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映画『ジヌよさらば かむろば村へ』 ……松尾スズキにとってのユートピア……


「自作の小屋で暮らす若者たち」
というタイトルのネットニュースが、
数日前(2015年4月11日)に配信された。

自作の小屋で暮らす若者が千葉県内で相次いでいる。
郊外の手頃な土地を購入し、
量販店で仕入れた建材でインターネットを見ながら自らで建築。
普段の生活は井戸水を使い、
電気も最低限の電流を契約する「エコ」な暮らしぶりだ。
ネットでその輪も広がりつつある。(後略)

(全文はコチラから)

生活費は月3万~5万円しかかからないという人もいるらしく、
「面白い現象だなぁ~」
と思ったことであった。

世の中には、
「自分で家を建てる」だけでなく、
「自分で農業をする」
「自分で料理をする」
「自分で機織りをする」
「自分で陶芸をする」
「自分で道具を作る」
など、
自給自足生活ができるほど、
あらゆることができる人間もいる。
こういう人を私は尊敬するのだが、
日本という国はおかしな国で、
この「なんでもできる人」は、軽んじられる傾向にある。

日本という国が重んじるのは、
「この道一筋」の人。
何十年も同じことをしている職人さんのような人たちが尊敬される。
無形文化財人間国宝などは皆、「この道一筋」の人たちから選ばれる。
春秋叙勲および褒章、文化勲章なども同じ。
反対に、何でもできる人たちは、
「器用貧乏」などと呼ばれ、「一筋」派より劣った評価がなされる。
何にでも手を出す人、浮気性の人と思うのだろうか?
本当におかしなことだ。
本当に難しいのは、何でもできるということなのに……

自給自足ができれば、
お金はほとんど必要なくなる。
お金がなくても生活していける。
ということは、
「お金を使わずに生きていこう」
と決意することも可能だ。

映画『ジヌよさらば かむろば村へ』は、
お金(銭=ジヌ)に触るだけで失神してしまうアレルギーを持つ、
元銀行員の若い男が、
1円も使わずに暮らしたいと望み、
高齢化率40%、過疎化の進む寒村「かむろば村」へやってくるところから始まる物語である。

田舎の小さな村“かむろば村”に、
常識外れな大荷物で降り立った1人の青年。
彼の名は高見武晴=通称・タケ(松田龍平)。
一見どこにでもいる若者だが、
実はこの男……
お金を“さわれない、使えない、欲しくない”の三拍子がそろった、
“お金恐怖症”になってしまった元銀行マン。
現金にさわるだけで、とたんに激しいめまいに襲われ失神してしまうという筋金入りだ。



「1円もお金を使わない!」
と悲壮な決意を固め、かむろば村へやって来たタケを、
奇妙な生き物を見るように眺める村人たちは、
濃い顔ぶればかり。
異常に世話焼きな村長・与三郎(阿部サダヲ)、



与三郎の美人妻・亜希子(松たか子)、


高齢化率40%の村では希少だけどどこかアヤシイ女子高生・青葉(二階堂ふみ)、


自他ともに認める村の“神様”で、写真が趣味のなかぬっさん(西田敏行)。


そんなユニークなキャラクターの村人たちのお蔭もあり、
危なっかしいながらも奇蹟的に1円も使わない生活を続けるタケ。





最初はタケの無知と無鉄砲さに半分あきれていた村人たちも、
タケの存在を優しく受け入れてゆく。





そんな矢先、穏やかだったかむろば村に不穏な風が吹き始める。
村長の過去を知る不気味な男の出現、
同時に迫りくる村長選挙をめぐる陰謀が発覚!
村に来て間もないタケも、知らず知らずのうちに騒動の渦中へ……
タケの生活は思わぬ方向へ向かいだす……!



原作は、いがらしみきおの漫画『かむろば村へ』。


監督・脚本は松尾スズキ

いや~、面白かったです。
なんだか、以前に見た映画の、
パンドラの匣』(2009年)や、『大鹿村騒動記』(2011年)を思い出してしまった。
パンドラの匣』のレビューを書いたとき、私は、
……世間から隔絶しているユートピアで存分に遊ぶ……
というタイトルを、
大鹿村騒動記』のレビューを書いたときには、
……原田芳雄が選んだ「大鹿村」というユートピア……
というタイトルをつけたのだが、
本作『ジヌよさらば かむろば村へ』のタイトルも、
……松尾スズキにとってのユートピア……
と、同じく「ユートピア」をつけることにした。

パンドラの匣』も『大鹿村騒動記』も『ジヌよさらば かむろば村へ』も、
都会から遠く離れ、世間から隔絶したような場所で物語が展開する。
世間から隔絶しているこの小さな空間は、
ある意味、原作者や監督にとっての「ユートピア」といえる。
その内側がいかに過酷であろうとも、
外部と遮断された内部は、文学的にとても魅力的な空間なのだ。
太宰治は、『パンドラの匣』で、健康道場を舞台に、
坂口安吾は、『黒谷村』などで、田舎の村を舞台に、
田中英光は、『オリンポスの果実』で、船の中を舞台に、
ユートピアを創り上げている。
ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で南海の孤島で、
イエールジ・コジンスキーは『異端の鳥』で異国の村々で、
大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』で山奥の村で、
村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で廃墟で、
文学的ユートピアを構築した。
松尾スズキは、
原作である、いがらしみきおの漫画『かむろば村へ』をもとに、
松尾スズキ自身のユートピアを「かむろば村」を借りて創り上げている。
俳優としても、村長の過去を知る不気味な男を演じて秀逸であった。


個々の登場人物を見ていこう。
まずは、元銀行マンのタケを演じた主演の松田龍平
松田龍平といえば、
探偵はBARにいるシリーズの
探偵はBARにいる』(2011年9月10日公開)
探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』(2013年5月11日公開)
や、映画賞を総なめにした傑作
舟を編む』(2013年4月13日公開)
を思い出すが、
両作の主人公の特徴(「笑い」と「生真面目さ」)を合わせたような役柄が、
今回の、元銀行マンのタケであったような気がする。
静かな演技ながら、
「生真面目さ」ゆえの「可笑しみ」が存分に発揮されており、
大いに楽しませてくれた。


異常に世話焼きな村長・与三郎を演じた阿部サダヲ
ここ数年では、
夢売るふたり』(2012年9月8日公開)や、
奇跡のリンゴ』(2013年6月8日公開)などが印象に残っているが、
本作での村長役もまた強烈なキャラクターで、
松田龍平の「静」の演技に対し、
阿部サダヲの「動」の演技が見事であった。
本作での、もう一人の主人公は、間違いなく彼であった。


与三郎の美人妻・亜希子を演じた松たか子
大好きな女優で、彼女が出演している映画は必ず見に行くようにしている。
本作と似ている映画『大鹿村騒動記』にも出演していたし、
西川美和監督作品『夢売るふたり』では、
本作と同じく阿部サダヲと夫婦を演じていた。
ユートピア」には美女が必須条件であり、
その条件を完璧に満たしており、
ある意味、村の妖精のようでもあった。


どこかアヤシイ女子高生・青葉を演じた二階堂ふみ
彼女も大好きな女優なので、出演作はなるべく見に行くようにしている。
ここ数年では、
ヒミズ』(2012年1月14日公開)
『脳男』(2013年2月9日公開)
四十九日のレシピ』(2013年11月9日公開)
『私の男』(2014年6月14日公開)
『渇き。』(2014年6月27日公開)
味園ユニバース』(2015年2月14日公開)
などが印象に残っているが、
どの映画も秀作、傑作揃いで、見て損のない作品ばかりである。
本作では、タケ(松田龍平)にまとわりつく奇妙な女子高生役であったが、
大いに笑わせてくれ、
松たか子と同様、ある意味、村の妖精のようであった。


村の“神様”で、写真が趣味の“なかぬっさん”を演じた西田敏行
アクが強すぎて、正直、あまり好みの俳優ではないのだが、
本作では、村の“神様”という役柄なので、
妙に彼の男優としてのキャラクターとマッチしていて良かったし、面白かった。
東日本大震災以降、
福島県に関連する映画やイベントへ多く出演しており、
復興に果たす彼の役割は大きく貴重なものとなっているが、
本作は、福島県柳津町三島町、金山町などでロケされており、
その縁での(西田敏行福島県郡山市出身)出演だったのかもしれない。


なかぬっさん(西田敏行)の娘で、伊佐旅館の女将・奈津役の中村優子
昨年見た『百瀬、こっちを向いて。』(2014年5月10日公開)での演技が印象に残っているが、
『百瀬、こっちを向いて。』では、
彼女の出演シーンは多く、演技も素晴らしかったのに、
なぜか、公式サイトの「出演者」の欄に写真もプロフィールもなかった。
「一日の王」のレビューに私はその不満を書いているが、
演技も容姿も素晴らしい女優なので、
もっと評価されてしかるべき女優ではないかと思っている。
『ジヌよさらば かむろば村へ』では、村の“神様”の娘ということで、
松たか子二階堂ふみよりも、もっと、村の“妖精”感が強かった。


この他、
親孝行なチンピラ役の荒川良々


スーパーあまので働くパートさん役の片桐はいり


青石町の議員役の皆川猿時


旅館で働く板前役のオクイシュージ、


タケの農業の“先生”役のモロ師岡などが、
個性あふるる演技で、作品を盛り上げていた。


考えてみるに、
自給自足の生活ができるほど“何でもできる人”は、
お金を1円も使わずに生きていくことも可能だから、
お金そのものを必要としなくなる。
すると、たぶん、税金も納めない(納められない)だろうし、
アナーキー的な存在になっていく。
こういう人は、“日本国”にとっては、実にやっかいな存在となる。
日本人の多くが、お金を必要としない自給自足の人になったら、
消費税も意味をなさなくなり、納税する人も、納税額も減少するだろうし、
年貢(あっ、税金ね)で生活している“国を司る”側の人々にとっては、死活問題であろう。
自らのアイデンティティさえ脅かされかねない。(笑)
国を司る人々が、
余計なことは考えずに一つの仕事に没頭する人を重んじ、
“何でもできる人”を評価しない理由は、
実はココにあるのかもしれない。(爆)



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