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映画『検察側の罪人』 ……キャストはなかなかなのだが、原作、脚色、演出が……




本作『検察側の罪人』は、
雫井脩介のミステリー小説を、


木村拓哉二宮和也の初共演で映画化したものである。


監督は、原田眞人


当たり外れの多い監督で、(あくまでも極私的感想)
私にとっては、アメリカ(ハリウッド)かぶれの監督という印象が強く、
傑作と呼べる作品は、『駆込み女と駆出し男』(2015年)くらいしか思いつかない。(コラコラ)
だが、日本映画界では、「巨匠」などと呼ばれ、
原田眞人監督作品に出たいと熱望する俳優も多いと聞く。
私の好き嫌いは別として、
映画を見ないことには判断できないので、
公開初日(8月24日)に、
会社の帰りに映画館へ駆けつけたのだった。



都内で発生した老夫婦殺人事件。
犯人は不明。
事件を担当する検察官は、
東京地検刑事部のエリート検事・最上毅(木村拓哉)と、


刑事部に配属されてきた駆け出しの検事・沖野啓一郎(二宮和也)。


最上は複数いる被疑者の中から、一人の男に狙いを定め、執拗に追い詰めていく。
その男・松倉重生(酒向芳)は、
過去に時効を迎えてしまった未解決殺人事件の重要参考人であった人物だ。


最上を師と仰ぐ沖野は、
被疑者に自白させるべく取り調べに力を入れるのだが、
松倉は犯行を否認し続け、一向に手応えが得られない。
やがて沖野は、最上の捜査方針に疑問を持ち始める。
〈最上さんは、松倉を、犯人に仕立て上げようとしているのではないか?〉
互いの正義を賭けて対立する最上と沖野。
彼らの戦いに、待ち受けていた決着とは……



映画を見た感想はというと……
正直、ここにレビューを書きたくなる作品ではなかった。
だから、今日まで無視してきたのだが、
東宝が力を入れている作品だし、
来年(2019年)3月1日に予定されている、
第42回日本アカデミー賞(2017年12月16日~2018年12月15日に公開され、選考基準を満たした作品が対象)において、
必ずやノミネートされるであろう作品なので、
(ということは、「『検察側の罪人』は見たのか?」と私も訊かれるであろう作品なので、)
少しだけここに(鑑賞した証として)感想を書いておこうかという気になった。

前半は、まずまずの出来。
原田眞人らしいスピーディーな映像で、見る者を飽きさせない。
〈もしかして傑作かも……〉
と思い始めた中盤、
最上毅(木村拓哉)がとんでもない行動を起こす。
これが検事として(いや、人間としても)あるまじき行為で、
このあたりから、ストーリー的にも、脚本的にも、演出的にも、
B級映画的な様相を呈し、
ガッカリさせられるのである。
最上毅(木村拓哉)は敏腕検事という設定で、
映画の冒頭、新人検察官へのスピーチでも、
検事としての振る舞いについて講釈を垂れている。
だが、中盤を過ぎると、性格が一変する。
最上だけではない、
沖野啓一郎(二宮和也)も、


沖野とコンビを組む事務官・橘沙穂(吉高由里子)も、


謎のブローカーを演じる諏訪部利成(松重豊)も、
前半とは別人格かと思わせるほど変貌するのだ。


“運び屋”のような謎の女(芦名星)に至っては、
完全にB級映画にしか出て来ないようなキャラクターで、
もう笑うしかないのである。


俳優たち一人ひとりは熱演している(大声を出しているだけという見方もあるが)だけに、
ストーリー、脚本、演出の滑稽さが際立ってしまっている。


先ほど、
「最上毅(木村拓哉)がとんでもない行動を起こす」と書いたが、
そのトンデモ感を弱める為に、原田眞人監督は、
原作にはない「インパール作戦」だの「白骨街道」を付け加え、
最上のトンデモ感を弱めようとしているのだが、成功していない。
さらに、「ネオナチ」だの「新興宗教」など、原作にはない要素をさらに放り込み、
映画は収拾がつかないほど混迷の度を深める。
もう「何をか言わんや」である。

そうした中、
被疑者・松倉重生を演じた酒向芳の演技だけが光っていた。


老夫婦殺人事件の被疑者の一人で、
時効となった過去の未解決殺人事件の重要参考人であった男を演じているのだが、
最上毅(木村拓哉)の憎しみ対象でもある松倉重生を実に巧く演じていた。


不気味であるし、恐くもあるのだが、
この酒向芳という俳優、
現在放送中のNHK連続テレビ小説半分、青い。』で、
楡野鈴愛(永野芽郁)に就職の世話をする、
仙吉おじいちゃんのギター部の後輩でもある農協の西村さんを演じていた。


このときの役柄とあまりに違う(真逆!)ので、
酒向芳の演技の巧さ、凄さが一段と際立っていたように感じた。



大声で怒鳴ることが演技だと勘違いしている監督の作品なので、
鑑賞中も俳優たちの大声に驚かされるので、要注意。(笑)
でも、ラストの沖野(二宮和也)の絶叫は、
なぜだか白々しく虚空に響き、
二宮和也のこの作品に対する“絶望”を表現しているようにも感じたが、如何。
それを確かめる為にも、ぜひぜひ。



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