
一人読書会の第6回は、川端康成の『眠れる美女』。(今回のテキストは新潮文庫)
5つの章から成る中編小説で、
川端康成の後期を代表する前衛的な趣の作品。
すでに男でなくなった有閑老人限定の「秘密くらぶ」の会員となった老人が、
海辺の宿の一室で、意識がなく眠らされた裸形の若い娘の傍らで一夜を過ごす物語で、
デカダンス文学の名作と称されている。
【川端康成】(1899~1972)
1899(明治32)年、大阪生れ。東京帝国大学国文学科卒業。一高時代の1918(大正7)年の秋に初めて伊豆へ旅行。以降約10年間にわたり、毎年伊豆湯ケ島に長期滞在する。菊池寛の了解を得て1921年、第六次「新思潮」を発刊。新感覚派作家として独自の文学を貫いた。1968(昭和43)年ノーベル文学賞受賞。1972年4月16日、逗子の仕事部屋で自死。著書に『伊豆の踊子』『雪国』『古都』『山の音』『眠れる美女』など多数。

(まだ文学に目覚めていない)中学生に成りたての頃の私は、
『伊豆の踊子』『雪国』『古都』などが映画化され、
東芝日曜劇場などのTVドラマの原作者として川端康成の名をよく目にしていたので、
川端康成は大衆文学の作家だと思っていた。
ところが1968年(私が中学2年生のとき)にノーベル文学賞を受賞し、
〈えっ、そんな世界的な文学者だったの?〉
と驚いた。
高校生になって、本格的に読書するようになっても、
『掌の小説』『伊豆の踊子』『雪国』などは読んだものの、
『山の音』『眠れる美女』などはよく解らず、
大学生になってから再読し、傑作であることを認識させられた。
再読してから数十年(半世紀近く)が経ち、
『眠れる美女』の主人公・江口老人の年齢(67歳だったのビックリ)を超えてしまった、
(世にいう酸いも甘いも噛み分け、下情にも通じた)古希の私がどんな感想を抱くのか、
ちょっとワクワクしながら読み始めたのだった。
たちの悪いいたずらはなさらないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した。
二階は江口が女と話している八畳と隣りの――おそらくは寝部屋の二間しかなく、見たところ狭い下にも客間などなさそうで、宿とは言えまい。宿屋の看板は出していない。またこの家の秘密は、そんなものを出せぬだろう。家のなかは物音もしない。

こういう書き出しで始まる『眠れる美女』は、
出だしからどこか淫靡で、エロティックである。
(写真↓は『少女の文学 眠れる美女』の表紙より、多部未華子)
その一
江口老人は、友人の木賀老人に教えられた或る宿を訪れる。
その海辺に近い二階立ての館には、案内人が40半ばの女1人しかいなかった。
江口老人は「すでに男でなくなっている安心できるお客さま」として迎えられ、
二階の八畳で一服する。
部屋の隣には鍵のかかる寝部屋があり、
深紅のビロードのカーテンに覆われた「眠れる美女」の密室となっていた。
「女の子を起こそうとなさらないで下さいませよ。どんなに起こそうとなさっても、決して目をさましませんから……。女の子は深あく眠っていて、なんにも知らないんですわ。」
女の子は、眠り薬で眠らされているらしかった。
そこは規則として、
眠っている娘に質の悪いいたずらや性行為をしてはいけないことになっており、
会員の老人たちは全裸の娘と一晩添寝し逸楽を味わうという“秘密のくらぶ”の館だった。
江口は道楽を続けてきたおかげか、まだ男の性機能が衰えてはいず、
「安心できるお客さま」ではなかったが、そうであることは自分で出来た。
眠っているのは20歳前くらいの娘で、
化粧荒れしていない眉と、自然に長い髪、そして乳呑児のような乳くさい匂いがした。
娘の初々しい美しさに心を奪われた江口は、
ゆさぶっても起きない娘を観察したり触ったりしながら、
昔の若い頃、処女だった恋人と駆け落ちした回想に耽り、枕元の睡眠薬で眠った。
その二
半月ほど後、江口は再び「眠れる美女」の家を訪れた。
今度の娘は妖艶で、眠っていても娼婦のように男を誘う魅力に満ちていた。
えりあしの髪を短くし、上向けに撫でそろえた髪型。前髪は自然に垂らしている。
豊かな乳房。八重歯がある。よく寝言を言ったり寝返りしたり動きが多い。
江口は、娘を抱いているうちに、禁制をやぶりそうになったが、
娘の処女のしるしを見て驚き、純潔を汚すのを止めた。
まぶたに押し付けられた娘の手から椿の花の幻を見た江口は、
嫁ぐ前に末娘と旅した椿寺のことを思い出す。
2人の若者が末娘をめぐって争い、その1人に末娘は無理矢理に処女を奪われたが、
もう1人の若者と結婚したのだった。
その三
8日後、3回目に宿を訪れて添寝した「眠れる美女」は、
16歳くらいのあどけない小顔の娘だった。
宿の女が「見習いの子」と称する新人で、
おさげ髪をほどいたような髪、手入れしていない眉、長い睫毛の少女。
枕もとには白い眠り薬が二粒あるが、
死んだように眠っている娘が飲まされた(あるいは注射された)薬は、
江口のために用意されている眠り薬とは違うだろう。
娘と同じ薬をもらって、自分も一緒に死んだように眠りたいという誘惑をおぼえた。
老人に様々な妄念や過去の背徳を去来させる「眠れる美女」は、
遊女や妖婦が仏の化身だったという昔の説話のように、
老人が拝む仏の化身ようにも江口には思われた。
その四
4回目に訪れたその日は、朝からの暗い冬空が夕暮れ前には冷たい小雨になった。
それがさらにみぞれになった。
江口は宿の女に問う。
「この前来た時も、ちょっと言ってみたが、ここで老人にゆるされるいちばんのわがままは、どういうこのなの。」
「さあ。娘が眠っていることですわ。」
「娘と同じ眠り薬はもらえないの?」
「この前、おことわりいたしましたでしょう。」
「それじゃ、年寄りに出来る、いちばんの悪事はなんだろう。」
「この家には、悪はありません。」と女は若い声を低めながら江口を気押すように言った。
「悪はないのか。」と老人はつぶやいた。女の黒いひとみはおちついていた。
「もし娘の首を絞め殺そうとなさるのも、赤子の手をねじるようなものですけれど……。」
江口老人はいなや気がして、「絞め殺されても、目をさまさないの?」
「と思います。」
「無理心中にはあつらえ向きだね。」
「おひとりで自殺なさるのがおさびしい時にはどうぞ。」
江口が密室の戸を開けると、女のあまい匂いが濃かった。
添寝した娘は整った美人ではないが、
大柄のなめらかな肌で寒い晩にはあたたかい娘だった。
女からは濃い甘い匂いがした。
〈この娘をもし絞め殺したら、この娘のからだはどんな匂いを放つだろうか……〉
江口の中で再び「眠れる美女」と無理心中することや悪の妄念が去来した。
その五
5回目に江口が宿を訪れたのは、正月を過ぎた真冬の晩だった。
冬は老人にとっては危険な季節だ。
狭心症で突然死した福良専務もこの「秘密くらぶ」の会員だったことを、
江口は木賀老人から聞いていた。
福良専務は世間では温泉宿で死んだことになっていた。
宿の中年女はその遺体を運び擬装したことを江口に隠さなかった。
「だんなさま、今夜あたり幽霊が出ますよ。」
「僕は幽霊としみじみ話したいね。」
「なにをでございますか?」
「男のあわれな老年についてさ。」
その晩、江口の床には娘が2人用意されていた。
色黒の野性的な娘と、やわらかなやさしい色気の白い娘に挟まれて、
江口は、白い娘を自分の一生の最後の女にすることを想像した。
江口は自分の最初の女は誰かとふと考え、
なぜか結核で血を吐き死んでいった母のことを思い出した。
深紅のカーテンが血の色のように見えた江口は、睡眠薬の眠りに落ちていった。
母の夢から醒めると、色黒の娘が冷たくなり死んでいた。
江口は眠っている間に自分が殺したのではないとふと思い、ガタガタとふるえた。
宿の中年女は医者も呼ばず平然と対処し、
「ゆっくりとおやすみなさって下さい。娘ももう1人おりますでしょう」
と言って、眠れないと訴える江口に白い錠剤を渡した。
白い娘の裸は輝く美しさに横たわっているのを江口は眺めた。
死んだ黒い娘を温泉宿へ運び出す車の音が遠ざかった。
このように、「眠れる美女」の突然の死で物語は閉じられるのだが、
今回、再々読して、
この物語には「死」の臭いが立ち込めていることに、あらためて気づかされた。
死んだように眠らされた娘とともに死んだように眠ることに、老人は誘惑を感じた。(72頁)
もし娘の首を絞めたら、この小さい舌はけいれんするだろうか。(80頁)
眠らされた娘のそばに横たわっているのも、たしかに悪にはちがいないだろう。もし娘を殺せばそれはなお明らかである。娘の首をしめることも、口と鼻をおさえて息をとめることも、多分やさしそうである。(82頁)
眠らせられている若い女の素肌にふれて横たわる時、胸の底から突きあがって来るのは、近づく死の恐怖、失った青春の哀絶ばかりではないかもしれぬ。(83頁)
もし絞めたらこの娘のからだはどんな匂いを放つだろうか。(94頁)
眠らされた娘のからだにおそらくさからいはないだろう。娘をしめ殺してしまうことだってやさしいだろう。(118頁)
「かぜをひくよ。」江口は娘のからだをおおい、娘のがわの毛布のスイッチを切った。女の生命の魔力などはなにほどのものでもないような気がして来た。娘の首をしめたらどうであろうか。もろいものだ。老人にもたやすいしわざだ。(120頁)
老人は、老人自身が「死」の臭いを漂わせているものだが、
江口老人は(心中願望なのか)常に「娘の首を絞めること」を夢想しているように思える。
「眠れる美女」たちと、「眠れる美女」に群がる老人たち。
「眠れる美女」たちの甘い「生」の匂いが漂っている中での、老人たちの「死」の臭い。
その対比が見事だ。
川端康成自身も、1972年(昭和47年)4月にガス自殺しており、(享年72歳)
江口老人、ひいては川端康成の「その後」も暗示しており、感慨深い。
若いときに読んだときは特に意識はしなかったが、
今回、古希になって再々読して、江口老人が67歳であることに驚かされた。
この『眠れる美女』が書かれた当時、1960年~1961年(昭和35年~36年)頃は、
67歳はもう男ではなくなっているのが普通だったのだろう。
いつ死んでもおかしくない老人であったのだろう。
現在の私よりも3歳も若い江口老人の行いを、
今回は複雑な思いで読んだことを告白しておかなければならない。
私も80歳くらいになれば、江口老人の境地に至るのではあるまいか……と考えた。
今回、読んでいて、「67歳」「67年の〇〇」と記されていることが多いのにも気づかされた。
新潮文庫では、
14頁、33頁、39頁、44頁、55頁、85頁、94頁、96頁、113頁、121頁、124頁と、
ざっと数えただけでも、11回も「67」という数字が出てくるのだ。
調べてみると、この『眠れる美女』は、
1960年(昭和35年)、雑誌『新潮』1月号(第57巻第1号)から6月号までと、
翌年1961年(昭和36年)1月号から11月号(第58巻第11号)まで、
合間に約半年のブランクを挟んで連載されている。
17回にわたる連載ながら全量は中編で、各回は原稿用紙平均10枚程度のものだった。
連載6回目と7回目の間の空白休止期間は、
アメリカ国務省の招きによる渡米と、
ブラジル・サンパウロでの国際ペンクラブ大会出席などの多忙が一因とみられる。
連載終了後は、内容に沿って全体を5話の構成で章分けし、
同年11月30日に新潮社より単行本刊行されている。
(1回につき原稿用紙10枚程度の)17回の連載ということで、
「死」についての記述、年齢の「67」という記述、
その他にも、同じような描写の繰り返し、重複が多いのは、
中編にもかかわらず17回にも分けて連載されたということが要因にあるようだ。
それが瑕疵になっておらず、むしろその何度も繰り返される執拗綿密な描写が、
淫靡で濃密な作品世界を創り上げていることに貢献している。
奇しくも川端康成は、
『ロリータ』を書いたナボコフと同じ年(1899年)に生まれているが、
川端康成には、「少女嗜好」とは言わないまでも、若くて美しい女性を好む傾向があった。
(写真↓は「伊豆の踊子」の撮影現場。川端は自作の映画撮影を見学するのが好きだっだが、特に吉永小百合の踊子がお気に入りで、何度も何度も撮影現場を訪れたという)


その「若くて美しい女性を好む傾向」が色濃く表れているのが、
本作『眠れる美女』と言えるだろう。
その若くて美しい女は眠らされている。(写真↓は映画『君は放課後インソムニア』の森七菜)
眠らされている女の肉体を、川端は、死体愛好症のように執拗に描写し、
性的幻想にふけり、観念的淫蕩の限りを尽くす。
「気持ち悪い」と言われても仕方のないような行いを、
唯一無二の文学的な表現、語彙で文章にしていく。
『眠れる美女』は、形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭にも似た芳香を放つデカダンス文学の逸品である。
とは、この作品を「文句なしの傑作」と呼んでいる三島由紀夫の弁。(新潮文庫の解説より)
川端康成に対しては、これまで、
美しい文章を紡いでいる古風な日本文学者というイメージを抱いていたが、
これほど前衛的で、先鋭的な作家だったとは……
今回(老人になって)読んで、初めて気づかされたことであった。
『伊豆の踊子』『雪国』『古都』『山の音』なども読み直してみれば、
これまでとは違った感想を持てるかもしれない。
そんな楽しみを抱かせてくれた今回の読書であった。