
佐賀には、映画も演劇もコンサートも、
限られたものしかやって来ない。
私が見たい(観たい)、聴きたいものに出合えないことも多い。
なので、昔は、東京や大阪のような何にでも出合える都会を羨ましく思うこともあった。
だが、佐賀での田舎暮らしが長くなり、(もう33年になる)
田舎暮らしの良さを知ってしまうと、
その都会に対する「羨ましさ」は自然に消えていった。
田舎の自然の中で暮らす心地よさが、都会で暮らすことのメリットを凌駕したのだ。
今では、もう、
福岡のような地方の都会に行ってさえ、
人ごみの中にいるだけで気分が悪くなってくるし、
正直、
〈都会では暮らせない……〉
と思ってしまう。
最近、益田ミリの『今日の人生』を読んだ。


ただただむなしいとき、
おいしいものにであえた日、
年齢を感じる瞬間、
町で出会った人、
電車の光景、
そして肉親との別れ。
4コマ漫画風なものが、
2コマで終わる「今日」もあれば、
8ページの物語になる「今日」もある。

日常生活における(変哲もないような)何気ない出来事を、
独自の表現でゆる~く漫画にしていく。
その「今日の人生」の積み重ねが、益田ミリの「人生」となっていく……

本書には、漫画の間に、
詩のようなもの(或いはエッセイのようなもの)が所々に栞のように挟まれていて、
166頁に次のような文章があった。
ブランドショップが軒を並べ、
銀座の夜はキラキラしていた。
何人かで一緒に歩いていた中の
ひとりの男性がぽつりと言った。
「必要なものがなんにもない。なんにも」

この男性は、都会に生活しているが、
ブランドショップが軒を並べたような「銀座」には、
「必要なものがなんにもない」
と言っていると思うのだが、
私は、「銀座」を「都会」と勝手に置き換え、
「都会には必要なものがなんにもない。なんにも」
と、自分の都合のイイように言い換えた。
そして、
〈この男性は私だ……〉
と思った。
東京に9年、福岡にも5年ほど住んだことがあり、
都会の良さも十分に知っている私であるが、
今はもう都会に魅力を感じなくなっている。
コロナ禍がそれに拍車をかけた。
県外に出ない生活をしているうちに、
田舎だけで生活できる人間になってしまったのだ。
だから、今はもう、よほどのことがないかぎり、都会へは出ない。
なぜなら、私にとって「必要なものがなんにもない」からだ。
なんでも揃っているように見えるけれども、
私にとって「必要なものがなんにもない」のだ。