捨て台詞を吐く人までいて、(爆)
驚いたし、困惑した。
そんなことを言ってくる人がいるとは夢にも思わなかったからだ。
車社会になる前は、誰もが麓から登っていたワケだし、
富士山だって、江戸時代は、田子の浦まで舟で来て、
誰もが海抜0メートルから登っていたからだ。
少なくとも、
「海抜0メートルから登ったのは私が先だ」
と言う人が先ではないのは確かなのだ。(笑)
かく言う私だって、60数年前の子供の頃は佐世保の海から山に登っていたし、
30年前には日本列島3300kmで「ZERO TO ZERO」をやっているし、
そんなことを言われる筋合いはないのだ。(爆)(全文はコチラから)
徒歩日本縦断では、日本海側を歩いたので、
足が疲れてくると、足を度々海水に浸してクールダウンしていた。
北海道の宗谷岬付近から、鹿児島県の佐多岬までの海岸で海水に足を浸しているので、
(無意識のうちに)日本列島3300kmで「ZERO TO ZERO」をやっていたというわけだ。(笑)
その後、考えてみるに、
私は、この徒歩日本縦断の途中で、いくつかの山にも登っていることに気がついた。
そのいくつかの山の中に、東北地方最高峰の「鳥海山」も含まれていたのだ。
……ということは、私は、30年前の徒歩日本縦断で、
海抜0メートルから登る「鳥海山」を既に達成していたのだ。(爆)
では、なぜ「鳥海山」に登ったのか?
この徒歩日本縦断をしているとき、私は旅先から原稿を送って、
地元紙に「ふらふらぶらぶら 日本縦断の旅」と題するエッセイを連載していたのだが、
「鳥海山」に登ったときの様子を次のように記している。
秋田県の南部に象潟(きさかた)という町がある。かつてここは無数の島々が浮かび、八十八潟、九十九島と称され松島と並んで、松尾芭蕉をはじめとして多くの文人墨客が訪れる絶景の地であった。しかし文化元年(一八〇四年)の大地震で海底が二・四メートルも隆起したため、潟の海水が失われて、現在は水田地帯の中に黒松の生えた小島が点在するという珍しい風景に変化している。
九月二日の早朝、この九十九島をぼくは歩いて島巡りをした。背後には鳥海山が見えた。日本海から一挙に立ち上がる独立峰で、標高二二六三メートルの東北一の山である。ぼくは急にこの山に登りたくなった。「えーい、登っちゃえ!」。重いフレームザックはどうしようかと迷ったが、せっかくここまで一緒に旅してきたので、かついで登ることにした。途中、強風とガスに悩まされたが、鳥海山は想像以上に素晴らしい山だった。特に鳥海湖や、頂上付近からの日本海側の眺めには心を奪われた。
しかしー翌日から足はガクガク。歩きと登山では使う筋肉が違ったようだ。よろよろしながら九月五日、新潟県に入った。

徒歩日本縦断をしているときは、
(「高原」という言葉には憧れていたが)登山にはまだそれほど興味はなく、
なぜ急に登山を思い立ったのか謎なのだが、歩き旅に変化を欲していたのかもしれない。
こうして登った「鳥海山」は、
登っている途中の風景や、


鳥海湖など、
本当に素晴らしかった。

この「鳥海山」があまりに印象深かったので、これ以降、
徒歩日本縦断の途中であるにもかかわらず、目についた山には登るようになった。

2012年に、海抜0メートルから登る北アルプス「白馬岳」をやったとき、
親不知にある栂海新道登山口から登ったのだが、

実は、徒歩日本縦断したとき、この栂海新道登山口の前を歩いていたのだ。
1995年に、この親不知の海岸沿いを歩いていたとき、
「これからアルプスまで登るんですか?」とか、
「アルプスから下りてきたんですか?」などと訊かれた。
当時は、山登りにはそれほど興味はなかったので、
栂海新道登山口のゲートを見たとき、
〈ああそうか、ここがアルプスへの登山口なんだ~〉
と思い、写真を撮ったのだ。

それにしても、17年後(2012年)にこの登山口から自分が登り始めるなんて、
当時は思いもしなかったことである。(笑)

そういう意味でも、徒歩日本縦断は、
「海抜0メートルから登る」シリーズと深い縁があったのだ。
※日本本土最北端(宗谷岬)

※日本本土最南端(佐多岬)

※有人島での日本最南端(波照間島)