
私が購読している地元紙では、
さだまさしの「風のうた」と題するエッセイが、
週一回ほどの割合で連載されている。
先日、さだまさしの絵本『遙かなるクリスマス』の誕生秘話ともいうべきものが載った。
さだまさしには『遙かなるクリスマス』という名曲があり、
その歌詞をもとに作られた絵本が、2004年12月に出版されている。
(2007年11月に文庫化されたが、現在はどちらも絶版状態のようである)

その絵本が誕生したいきさつを、
さだまさしは、次のように記している。
毎年この季節になると思い出す人がいる。講談社の編集者の故・山影好克君だ。
彼は2004年10月半ば、福島でのコンサートの楽屋に突然現れ、僕の「遙かなるクリスマス」という歌を絵本にしたい、といった。歌詞と写真で構成するから負担はかけない。時間はないが、クリスマスまでには作りたい、と熱く語った。
その場で了解すると、彼はすぐに写真に歌詞を載せたものを持ってきたが、僕はその活字にどうしても体温を感じられず、下手だが自分の手書き文字にしたいと懇願した。ギリギリの工程だったが、彼の思いを意気に感じていた僕は一晩で書き上げ、山影君もそれに呼応して働き、なんとその本はわずか1ヶ月ほどで上梓された。

本は好評だったが、翌年2月半ばに無念にも彼は急逝した。元々白血病に苦しんでいて、職場に復帰後すぐにこの本を作ったのだが、年明けに何かの会合で風邪をもらい、肺炎をおこしたのだ。
通夜に駆けつけると3歳ほどの息子がきらきらと輝く目で不思議そうに周りを見ていた。ああ、もしかしたら山影君は自分の死期を感じており、この本を「遺言」として彼の息子に読ませたかったのだろうか、と涙が出た。
あれから12年。彼の息子はもう高校生になるだろうか? どんな子に育ったろうか。僕の前にわずか数ヶ月だけ現れ、一冊の本を残し、この世を去った山影好克君は、今も僕の胸に生きている。
「遙かなるクリスマス」を歌うとき、僕はいつでも彼の息子に向かって歌っているよ。

さだまさしは、
絵本が出版された2004年の大晦日、
NHK紅白歌合戦で『遙かなるクリスマス』を歌っている。
私もこのときに『遙かなるクリスマス』という曲を知ったのだが、
その後、この曲を元にした絵本が出版されているとは知らなかった。
エッセイを読んだ翌日、
会社の帰りに図書館に寄った。
さだまさし自身が書いたエッセイが地元紙に載ったばかりなので、
題材となった本はもう借りられているだろうと思ったが、
幸運なことに誰も借りていなかった。
急いで借りてきて、読んだ。
さだまさしの温かみのある文字が印象的な、素晴らしい絵本であった。
さだまさしがコンサートで歌っている『遙かなるクリスマス』もないかと探すと、
2007年に広島球場で歌っているライブの動画が見つかった。
『遙かなるクリスマス』は、
2003年に起こったイラク戦争に対する反戦歌であるが、
2016年の現在も、きな臭い情況にかわりはなく、
その歌詞は心に、そして魂に沁みてくる。
さだまさしは、かつて、タモリなどに、
その歌が「暗い」「軟弱」と言われたことがあるが、
私はそうは思わなかったし、
「暗さ」や「弱さ」を突き詰めた先に、
「明るさ」や「強さ」があると思っていた。
ロックを専門にした歌手や、
筋肉を鍛えて、これみよがしに歌い上げる歌手もいるが、
そんなものにロックを感じたことはない。
だが、ロック歌手ではないさだまさしの歌『遙かなるクリスマス』にはロックを感じる。
魂の叫びを感じる。
これこそが、本当の、本物のロックだ。