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黒沢清監督作品である。

私は、これまで、このブログに、
『トウキョウソナタ』(2008年)
『クリーピー 偽りの隣人』(2016年)
『散歩する侵略者』(2017年)
などのレビューを書いているが、
『岸辺の旅』(2015年)など、
あまり好きでなかった作品のレビューは書いていない。
一筋縄ではいかない作品が多く、
私にとっては、「すべてが好きだ」とは言いかねる監督なのだ。
果たして新作『旅のおわり世界のはじまり』はどうなのか?
6月14日(金)に公開された作品であるが、
佐賀では、約一ヶ月遅れて、シアターシエマで、
7月19日(金)から8月1日(木)まで公開された。
で、先日、ようやく見ることができたのだった。

「みなさん、こんにちは~ 今、私はユーラシア大陸のど真ん中、ウズベキスタン共和国に来ています」
カメラが回り、だだっ広い湖畔に明るい声が響く。
ジャージにペンギン(防水ズボン)をはき、
下半身まで水に浸かっているのは、葉子(前田敦子)。

バラエティ番組のリポーターを務める彼女は、
巨大な湖に棲むという“幻の怪魚”を探すため、
かつてシルクロードの中心地だったこの国を訪れていた。

だが、精いっぱい取り繕った笑顔とは裏腹に、お目当ての獲物は網にかかってくれない。
“撮れ高”ばかりを気にしているディレクターの吉岡(染谷将太)、

ベテランのカメラマン岩尾(加瀬亮)、

ADの佐々木(柄本時生)。

この取材クルーと、
万事おっとりした現地の人たちとの悶着が続く中、
時に板挟みになりながらも、
吉岡の要求を丁寧に通訳するコーディネーターのテムル(アディズ・ラジャボフ )。

与えられた仕事を懸命にこなす葉子は、
チャイハナ(食堂)では、撮影の都合で仕方なくほとんど火が通っていない名物料理のプロフを美味しそうに食べるしかなかったし、

遊園地の回転する乗り物では、吐くまで乗り続けた。
]もともと用心深い性格の彼女には、見知らぬ異郷の文化を受け入れ、楽しむ余裕がない。
美しい風景も目に入らない。
素の自分に戻れるのは唯一、ホテルに戻り、
日本にいる恋人とスマホでやりとりする時間だけだ。

収録後、葉子は夕食を求め、バザールへと出かけた。
言葉が通じない中、地図を片手に一人でバスに乗り込む。

見知らぬ街をさまよい歩き、日暮れとともに不安がピークに達した頃、
迷い込んだ旧市街の路地裏で、葉子は家の裏庭につながれた一匹のヤギと出会う。
柵に囲われたヤギの姿に、彼女は不思議な感情を抱く。

相変わらずハードな撮影が続く中、
首都タシケントに着いた葉子は、恋人に絵葉書を出すため一人で郵便局へと出かける。
広い車道を渡り、ガードレールを乗り越え、薄暗い地下道を通り抜け、
あてどなく街を歩くうちに、噴水の向こうに壮麗な建物が見えてきた。
かすかに聞こえた歌声に誘われ、葉子が建物に足を踏み入れると、

そこには細かな装飾を施された部屋がいくつも連なっていた。

まるで白日夢のようにそれらを巡り、最後の部屋の扉をあけると、
目の前には大きな劇場が広がっていた。
葉子は、その舞台で、オーケストラの伴奏で“愛の賛歌”を歌うのだった……

前田敦子の黒沢清監督作品への出演は、
『Seventh Code』(2014年1月11日公開)
『散歩する侵略者』(2017年9月9日公開)
に次いで3作目だが、
構成的には、『Seventh Code』に似ているような気がした。
『Seventh Code』は、
秋子という女性が、東京で知り合った男・松永を追いかけて、ロシアのウラジオストクまでやってきて、松永を探す日々を描いた作品であったが、
ロシアとウズベキスタンの違いはあれど、
異国を彷徨う様や、最後に主人公が歌をうたって終わるところなど、
似ている部分が多い。
『Seventh Code』は、元々、
前田敦子の4thシングル“セブンスコード”のミュージックビデオとして制作され、
その後、日活が映画化と海外映画祭への出品を提案し、実現したもので、
本作『旅のおわり世界のはじまり』も、
主人公の葉子を演じる前田敦子が、
途中と最後に唐突に“愛の賛歌”を歌うので、
前田敦子のために制作された“愛の賛歌”のミュージックビデオと言えなくもない。

ディレクター・吉岡(染谷将太)が、
現地の人々にも葉子にも、理不尽な要求ばかりするので、
映画を見る観客の方も、かなりイライラさせられる。

そうそう面白い事は転がっておらず、
面白くなくても面白く見せなくてはならない苦労も解るが、
何でもお金で解決しようとする吉岡の姿は、
海外でバラエティ番組を撮影する日本人を象徴しているようで、
見る方も心が痛い。
やらせ疑惑が大きな騒動となった「世界の果てまでイッテQ!」を彷彿とさせ、
高視聴率番組の裏側を見せられたような気分になる。

イライラをつのらせた葉子(前田敦子)は、ひとり街に出る。
道に迷い、ダウンタウンのような場所を彷徨う葉子の姿を、
カメラは執拗に追う。
この部分は、まるでドキュメンタリーのようだ。

ウズベキスタンへの旅行の注意点をネット検索すると、
ウズベキスタンの人の殆どはイスラム教ですので、女性はイスラム教のルールに従い肌の露出がない服装が良いです。そして男性も夏で暑いと言ってもTシャツに短パンといった服装はマナー違反ですので注意してください。
特に女性の場合は服装に気をつけないといけないのが、肌の露出もそうですが、髪やボディラインが見える服装も駄目なので、大きいシュールなど、夏であれば薄手のもので良いので、そういったもので体を隠すような服装が良いです。
と書かれている。
なのに葉子は、太ももまで露出した生足で、街を闊歩する。
まるで「襲って下さい」と言わんばかりの服装なので、
映画を見る方は、本当にハラハラさせられる。

このあたりの描写も演出なのであろうが、
見ていてあまり気持ち良いものではない。
それは、黒沢清監督の狙いにまんまとハマっている証拠なのかもしれないが……

葉子を演じた前田敦子。

『町田くんの世界』(2019年6月7日公開)を見たばかりであるし、
その演技力と存在感に感心したばかりなので、
本作も期待していたのだが、
期待に違わぬ演技で、魅了された。(ただし歌唱力はイマイチ)
AKB48を卒業した人で、その後、成功している人はあまりいないが、
前田敦子の場合、ここ数年、このブログにレビューを書いている作品だけでも、
『イニシエーション・ラブ』(2015年5月23日公開)
『シン・ゴジラ』(2016年7月29日公開)
『散歩する侵略者』(2017年9月9日公開)
『探偵はBARにいる3』(2017年12月1日公開)
『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年3月17日公開)
『マスカレード・ホテル』(2019年1月18日公開)
『コンフィデンスマンJP -ロマンス編-』(2019年5月17日公開)
などがあり、かなり活躍している。
2018年7月30日、俳優の勝地涼と結婚し、
2019年3月4日には、第1子男児の誕生が報告され、
私生活においても充実ぶりがうかがえる。
人生の経験値も増えたことで、
女優としての今後も大いに期待していいだろう。

世界的な評価の高い監督なので、
黒沢清監督作品に出演したい俳優は多いことと思われる。
本作『旅のおわり世界のはじまり』にも、
加瀬亮、染谷将太、柄本時生と実力派が集結しており、
主人公・葉子を演じる前田敦子をしっかり支えている。

通訳兼コーディネーターのテルムを演じるアディズ・ラジャボフも、
実はウズベキスタンでは知らない人間はいないほどの国民的大スターで、
その人気は、外で撮影をしていると見物人が大勢集まってしまうほどだったという。

ドキュメンタリー風な映画なので、
やや“行き当たりばったり”感があり、
ストーリー的に首をかしげたくなる部分もあるが、
それも含めて本作の魅力なのであろう。

ラストに“愛の賛歌”を歌い上げる前田敦子を見ながら、

〈これは、むしろ、黒沢清監督から前田敦子への“愛の賛歌”だな……〉
と思った。
なぜなら、黒沢清監督から前田敦子への“大いなる愛”が感じられたからだ。

これほど熱烈な監督から女優へのラブレターは見たことがない。