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私も独身の頃はヘビースモーカーで、
特に編集記者をやっていた27歳までは、
煙の中で生活していたようなものだった。

27歳で九州へ帰り、
28歳で出逢った8歳年下の女性と29歳のときに結婚した。
そして、
妊娠を知らされたときに、私は煙草をやめた。
独身時代の私は、「俺が、俺が」の人生を送っていた。
何事も自分中心に考え、動いていた。
だが、結婚し、子供ができ、守るものができたときから、
「俺が、俺が」の人生ではなくなった。
特に、妊娠を知らされたときには、
〈自分の命よりも大切なものができた〉
と思った。
そして、
〈子供が成人するまでは死ねない〉
と思った。
だから、禁煙を決意することは、案外容易なことだった。
だが、決意はしたものの、
ニコチン中毒だったので禁断症状に苦しめられた。
煙草を吸う夢を毎日のように見て、
夢から覚めて、「夢だった」ことに安堵した。
そんな状態が数年続いた。
煙草のニコチン中毒から完全に脱したときから、
(不思議なことに)私は極端な「煙草嫌い」になった。
煙草のニオイさえ鳥肌が立つほど嫌いになった。
だから煙草を吸う人の近くには行かなくなった。
その人がどんなに好い人でも、
愛煙家と聞いただけで避けるようになった。
だから、今の私には愛煙家の友人は一人もいない。
映画の喫煙シーンが嫌いだというのも、
そこに原因があるのかもしれない。

酒は大好きなので、長年呑み続けてきた。
父が鹿児島県出身で、私には薩摩隼人の血が流れているということもあって、
芋焼酎をこよなく愛し(それにビールも)、
芋焼酎とビールの晩酌は毎日欠かしたことがなかった。

〈煙草はやめることはできても、酒はやめることはできない!〉
と思っていた。
だが、60歳を過ぎ、人生の残り時間を考えるようになってからは、
〈酒を呑んでいる時間さえ、もったいない……〉
と思うようになった。
年齢もあろうが、酒を呑むと、すぐ眠くなる。
なにかをする意欲がなくなる。
酔って心地よくなり、気持ちよく眠れることが、酒の効用であろうが、
〈人生の残り時間を、そのことの繰り返しに使ってよいものか……〉
と考えるようになった。
死ぬまでに読みたい本は山ほどある。
死ぬまでに見たい映画も山ほどある。
しかも、それらは、新作が毎日誕生しているのである。
時間はいくらあっても足りないのだ。
人生の残り時間が少なくなってきている今、
〈呑気に酒など呑んでいる場合ではない!〉
と思うようになり、
62歳の12月に、ついに禁酒に踏み切った。
以来、3年間、一滴の酒も呑んでいない。
禁酒は禁煙よりも簡単だった。
今ではビールと味が変わらない質の良いノンアルコールビールテイスト飲料がたくさんあるからだ。
私は、現在、「からだを想うオールフリー」を愛飲しているが、(宣伝ではない)
「ビールを飲めない」というストレスはほとんど感じない。
ビールとほぼ同じ味、ほぼ同じノド越し、ほぼ同じ爽快感が味わえるからだ。
おまけに、内臓脂肪を減らすこともできる。(笑)
酔えないだけで、ビールとほぼ同じなのだ。
酔わない分、眠くならない分、本も読めるし、映画も見ることができる。
ブログを書く時間も増やせる。
「良い事づくめ」なのである。

今の私は、好きなことしかしていない。
今年(2019年)の夏、65歳で定年退職し、
1ヶ月ほど遊んでいたが、
自由時間しかない生活は締まりがなく、
だらけた日々になってしまった。
で、すぐまた働き始めた。
午後だけの仕事を見つけ、今は午後だけ働いている。
仕事の日も、午前中に短時間の山登りや映画鑑賞もできるので、
実に都合がイイ。
休みの日には、コンサートや舞台を観に(聴きに)行ったり、長時間の山歩きをしているので、
毎日、ほぼ好きなことしかしていない。
午後に仕事をすることで、毎日にリズムとメリハリができ、健康にも好い。
しかもお金も貰える。(笑)
今の仕事の内容は、好きなことではないが、嫌いなことでもない。
“好きなこと”を仕事にしている人は幸福だとは思うが、
“好きなこと”を仕事にしたために、その“好きなこと”が嫌いになった人もいる。
かつての私がそうだった。
仕事は、
「好きなことではないが、嫌いなことでもない」
という程度の方がイイのかもしれない。
生田斗真主演のTVドラマ『俺の話は長い』(2019年10月~ 日本テレビ系)で、

6~7年、無職生活をしている満(生田斗真)に、
事業を立ち上げ、成功している三枝明日香(倉科カナ)が、
「自分もそういう時代があったけれど、ある人に言われたの。好きな仕事が見つからないなら、とりあえず嫌いではないことからやってみたら……って。そうしないと、いつまでも変わることができないよ……ってね」
というような意味のことを言うシーンがあったが、
この言葉に、満も納得していたが、
私自身も納得させられた。
そうなのだ。
好きなことが見つからなかったら、
とりあえず、嫌いではないことからやってみることだ。
そうすれば、自分自身に変化がおとずれる。

毎日購読している地元紙には、
「きょうの言葉」という欄があって、
そこで、先日、堺屋太一の、
好きを探すことこそ、人生で一番の仕事なんですよ
という言葉が紹介されていた。
各界著名人による就職や仕事の話をまとめた『プロ論。才能開花編』の中の言葉で、

好きなことを見つけて仕事にすれば、
時には辛いことがあっても、「好き」のためならば、その辛さも乗り越えられる……
というような解釈がされよう。
これから就職しようとする若者や、
将来を模索している若者には、
元気づけられる言葉だと思うし、
そういう意図で紹介されている言葉だと思うが、
老人の私は、まったく違う解釈をした。
好きを探すことこそ、人生で一番の仕事なんですよ
とは、文章そのままに、
「“好きを探すこと”こそが、人生で一番の“仕事”」なんだと。
好きなことを見つけて仕事にするというのではなく、
“好きを探し続けること”こそが大切なんだと……
好きなことがたくさんあれば、人生は楽しくなる。
好きを探すことこそ、人生で一番の仕事なんですよ
という言葉は、文章の締めくくりに使われており、
その前には、次のような言葉が置かれている。
興味を持ったら、自分一人で試してみる。誰かと一緒にやってはいけません。一緒にいることが好きなだけかもしれないから
なんと含蓄のある言葉だろう。
好きなことなのかどうかは、自分一人でやってみて、はじめて判る。
山登りも、ワイワイ騒ぐことが好きなだけでやっている人もいる。
山頂や山小屋やテント場などで騒いでいる人々は、皆この類いである。
迷惑この上ない。
今は、誰に気兼ねすることなく、一人で、好きなことをやっている。
山歩き、読書、映画・舞台鑑賞、コンサート、孫との遊び、ブログ「一日の王」の執筆……
映画監督の大林宣彦のエッセイ集に、
『人生には好きなことをする時間しかない』(PHP研究所)
というのがあるが、

今、この年齢になってみると、
そのタイトルの意味が身に染みて解る。

子供ができて、煙草をやめていなければ、
私は、今、こうして生きていないかもしれない。
多くの好きなこと、楽しいことを享受できていないかもしれない。
60歳を過ぎて、酒をやめたことで、
多くの時間が生まれ、
読書、映画鑑賞など、これまで以上に好きなことができている。
“至福の時間”が増えているのだ。
それは、酒の酔いから生まれる心地よさをはるかに凌駕するものだ。
……思いつくままに、ダラダラと書いてきたが、
好きなことをしている時間は“至福の時間”であり、
このブログ「一日の王」は、
(「初めてお越し下さった方へ」でも書いている通り)“至福の時間”の記録である。
私の人生における“好きなことをした”記録なのだ。
このブログも、
〈いつ終えようか……〉
と考えることもあるが、
飽きない間は、
そして、読者がいる間は、
続けていきたいと思っている。
乞うご期待!