
4月21日(日)
「くまもと復興映画祭2019 Powered by 菊池映画祭」。
本日の会場は、くまもと森都心プラザ。
熊本駅から、

徒歩3分の場所にある。

9:00 開場

プラザホールは5階にあり、エスカレーターで上る。
5階から見た熊本駅。

プラザホールのロビーにも、上映映画のポスターが展示してあった。


9:30 特集 有村架純『ナラタージュ』

この作品に関しては、すでにレビューを書いているので、コチラを参照。
11:50 有村架純スペシャルトーク
昨日の有村架純は清楚な感じの服装であったが、
この日の彼女はキュートな感じの服装であった。
2日連続で生の有村架純を見ることができる歓び。

行定勲監督から、
『ナラタージュ』という映画は、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)の後に企画は上がっていたが、当時予定していた女優が、『ナラタージュ』の内容を知って日和(ひよ)ってしまった。その後は、主演女優候補がなかなか見つからず、有村架純という女優に出逢って、彼女ならやれると思った。有村架純という女優は、今、あまりいないタイプの正統派、清純派女優で、昔の映画女優の雰囲気を持っている。監督としては、その清純派、正統派の部分を壊したい、汚したいという欲求にかられる。
と説明があり、
『ナラタージュ』では、
高校生役、

大学生役、

社会人役と、演じ分けてもらったが、

高校生役のときは、「眼の輝き」、
大学生役のときは、「疑い」「駆け引き」「邪念」、
社会人役のときは、「愛しく包み込む」ような表情を引き出すことを意識して撮ったとのこと。
これを受けて、有村架純は、
『ナラタージュ』はターニングポイントになった作品で、新しい映画の入り口を教えてくれた。しんどかったけれども、達成感がありました。23歳でできることは出し切り、リスペクトしている方々の仲間入りができた。また、こういう現場に出会いたいです。この作品に出会えて、心の底からよかったです。これからも日々、悩んで苦しみたいと思いますので、応援してください。
と語っていた。

有村架純が出演したドラマでは、
坂元裕二の脚本で、
この映画祭のレギュラーともいうべき高良健吾と共演した、
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』
が一番好きだが、
いつかまた、同レベルの質の良いドラマで、我々を楽しませてもらいたい。



13:30 招待作品『月極オトコトモダチ』

大人の男女間に友情は存在するのかというテーマのもと、
現役OLで映画監督という異色の経歴をもつ穐山茉由監督が、
男女の友情の揺らぎを描いた長編デビュー作。

気鋭の映像作家とミュージシャンがコラボレーションした作品を輩出し、若手映画監督の登竜門にもなっている「MUSIC LAB」の2018年度長編部門でグランプリと最優秀男優賞、女優賞、ミュージシャン賞の4冠に輝いた作品。
この映画も素晴らしい作品だったので、後日、レビューを書きたいと思っている。

上映後のティーチインに登場した穐山茉由監督は、

ファッション関係の会社員をしながら、9日間で撮った作品。
徳永えりには「ダメ元」でオファーしたら受けてもらえた。
今は、結婚式の友人などに「レンタル友達」を使う人が増えてきたが、
自分も体験してみたいと思い、「レンタル友達」を3時間2万円で利用し体験してみた。
「月極」は、この映画のオリジナルで、実際には無い。
など、面白い話をたくさん聞くことができた。


15:30 招待作品『岬の兄妹』

この作品に関しては、
……『万引き家族』がメルヘンに思えてくるほどの傑作……
というサブタイトルをつけて、
すでにレビューを書いているので、コチラを参照。
ワンシーン、ワンシーンが衝撃的で、
1時間半にも満たない(89分)作品であるにもかかわらず、
大長編映画を見たような錯覚におちいる。
2度目の鑑賞で気づいたのは、
主演の真理子を演じた和田光沙が、美しく撮られていること。
花火をしているときの顔、

窓ガラス越しに見る、虚空をみつめたような顔、

そして、ラストシーンの振りむいた顔など、
たとえようもなく美しい。
聖なる清らかさ、神々しささえ感じた。

上映後のティーチインでは、片山慎三監督と、主演女優の和田光沙が登場。

実際に見た和田光沙は、小柄で、明るい女性であった。
だが、スクリーンでは、彼女は真理子に変身するのだ。
女優という生き物の凄みを感じさせられた。

『岬の兄妹』という映画も、
和田光沙という女優も、
今年(2019年)は、大飛躍の年になるに違いない。

17:40 招待作品『オーファンズ・ブルース』

失われゆく記憶に苦悩しながら幼なじみを探す女性の旅路を描き、
ぴあフィルムフェスティバル2018グランプリを受賞したロードムービー。
夏が永遠のように続く世界で生きるエマ。

記憶が欠落する病を抱える彼女は、
常にノートを持ち歩いて些細なことでもメモをしている。
そんな彼女のもとに、行方不明の幼なじみヤンから象の絵が届く。
消印を手がかりにヤンを探す旅に出たエマは、
ヤンの弟バンら関わりのある人々に出会う。
しかし旅が進むにつれ、エマの記憶の欠落は加速していく……

正直、この映画は、私にとっては、いろんな意味でキツかった。
昔のATGの作品を見ているかのよう……と言えば聞こえはいいが、
未完成の単なる試作品のように思えたからだ。
『岬の兄妹』と同じ89分の上映時間であったが、
『岬の兄妹』とは真逆の意味で、長く感じた作品であった。
映画祭でなければ見なかった作品であるし、
映画祭でなければ途中退場したかもしれない作品であった。
行定勲監督が映画祭に招待した作品なので、
最後まで見れば何かしら良い部分が見つかるのではないか……と思いながら見ていた。

上映後のティーチインでは、工藤梨穂監督、女優の村上由規乃、辻凪子が登場した。

行定勲監督から、
記憶というのは、映画には欠かせないテーマで、
曖昧さや、不確かさ、真実かどうかを追及したロードムービーとして、
とても優れていると思った。
私好みの作品です。
との解説があり、

工藤梨穂監督からは、
寺山修司の
「夏は、終わったではなくて、死んでしまったのではないだろうか?」
という言葉に触発されて生まれた作品です。
との発言があり、
その言葉で、少しだけこの作品が理解できたように感じた。
去ってゆく夏は、言わば一人の老人であった。だから今年のように、いつもの老人に会わなくなると、突然私は、こんなふうに考えたりするのだ。
「夏は、終わったではなくて、死んでしまったのではないだろうか?」
夢の中で、夢を見たわ。
『夢だと思っていたことが現実で、現実だと思ってたことが夢だった』
という夢なの
夏は一つの約束でさえなかった。
私は夏にたった一つのことばさえ彫りこむことが出来なかった。
これら、寺山修司の言葉は、想像力を刺激する。
それを知った上で『オーファンズ・ブルース』を思い返すと、
どこか懐かしさのようなものを感じられ、
工藤梨穂監督が描きたかったものが少し見えたような気がした。
村上由規乃は、正統派女優として、
辻凪子は、喜劇を含めたいろんなジャンルを演じられる女優として、
今後期待できる新人だと思った。

2日間で8作品を見て、
夏山を縦走したような疲れを感じた。
映画鑑賞と言えど、
それだけ集中力を要するし、気が抜けなかったということ。
だが、その疲れは、心地よい疲れであった。
映画好きで本当に良かったと思う。
今日も一日の王になれました~
