
現在、TVドラマでも映画でも、
ジャニーズ事務所のタレントが主役を務める作品が目白押しだ。
楽しく観ているドラマも多いし、
それ自体に文句はないのだが、
テーマが重い映画などに主演しているときは、
〈ちょっと……〉
と思うときがある。
なぜなら、
イケメンの彼らの顔に、生活感がまったくないからだ。
暗い過去を背負った役柄であっても、
それがまったく感じられない。
リアリティがないのだ。
生活感がないのは、
アイドルである彼らの宿命であり、
むしろ誇れる部分であると思うのだが、
こと、テーマが重い映画などに関しては、
やはり、それが不利にはたらく。
「美しい顔が拝めれば文句はない」
とのたまう婦女子も多いことと思うが、
その美しい顔も、
長年、映画を見続けてきた老いた男の私には、
単なる“のっぺらぼう”にしか見えないから困るのだ。
そんなジャニーズ事務所のタレントの中で、
そんな生活感のないイケメン集団の中で、
ちょっと異質な青年が二人いる。
一人は、関ジャニ∞の渋谷すばる。
もう一人は、V6の森田剛だ。
この二人は、他の同じ事務所のタレントとは、目が違う。
躰から醸し出される雰囲気が違う。
この二人を見ていると、
アイドルとしての自分に戸惑っているようにさえ見える。
だからか、
渋谷すばるが俳優として挑んだ『味園ユニバース』(2015年2月14日公開)を見て、
私は次のように記している。
「関ジャニ∞」の渋谷すばるが、
これほど歌が上手いとは……
1974年に発売された和田アキ子の『古い日記』が、
渋谷すばるの歌唱によって、
あらためて名曲であったと再認識させられた。
歌うこと以外全ての記憶を失った男という役であったが、
演技の方も素晴らしかった。
ジャニーズ系の、のっぺりとした顔を見慣れているので、
渋谷すばるの面構えには、
ちょっと驚かされた。
渋谷すばるを私が初めて認知したのは、
1999年、二宮和也(後に嵐としてデビュー)とダブル主演した、
連続テレビドラマ『あぶない放課後』においてであったが、
私が「しぶや・すばる」というと、
当時、中学生で、二宮和也のファンであった私の娘(次女)から、
「しぶたに、だよ」と訂正された記憶がある。
当時のアイドル然とした顔立ちから一変、
とてもジャニーズ系とは思えない(褒め言葉)面構えに、
男優としての、ソロ歌手としての、
限りない可能性を感じた。
もう一人の異質な青年・森田剛の、初主演映画が公開された。
『ヒメアノ~ル』(R15+)だ。
見たいと思った。
で、会社の帰りに、映画館へと足を運んだのだった。
「なにも起こらない日々」に焦りを感じながら、
ビル清掃会社のパートタイマーとして働く岡田進(濱田岳)。
同僚の安藤勇次(ムロツヨシ)に、
想いを寄せる阿部ユカ(佐津川愛美)との恋のキューピット役を頼まれ、

ユカが働くカフェに向かうと、
そこで高校時代の同級生・森田正一(森田剛)と出会う。

ユカから、森田にストーキングされていると知らされた岡田は、
高校時代、過酷ないじめを受けていた森田に対して、不穏な気持ちを抱く。
岡田とユカ、
そして友人の安藤らの恋や性に悩む平凡な日常。

ユカをつけ狙い、次々と殺人を重ねるサイコキラー森田正一の絶望。
二つの物語が交錯するとき、
想像を絶する物語の幕が切って落とされる……

映画を見た素直な感想は……というと、
「スゴイ」の一言。
何がって、
森田剛が……だ。
もともと、蜷川幸雄の舞台などで、
彼の演技には定評があったが、
本作『ヒメアノ~ル』では、
森田正一が森田剛に乗り移っていた……と感じた。
いや、森田剛が森田正一に乗り移っていたと言い直すべきか。
森田剛の演技から、一瞬たりとも目が離せなかった。

空虚、絶望、狂気を、
腰を据えた演技で魅せる森田剛に、
引き込まれ、
惹き込まれ、
挽き込まれてしまった。
脳を、心を、感情を、
粉々にされてしまった。
グチャグチャにされてしまった。
いやはや、スゴイものを見させてもらった。

原作は、古谷実の人気コミック。
『ヒメアノ~ル』というタイトルの「アノール」とはトカゲのことで、
「ヒメ+アノール」は造語。
「ヒメ+トカゲ」は、日本では、沖縄などに生息する「ヘリグロヒメトカゲ」を指すようだ。
体長10cmほどの猛禽類のエサにもなる小型爬虫類で、
『ヒメアノ~ル』とは、
「強者のエサになる弱者」を意味する。
サイコキラー・森田のターゲットになる人々であり、
かつて猛烈なイジメを受けていた森田も、
『ヒメアノ~ル』であったのかもしれない。

それにしても、
原作者の古谷実は奇妙なタイトルの漫画を描くものだ。
園子温監督によって映画化された『ヒミズ』(2012年1月14日公開)もそうだった。
他にも、『シガテラ』『サルチネス』『ゲレクシス』なんてのもある。
森田剛以外の出演者も良かった。
ビル清掃会社のパートタイマーとして働く岡田進を演じた濱田岳。
前半の主役は彼で、
濱田岳がしっかりと「日常」「平穏」を演じてくれたことで、
後半の森田剛が演じる「非日常」「不穏」が活きた。
役柄の上でも、
演技の上でも、
森田剛との対比が絶妙であった。

岡田の同僚の安藤勇次を演じたムロツヨシ。
TVや映画で、彼の姿を見ない日はないほどの活躍であるが、
そのマニアックな演技は誰をも引きつけてやまない。
本作でも、その棒読み風のセリフで笑わせ、魅せる。
彼の喜劇的要素もまた、
森田剛の狂気を引き立てる役割を見事に果たしていた。

カフェで働く阿部ユカを演じた佐津川愛美。
プロフィールを見て、
〈スクリーンデビューが『蝉しぐれ』(2005年)だったのか……〉
と、ヒロイン・ふく(木村佳乃)の少女時代を演じていたのを思い出した。
あのときの純粋無垢な役柄とは異なり、
安藤、森田、岡田という三人の男から好意を持たれ、
岡田と付き合うことによって、
森田の(安藤もだが)狂気が増幅されるという重要な役であったが、
実に可愛く、そして、したたかに演じていた。
けっこう際どいシーンもあり、
彼女の体当たりの演技が、本作をより魅力的なものにしていた。

その他、
かつて森田や岡田のクラスメイトで、
現在は森田に強請られている和草浩介を演じた駒木根隆介や、

和草浩介の婚約者・久美子を演じた山田真歩の演技も素晴らしかった。

清掃会社の社長を演じた大竹まことも、
若手中心の本作の中で、唯一の中年男性として、
実に好い味を出していた。

監督・脚本は、𠮷田恵輔。

『純喫茶磯辺』(2008)
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)
『麦子さんと』(2013)
『銀の匙 Silver Spoon』(2014)
などで知られる監督で、
このブログでもいくつかの作品はレビューを載せており、
明るくて、クスッと笑える作風であるのだが、
映画『ヒメアノ~ル』に関しては、
前半は従来の作品風であるが、
後半は、
「本当に𠮷田恵輔監督作品?」
と叫びたくなるほどの変貌ぶりである。
私的には、現時点での、
𠮷田恵輔監督の最高傑作である。

最後に、ちょっとだけネタバレすると、
本作は、映画が始まって、かなり時間が経ってから、
『ヒメアノ~ル』のタイトルと、出演者の名前が表示される。
私は、思わず腕時計を見たのだが、
それは、映画が始まって40分ほど経っていた。
上映時間99分の映画だから、
半分よりも少し手前の頃合いである。
このタイトルの表示が、
前半と後半の境目なのである。
ここが、
日常と非日常、
平穏と不穏、
希望と絶望、
笑いと恐怖の境目なのだ。
ここからが、
戦慄、震撼、驚愕の入口ということになる。
ここまで来ると、残念ながら、
あなたは、もう、
引き返すことはできない。
最後まで見届けなければならないのだ。