
実は、
この映画『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』のことは、
お恥ずかしいことに、
こういう映画があるということ自体をまったく知らなかったし、
ノーマークであった。
佐賀のシアターシエマの上映スケジュールにこの作品がリストアップされていて、
〈えっ、どんな映画なの?〉
と思って調べてみて、初めてその内容を知った。
1950年代から2000年代までの約60年間、
ハリウッドで、
絵コンテ作家(ハロルド・マイケルソン)と、
映画作りのための情報を収集するリサーチャー(リリアン・マイケルソン)として、
映画界に貢献した職人夫婦のドキュメンタリーだったのだ。
ストリーボード・アーティスト(絵コンテ作家)
言葉で書かれた脚本をカメラの視点で捉え、カットごとにイラスト化した映像の設計図を作成する仕事。構図、カメラワークに加え、レンズ情報、セリフ、尺なども記載する。
映画リサーチャー
映画を作る上で必要な情報を調査・収集する専門家。物語の構想を練る力の源泉になり、物語に事実を裏付けてリアリティを与える。
絵コンテ作家や、映画リサーチャーは、
ほとんどの映画でクレジットされることはないし、
ハリウッドという華やかな世界で、
縁の下の力持ちとして支え続けた夫婦にスポットを当てるとは、
〈何と素敵なドキュメンタリー映画だろう……〉
と思った。
しかも、ハロルドとリリアンは、
『十戒』『鳥』『卒業』などの数多くの名作に関わっており、
このドキュメンタリー映画には、
二人をよく知るフランシス・フォード・コッポラ、ダニー・デヴィート、メル・ブルックスらも出演しているという。
〈映画ファンとしては、これは見ておかねばなるまい〉
と思い、
映画館(シアターシエマ)に駆けつけたのだった。

第2次世界大戦中にアメリカ空軍パイロットとして戦ったハロルドは、
1945年に生還して間もなく、聡明な女性リリアンと知り合い恋に落ちる。

だが、ハロルドの家庭は厳格で、
孤児院育ちで身寄りのないリリアンとの結婚に反対されてしまう。
数年後、彼らはハリウッドで駆け落ち同然の状態で結婚する。
仲むつましく暮らす夫婦に待望の第一子が誕生するも、
当時まだ一般的ではなかった自閉症と診断される。

激動のハリウッドで失業と移籍を繰り返しながら、
ハロルドは家族のために映画スタジオで絵コンテを描き続ける。

そして、初めて担当した『十戒』(1956年)の絵コンテでその名を轟かせ、
巨匠たちから作品を共に創るよう直接依頼されはじめる。

リリアンは、ハロルドが『ウェスト・サイド物語』(1961年)を担当していたスタジオのリサーチ図書館のアシスタントとして働きはじめ、
名匠ヒッチコックの『鳥』(1963年)で初めての夫婦共演を果たす。

その後も、夫婦二人三脚で100本以上の作品に携わった。
2007年3月にハロルドは亡くなり、
リリアンはハロルドとの最期の日々を振り返り回想する。

二人の人生は映画と共にあり、二人はずっと“ひとつ”だったのだ……

スペクタクル巨編『十戒』(1956年)でモーゼが海を割り奇跡を起こすシーン、

名作スリラー『鳥』(1963年)で逃げ惑う生徒たちを鳥が襲うシーン、

青春映画『卒業』(1967年)でミセス・ロビンソンが自宅まで送らせたベンジャミンをエロティックな脚線美で誘惑するあのシーンなど、

ハリウッド映画を代表する名シーンは、
ハロルドという絵コンテ作家が創ったもの……というのが驚きであった。
日本では、
黒澤明監督が二科展に入選するほどの絵の腕前であり、絵コンテにも定評があるし、
アニメでは、富野由悠季、宮崎駿、芝山努、押井守、今敏など、
監督自身が絵コンテの段階で画面の細部まで描き込む傾向がある。
もちろん、絵コンテを書くだけのライター、コンテ・マンも存在するが、
ハロルドのように描いたものがそのまま採用されるのは稀なような気がする。
絵コンテ作家ハロルドは、
日陰の存在でありながら、多くの名監督から信頼されていたことがよく分ったし、
絵コンテ作家の重要性を解らせてくれた。

映画リサーチャーであるリリアンは、
フィクションである映画にリアリティを持たせるための情報を収集するのが仕事であるが、
資料室のような施設を個人で所有していることに驚いたし、
南米の麻薬取引などの裏社会事情まで精通し、
引退した元麻薬王に話を訊いたりするなど、
その仕事ぶりにも感心させられた。

2007年3月にハロルドは亡くなっているので、
もっぱらリリアンのインタビューで映画は構成されていたが、
リリアンの明るいキャラクターが、
このドキュメンタリー映画を心温まる感動的なものにしていた。

離婚が当たり前のようになっているハリウッドで、
永年連れ添い、
映画を愛し、
映画人に、そして映画そのものにも愛されたハロルドとリリアン。

夫婦のラブストーリーが、
輝かしいハリウッドの映画史にもなっているという奇跡。
そこに、この映画の素晴らしさがある。

二人のプロフィールを見ていたら、
ハロルドは、
「ハリウッドの映画産業従事者のための介護施設Motion Picture & Television Fund Homeで死去」
とあり、
リリアンは、
「現在はハリウッドの映画産業従事者のための介護施設Motion Picture & Television Fund Homeで暮らしている」
と記述してあった。
現在、日本では、
倉本聰のオリジナル脚本によるTVドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)が放送され、
話題になっているが、
このドラマの舞台は、
(架空の)テレビ人専用の老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」で、
そこに集うのは、
厳正な入居資格を通過した、全盛期の映画・テレビ界を支えた俳優、作家、ミュージシャン、アーティスト達ということになっている。
このリアル「やすらぎの郷」ともいうべき施設がすでにアメリカに存在し、
ハロルドもリリアンもそこで生活していたとは……
こんなところにも驚きがあった。
監督のダニエル・レイムによると、
ハロルドとリリアンの映画を作ろうと決めたのは、2000年頃で、
各所に点在するハロルドの絵コンテを集めるところから始まり、
彼らをよく知るダニー・デヴィート、メル・ブルックス、そしてフランシス・フォード・コッポラに二人についてインタビューをしていったという。

編集作業は合計約18ヶ月を要し、
全ての素材をつなぎ合わせると、本編は約5時間にも及ぶ長いものになったそうだ。
当初は、ハロルドとリリアンが携わってきた名作の教育的な歴史ドキュメンタリーを作ろうと思っていたが、リリアンの話に感動し、
彼女のインタビューを中心に編集を構成したという。
60年間という長い年月の映画史と夫婦の歴史を、
5時間から、さらに1時間34分にまとめ、
引き締まったドキュメンタリー映画に仕上げている。

彼らは一般的には無名かもしれません。しかし、ハリウッドという巨大な映画産業の土台には、彼らのような芸術家や職人の献身的な働きがあったのです。彼らの心は各映画に宿り、生まれてきた映画がハリウッドを今日まで育んできた事を伝えたかったのです。それと同時に、彼らがハリウッドで育んだ60年間の人生を伝える事で、「ハロルドとリリアン」という理想の夫婦がハリウッドにいた事を伝えたかったのです。
ハルロドとリリアンを題材にした理由を、ダニエル・レイム監督はこのように語っている。
華やかなハリウッド映画では、
これまでほとんど話題にもされることがなかった絵コンテ作家と映画リサーチャーに注目し、
一般には無名の夫婦、ハロルドとリリアンを題材にしたこの作品は、
映画愛に満ちた傑作ドキュメンタリー映画となっている。
5月27日に公開された作品であるが、
まだ上映してる映画館もあるようだ。(上映館情報はコチラから)
ぜひぜひ。