
小松菜奈の、初の長編映画単独主演作である。
意外な感じがするが、
小松菜奈の主演作は、これまで、
『ただいま。』(2013年9月28日)上映時間26分の短編映画
『溺れるナイフ』(2016年11月5日公開)菅田将暉とのW主演
『恋は雨上がりのように』(2018年5月25日公開)大泉洋とのW主演
『さよならくちびる』(2019年5月31日公開)門脇麦とのW主演
『糸』(2020年8月21日公開)菅田将暉とのW主演
『恋する寄生虫』(2021年11月12日公開)林遣都とのW主演
の6作があったが、
短編映画『ただいま。』の単独主演作以外は、いずれもW主演作で、
長編映画単独主演は本作『ムーンライト・シャドウ』が初めてだったのだ。
原作は、吉本ばななの初期短編集『キッチン』に収録された同名小説で、

監督は、『Malu 夢路』などで知られるマレーシア出身のエドモンド・ヨウ。

今年(2021年)の9月10日に公開された作品であるが、
いつものごとく、佐賀県での公開はなく、
ミニシアター系のシアターシエマ(佐賀市)での公開予定もなかったので、
本作の映画館での鑑賞はすっかり諦めていたのだった。
ところが11月になって、何気なくシアターエンヤ(唐津市)の上映予定作品を見ると、
なんと『ムーンライト・シャドウ』がリストアップされていたのだ。
12月3日~12月9日の1週間限定上映(1日1回上映)であったのだが、
約3ヶ月遅れではあっても、映画館で小松菜奈の主演作を鑑賞できることに歓喜した。
上映期間中の私の公休日は12月7日しかなく、
その一度限りのチャンスの日に、やっと見ることができたのだった。



さつき(小松菜奈)と、等(宮沢氷魚)は、

鈴の音に導かれるように、長い橋の下に広がる河原で出会った。

恋に落ち、付き合うまでに時間はかからなかった。


等には3つ年下の弟・柊(佐藤緋美)がいて、柊にはゆみこという恋人(中原ナナ)がいた。

初めて4人で会ったときから意気投合し、

自然と一緒に過ごす時間が増えていき、

食事をしたり、ゲームをしたり、
時には、ゆみこが気になっているという、
「満月の夜の終わりに死者ともう一度会えるかもしれない」
という不思議な現象「月影現象」についても語り合うなど、
4人は穏やかで幸せな日々を送っていた。

だが、別れは前触れもなく突然やってきた。
等とゆみこが事故で死んだのだ。
深い哀しみに打ちひしがれるさつきと柊。
愛する人を亡くした現実を受け止めきれず、
ショックで食べることも忘れ、ひたすら走るさつき。

そんなさつきを心配しながら、ゆみこの制服を着て何かを感じようとする柊。

それぞれの方法で哀しみと向きあおうとしていた。
ある日、2人は不思議な女性・麗(臼田あさ美)と出会い、

少しずつ“生きていく”という日常を取りもどしていくが……

鑑賞前、「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどを見ても、
あまりに低評価だったので驚いていたのだが、
本作を実際に私自身が鑑賞し、納得する部分はあった。
大切な人を亡くした後の物語……というのは、
今年(2021年)、このブログにレビューを書いた映画だけでも、
『あの頃。』(2021年2月19日公開)
『ノマドランド』(2021年3月26日公開)
『茜色に焼かれる』(2021年5月21日公開)
『名も無い日』(2021年6月11日公開)
『ドライブ・マイ・カー』(2021年8月20日公開)
などがあり、
きわめて「ありふれた題材」と言える。
しかも、
「月影現象」という、「死者と再会できる」という設定も、
『黄泉がえり』(2003年1月18日公開)
『いま、会いにゆきます』(2004年10月30日公開)
『ツナグ』(2012年10月6日公開)
『コーヒーが冷めないうちに』(2018年9月21日公開)
などを持ち出すまでもなく、
手垢の付いた設定であり、真新しさはまったくない。
それでも物語としての面白さがあればまだいいのだが、
イメージ映像のような、美しいけれど流れていくようなシーンの連続で、
起承転結がはっきりしておらず、
面白味のないスピリチュアル映画といった感じだった。
これでは、やはり、一般の映画鑑賞者にはウケないだろう。
ところが、私は、一般の映画鑑賞者とは違う。(笑)
「鑑賞する映画は出演している女優で決める主義」の私としては、
ありふれた題材でも、手垢の付いた設定でも、まったく問題はない。
目的の女優を見ることができれば、もうそれだけで満足するからだ。
それが、私の最も好きな小松菜奈であればなおのこと、
ただただスクリーンに映し出される彼女の顔を見ていれば、
それだけで幸福感に浸れるのだった。

そもそも、製作側は、本作をヒット作にしようと思っていたのかどうか?(コラコラ)
私には、そうは思えないのである。
監督が、『Malu 夢路』などというまったく一般受けしない作品で知られるマレーシア出身のエドモンド・ヨウである時点で、もう普通のエンターテインメント作品にはなりえなかった……と考えるべきであろう。
小松菜奈は、日本映画界のスター女優ではあるが、
作品に対しては常に挑戦者であり、
『近キョリ恋愛』(2014年)
『バクマン。』(2015年)
『黒崎くんの言いなりになんてならない』(2016年)
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016年)
『坂道のアポロン』(2018年)
『恋は雨上がりのように』(2018年)
『糸』(2020年)
のような一般受けするような作品に出演しつつ、
『渇き。』(2014年)
『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)
『溺れるナイフ』(2016年)
『沈黙 -サイレンス-』(アメリカ2016年・日本2017年)
『来る』(2018年)
『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』(2019年)
『さくら』(2020年)
『恋する寄生虫』(2021年)
などの作品では、チャレンジャーで、
様々な難役に果敢に挑み、女優としての幅を広げている。
特に、ここ数年の出演作(『来る』『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』『さくら』など)では、
小松菜奈ファンである(小松菜奈のことなら何でも知っていると思っていた)私でさえ、
驚くようなことに挑戦しているし、
〈なにもそこまでやらなくても……〉
と思うこともしばしばであった。
なので、小松菜奈を目的に映画を見に行っても、
〈またか……〉
と思わされたことは一度もなく、
いつもワクワクさせられるし、見飽きるということがない。
それは、本作『ムーンライト・シャドウ』でも同じで、
エドモンド・ヨウ監督には、今の日本映画にはない感性があり、
監督独自の演出や撮り方で、小松菜奈という女優を捉えており、
そこには、これまであまり見たことのない小松菜奈がいたし、私のとっては新鮮であった。
本作では、言葉よりも、目の表情や、手の動き、後ろ姿などで語らせていることが多く、
言葉を発しているときも、それらが言葉よりも饒舌で、言葉以上に観客に迫ってくる。

“目のお芝居”みたいなのもすごく要求されました。本当に繊細な部分を監督は求めていて、ちょっとドキュメンタリーみたいな感じですね。だから私たちも素直に自分のペースでひとつひとつをちゃんと丁寧にというか、呼吸ひとつでさえも、その人がちゃんと生きているものを残したいと思っていました。(「STARDUST」インタビューより)
小松菜奈は、こう語っていたが、
本当にドキュメンタリーのような感じで、
次に何が起こるのか予想できず、ドキドキさせられた。
小松菜奈の目から突如、(まさに滝のように)涙が溢れ出たときには驚かされたし、
小松菜奈の凄みを感じ、女優としての進化に瞠目させられた。
たとえば、三木孝浩監督であったならば、
エンターテインメント作品として平均以上の映画が撮れるだろうし、
一般の人たちが期待するものを提供してくれると思うが、
(変な言い方だが)期待を裏切ってくれる確率は少ない。
小松菜奈は、(良い意味で)期待を裏切りたかったのかもしれない。
そして、エドモンド・ヨウ監督は、それができると信じていたのだろう。
この映画って外側ではなく内面の美しいもの、悲しいものが映し出されていると思うんです。エドモンド監督は言葉だけじゃない、何かその先というのを伝えたいんだなって本編を観て思いましたし、ばななさんの魅力的な言葉のひとつひとつを彼は本当に大事にしていた。いつもばななさんの作品を持っていたし、絶えずニコニコしていたんです。何かが起こることをすごく楽しんでいて、いつも前向きだから、みんなも自然と付いていきたいなと思っていました。生と死を扱う物語ではあるけれど、さつきが前向きに進む最初の半歩が映っていればいいなと感じながら現場にいました。(「映画.com」インタビューより)
と、小松菜奈は語っていたが、
「言葉だけじゃない、何かその先にあるものを……」
「前向きに進む最初の半歩が映っていればいいなと感じながら……」
小松菜奈が演じ、
エドモンド・ヨウ監督が撮り、
スクリーンに映し出されたものを私が見た。
映画『ムーンライト・シャドウ』では、それが体験できたように思ったし、
他では経験しえない唯一無二のものであったと思う。

小松菜奈以外では、
等(宮沢氷魚)の弟・柊を演じた佐藤緋美が印象に残った。
父親は浅野忠信、

母親はCHARA、

姉はモデル・女優のSUMIREという、

芸能一家に育っているが、
1999年12月19日生まれなので、まだ21歳。(2021年12月12日現在)
2017年に、ラフォーレ原宿のキャンペーンの広告でモデルデビューし、
2018年に、寺山修司原作、藤田貴大演出の舞台『書を捨てよ町へ出よう』に主演し、
俳優としてもデビュー。
映画もTVドラマもまだ出演作は少ないが、
独特の風貌、存在感は半端なく、将来性が強く感じられた。
本作では、突如踊り出すシーンがあるのだが、これがすこぶる良かった。
このシーンを奇異に感じた人も多かったようだが、
私は、
ポン・ジュノ監督作品『母なる証明』(2009年日本公開)
タイカ・ワイティティ監督作品『ジョジョ・ラビット』(2020年日本公開)
など、主人公が突然踊り始める映画で免疫があったので、(笑)
大いに楽しむことができた。
恋人を喪った主人公のさつき(小松菜奈)よりも、
恋人と兄を同時に喪った柊の方がより過酷な状況にあるのだが、
自分よりもさつきのことを心配し、さつきに寄り添う柊には心を揺さぶられたし、
柊を演じた佐藤緋美にも感動させられた。
好い俳優に育っていくような気がした。

今回は、唐津市にあるシアターエンヤにて18:00からの上映だったのであるが、
映画館から出て、唐津駅前に来ると、
ほとんど人影もなく、うら寂しい風情が漂っていた。

なんだか、ひとり旅をして、地方の駅に辿り着いたような気分であった。

こんな風に、電車に揺られてやってきて、ひとり楽しむ映画も悪くない。