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一人読書会『砂の女』(安部公房)……二十世紀世界文学の古典となった傑作……




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新しいカテゴリー「一人読書会」の第4回は、
安部公房の長編小説『砂の女』。


まだ老眼鏡やルーペに頼らずとも(裸眼で)小さい活字も読めることもあって、
この「一人読書会」で読む小説は、(電子書籍などではなく)紙の本にこだわっていて、
第1回の『オリンポスの果実』は、昭和に刊行された(活字の小さい)新潮文庫で、
第2回の『太陽の季節』は、芥川賞受賞時の誌面をそのまま転載した「文藝春秋」で、
第3回の『個人的な体験』は、新潮社の「純文学書き下ろし特別作品」の初版本で読んだ。
第4回の『砂の女』も、新潮社の「純文学書き下ろし特別作品」の一冊として(昭和37年6月に)刊行されていて、高校時代に読んだときも(文庫本はまだ発売されていなかったので)「純文学書き下ろし特別作品」の単行本を読んだ。
よって、今回も、「純文学書き下ろし特別作品」の単行本を読みたいと思う。




この「純文学書き下ろし特別作品」シリーズの函の表には“著者の言葉”があり、
裏面には、いろんな作家や評論家の推薦文が記されて、
それが楽しみで、この「純文学書き下ろし特別作品」シリーズをよく手に取っていたのだが、
砂の女』の表には、著者・安部公房の、

鳥のように、飛び立ちたいと願う自由もあれば、巣ごもって、誰からも邪魔されまいと願う自由もある。飛砂におそわれ、埋もれていく、ある貧しい海辺の村にとらえられた一人の男が、村の女と、砂掻きの仕事から、いかにして脱出をなしえたか……色も、匂いもない、砂との闘いを通じて、その二つの自由の関係を追求してみたのが、この作品である。砂を舐めてみなければ、おそらく希望の味も分るまい。


という言葉が記されていて、
裏面には、武田泰淳三島由紀夫の推薦文が掲載されているのだが、



三島由紀夫は次のようにコメントしている。

詩情とサスペンスに充ちた見事な導入部、再々の脱出のスリル、そして砂のように簡潔で無味乾燥な突然のオチ、……すべてが劇作家の才能と小説家の才能との、安部氏における幸福な結合を示している。日本の現実に対して風土的恐怖を与へたのは、全く作者のフィクションであり寓意であるが、その虚構は、綿々として尽きない異様な感覚の持続によって保証される。これは地上のどこかの異国の物語ではない。やはりわれわれが生きている他ならない日本の物語なのである。その用意は、一旦脱出して死の砂に陥つた主人公を救いに来る村人の、「白々しい、罪のないような話しっぷり」一つをとつても窺はれる。一旦読みだしたら止められないこと請合の小説。


著者(安部公房)の言葉、三島由紀夫の推薦コメントを読み、
ワクワクしながら高校1年生のときに読んだことを憶えている。
そして「とてつもない傑作」として私の記憶に刻まれている。
半世紀以上経過して読む『砂の女』に、私はどんな感想を持つのか?
今回もワクワクしながら読み始めたのだった。



小説はこんな書き出しで始まる。


八月のある日、男が一人、行方不明になった。休暇を利用して、汽車で半日ばかりの海岸に出掛けたきり、消息をたってしまったのだ。捜索願も、新聞広告も、すべて無駄におわった。(3頁)



男は、S駅に降り立ち、バス終点の砂丘の村に行った。


目的は、新種のハンミョウを採集するためだった。


目ぼしい昆虫の収穫もないまま、
カメラを構え、すり鉢状の砂の穴の底に建つ小さな家を覗き込んでいると、
「調査ですかい?」
と村の老人に話しかけられる。
男は、昆虫採集に来ただけで、自分はただの教師だと告げる。
すると、
「今日のバスはもう終わったし、村の民家に泊まれるように口をきいてあげようか」
と言ってくれる。
紹介された穴の中の家に降り立つと、
その家には、30歳前後のいかにも人が好さそうな小柄な女が住んでおり、


砂掻きに追われていた。
村の家は、一軒一軒砂丘に掘られた蟻地獄の巣にも似た穴の底にあり、
縄梯子でのみ地上と出入りできるようになっていた。
翌日、男が目を覚ますと、女はイロリの向こうでまだ眠っている。
驚くべきことに、女は素裸だった。顔だけ手拭で隠した砂まみれの裸体だったのだ。
外へ出ると、昨夜あったはずの縄梯子が消えていることに気づく。
砂の崖をよじ登ろうとするが、足は砂にめりこみ、うまくいかない。



まんまと策略にかかったのだ。蟻地獄の中に、とじこめられてしまったのだ。うかうかとハンミョウ属のさそいに乗って、逃げ場のない砂漠の中につれこまれた、飢えた子鼠同然に……(46頁)

穴の下に閉じ込められたことを悟った男は動転するが、
砂を掻かずに逆らうと水が配給されなくなるため、
女との同居生活をせざるを得なくなった。


村の家々は、常に砂を穴の外に運び出さなければ、家が砂に埋もれてしまうため、
人手を欲していたのだ。
男は、女との幽閉生活の中で、様々な計略をめぐらせる。
女を縛り上げ、砂掻きの仕事をボイコットして、
綱梯子を下ろし、自分を解放するようにと村人に要求する。
だが、水の配給を絶たれ、渇きの苦しみに堪えかねて、あえなく降参してしまう。


その間、汗で皮膚に貼り付いた砂をお互いに拭き合ううちに、
男は女と性関係を結んでしまう。
それからしばらくして、男は再び次の脱出計画を実行に移す。
ほぐしたシャツを撚り合わせ、縄などをつなぎ合わせてひそかに作ってあった長いロープの先端に鋏をつける。
女をぐっすり眠り込ませ、
その隙に、投げ縄を屋根の上から何度も崖の上に放り投げ、
そのうちの一投がうまく滑車代わりの俵に食い込み、
男は46日目にして、ついに穴からの脱出に成功する。
火の見櫓からの監視を避けながら、夕暮れの砂丘を逃走するが、


犬や追手に追われて走りながら、気づくと「塩あんこ」と呼ばれるぬかるみに足を取られてしまう。
底なし沼のような、湿った砂の吹き溜まりの底へずるずると沈んでいきながら、男は、
「助けてくれえ!」
と、叫ぶ。


追ってきた村人たちに救出され、結局、逃走は失敗に終わる。


十月になり、男は家の裏の砂地に、カラスを捕まえるための罠を仕掛け、
それを《希望》と名づける。
何週間かが経ち、雨も降っていないのに、カラスの罠の桶の底に、なぜか水が溜まっているのを男は発見する。
砂の毛管現象により、ポンプのように地中の水が吸い上げられていたらしい。
この発見に、男はひそかに興奮する。
研究すれば、もっと高性能の貯水装置が作れるのではないか。
やがて、長く厳しい冬になり、
砂掻きの仕事と並行して、二人はビーズ玉を糸に通す内職に精を出す。


貯金してラジオと鏡を手に入れるのが、女の慎ましい希望だった。
そして冬が終わり、春になって、三月のはじめにラジオがやっと手に入る。
その月の終わりに、女は妊娠する。
二か月後、女は出血し、激痛に苦しむ。
子宮外妊娠だったらしい。
町の病院に入院させることになり、半年ぶりに縄梯子が下ろされる。
村の男たちが女を布団にくるんでロープで吊り上げ、連れ去った。
縄梯子はそのまま残された。
男はゆっくりと崖の上に登り、黄色く濁った海を眺める。
ふと穴の底を見ると、溜水装置の木枠が壊れて外れている。
その修繕のために引き返した男は、そのままじっとうずくまる。


べつに、あわてて逃げだしたりする必要はないのだ。いま、彼の手のなかの往復切符には、行先も、戻る場所も、本人の自由に書きこめる余白になって空いている。それに、考えてみれば、彼の心は、溜水装置のことを誰かに話したいという欲望で、はちきれそうになっていた。話すとなれば、ここの部落のもの以上の聞き手は、まずありえまい。今日でなければ、たぶん明日、男は誰かに打ち明けてしまっていることだろう。
逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。
(216頁)


7年後の昭和37年10月5日、
仁木しの(男の妻)の申立てにより、
家庭裁判所民法第30条に従い、
行方不明の夫・仁木順平を失踪者として審判を下し、死亡の認定がなされた。



三島由紀夫が推薦文で「一旦読みだしたら止められないこと請合の小説」と言った通り、
(高校生のときもそうであったが)あっという間に読み終えた。
それほど面白い小説であった。
「純文学書き下ろし特別作品」なので、(小難しい小説が多い筈の)「純文学」なのだが、
これほど質が高く、かつ面白い「純文学」はないだろう。
高校生のとき、
〈もし自分が作家だったら、これほど完璧な小説が書けたら、もう死んでもいい……〉
と思えるのではないか……と考えたりしたのだが、
後年、阿刀田高だったか、
「このぐらいの小説を生涯に一つ書けたら、死んでもいい」
というような意味のことを書いているのを読んで、
〈プロの作家でもそう思うのだな~〉
と、妙に感心したのを憶えている。

1981年(昭和56年)に文庫化され、
その解説を書いたドナルド・キーンが、
すでに「二十世紀文学の古典に目される」と記していたが、
刊行後、20年も経たずして古典と呼ばれる小説は、そうはないだろう。
2024年(令和6年)の今日、もう刊行後62年経っていて、
「二十世紀文学の古典」として一層輝きを増しているが、
今読んでもまったく古びておらず、
違和感なく読了することができた。
これは本当にすごいことだと思う。

刊行の翌年(1963年)に読売文学賞を受賞し、
1964年には作者自身のシナリオで映画化された。
勅使河原宏監督によるその映画『砂の女』は、
国内のみならず海外でも評判を呼んで、
●第17回カンヌ国際映画祭審査員特別賞
●サンフランシスコ映画祭外国映画部門銀賞
●ベルギー批評家協会グランプリ
メキシコ映画雑誌協会賞
●第37回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
●第38回アカデミー賞監督賞ノミネート

など、きわめて高く評価された。
岡田英次岸田今日子の演技も、武満徹の音楽も素晴らしく、
私の大好きな映画のひとつになっている。
安部公房自身がシナリオを書いているということもあって、
これほど忠実に原作を映画化した作品も珍しく、(もちろんすべて同じではないが)
このレビューの“あらすじ”の部分にも、映画のスチール写真を使わせて頂いた。


この小説のテーマは、
先に紹介した“著者(安部公房)の言葉”

鳥のように、飛び立ちたいと願う自由もあれば、巣ごもって、誰からも邪魔されまいと願う自由もある。飛砂におそわれ、埋もれていく、ある貧しい海辺の村にとらえられた一人の男が、村の女と、砂掻きの仕事から、いかにして脱出をなしえたか……色も、匂いもない、砂との闘いを通じて、その二つの自由の関係を追求してみたのが、この作品である。砂を舐めてみなければ、おそらく希望の味も分るまい。

にあるように、「二つの自由」である。
砂の穴の外に飛び立つ自由と、砂の穴に巣ごもる(引きこもる)自由だ。
抑圧されたり、幽閉されたりすると、「自由になりたい」と渇望するが、
「自由にしていいよ」と言われると、外の世界の過酷さに怯えおののいてしまう人もいる。
誰もが「外に出る自由」だけを求めているわけではないのだ。
新型コロナによるパンデミックを経験した今、
このテーマは最も今日的なものと言えるかもしれない。


すり鉢状の砂の穴は、現代の日本の縮図であり、
砂掻きという作業は、現代日本人の仕事のようでもある。

「しかし、これじゃまるで、砂掻きするためにだけ生きているようなものじゃないか!」
(36頁)

「気違いじみている……正気じゃないよ……こんな、砂掻きなんか、訓練すれば、猿にだって出来ることじゃないか……ぼくには、もっと、ましなことが出来るはずだ……人間には、自分のもっている能力を、じゅうぶんに役立てる義務があるはずだ……」(140頁)

「……それにくらべると、この砂掻きときたら、まるで賽の河原の石積みじゃないか!」
「賽の河原って、あれ、しまいに何うなるんでしょうかねえ?」
「どうもなりゃしないさ……どうにもならないから、地獄の罰なんじゃないか!」
(171頁)

昨年(2023年)7月に、私は、
カミュ『シーシュポスの神話』……庄司紗矢香、山根基世、三浦瑠麗の人生の書……
というタイトルでレビューを書いているが、(コチラを参照)

神々の怒りをかったシジフォスは、
間断なく岩を山頂に運び上げるという刑罰を科せられる。
山頂に達すると、岩はその重みで又転がり落ちる。
再び運び上げる。
永劫に続くその繰り返し。
全身全霊で運び上げても決して達成することのない労働。
だが、それを承知でなお、自分の意志で一歩一歩岩を運び上げるシジフォス。
砂掻きという作業は、
カミュが「不条理の哲学」として理論的に展開追及したこのギリシャ神話にも似ている。




「猿にだって出来ること」「まるで賽の河原の石積み」「地獄の罰」である砂掻きという作業。
それはアイデンティティの喪失でもある。
人は自分の存在に固執し、「自分にしかできないもの」を追い求める。
生きてきた証しを残すことにこだわる。
だが、「猿にだって出来ること」である砂掻きの「砂」は、
越えられない壁として人間に立ちはだかり、虚しさと向き合わせる。
安部公房は、「砂」によって「何者かであろうとすることの虚しさ」を描き出す。
不条理な現実の中で、苦い思いをしている現代人だからこそ共感しえるものが、
この『砂の女』にはあるような気がする。


アイデンティティの喪失」以前に、
この小説の登場人物には、そもそも名前がない。
「男」「女」「村人」「あいつ」などと表記されるだけである。
物語の中盤、「男」が、捜索願の書式を空想する場面で、
《姓名、仁木順平。三十一歳。一メートル五十八、五十四キロ……》
と記されているので、氏名、年齢、身長、体重などが知れるだけで、詳しい描写はない。
小説の最後に、家庭裁判所による「失踪に関する届出の催促」と「審判」という公文書で、
「男」の配偶者が「仁木しの」であることが判明するが、
最後まで、砂の穴に住んでいる「女」の名はない。



この安部公房の『砂の女』は、
安部公房の小説としては私が(55年前に)初めて読んだ本であり、
(今ではあまり使われなくなった言葉であるが)「純文学」「前衛文学」へと目を開かせてくれた本であった。

(これは以前このブログに書いたことであるが)
私は、実は、安部公房に一度だけ会ったことがあり、
その際、本にサインをしてもらった。
昭和50年代、私は東京にある某大学に通っていたのだが、
ある日、オーディオ店でバイトしている友人から連絡があり、
安部公房」という人物がスピーカーを買いにきたというのだ。
その友人は、文学には興味がなく、小説も読まない人物であったが、
私の部屋の本棚に安部公房の本がたくさんあったことを憶えていて、
連絡してくれたのだった。
「今から配達に行くが、一緒に行くか?」
と訊いてきたので、
「行く、行く」
と即答したのだった。
安部公房という名の人物が何人もいるわけがないし、
きっと、作家の安部公房だと思ったからだ。
私は、その友人と合流し、友人の運転する軽トラックの助手席に座り、
調布市にある安部公房の住まいに向かった。
途中、ふと、「サインをしてくれるかもしれない」と思い、
書店に立ち寄り、本を買い求めた。
本当は『砂の女』が良かったのだが、その書店には在庫がなく、
仕方なく(でもないけれど)『榎本武揚』を買った。


実際に会った安部公房は、
はたして(本物の)作家・安部公房であった。
当時、私はオーディオのセッティングも得意だったので、
スピーカーのセッティングもするつもりでいたのだが、
「自分でできるから」と安部公房が言ったので、
スピーカーを届けるだけになってしまった。
恐る恐る本を差し出し、
「サインをお願いできますか?」
と訊くと。
「ああ、いいよ」と、
魅力的なバリトン・ボイスで答え、
嬉しそうに本を眺め、
サインをしてくれたのだった。
この本は今でも大事にしているし、私の宝物である。



考えてみるに、私が本格的に本を読み始めた高校1年生(1970年/昭和45年)の春は、
安部公房はもちろん、
三島由紀夫(この年の11月に割腹自殺)、志賀直哉川端康成井伏鱒二大岡昇平檀一雄井上靖井上光晴遠藤周作吉行淳之介福永武彦松本清張司馬遼太郎高橋和巳開高健などもまだ生きており、
そのほとんどが現役作家として次々に新作を発表していた時代で、
読書する側としてはとても贅沢で、幸福な時代であった。
そんな贅沢で幸福な10代を過ごした所為か、
今の作家たちの小説は物足りないと感じてしまう。
二度目の10代を過ごしている今、
「一人読書会」で採り上げる本が、
自然と「あの時代の小説」になってしまうのは仕方のないことなのだ。
その中でも安部公房の小説は(大江健三郎と共に)別格だと思うし、
その安部公房の代表作である『砂の女』は、日本文学の傑作と言うにとどまらず、
「二十世紀世界文学の古典」となって燦然と輝いているのである。




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