
今日(11月4日)は日曜日だが、事情があって仕事。
出勤前に、ブログ更新をしておこうと思う。
映画『終の信託』のレビューを……

そう、あれはもう4年前になる。
第25回古湯映画祭。
この年は、私の大好きな周防正行監督の特集であった。
映画祭は2008年9月13日から15日までの3日間行われたが、
私は仕事等の都合で、9月14日のみ参加した。
その日は、『それでもボクはやってない』の上映と、
周防正行監督・清水美沙さんが参加するシンポジウムやパーティーがあり、
とても有意義で、楽しい一日だったことを憶えている。

シンポジウムのとき、
清水美沙さんが客席にカメラを向けて撮っておられたので、
なぜ観客を撮ってるのかな~と思っていたら、
後日、それが判明した。
清水美沙さんが『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」に出演され、
古湯映画祭に参加したときのことを語られていたのだ。
古湯映画祭の客席側はユニークで、
後部には椅子があるが、前半分にはゴザが敷いてあり、
客が少ないときは、映画を寝転がって見ることもできるのだ。
それが珍しかったのだと思うが、
そのときのTV映像がコレ。

驚いたことに、その写真に……(爆)

脱線はこれくらいにして、(笑)
あの日、『それでもボクはやってない』の上映が始まる直前、
周防正行監督からの挨拶があり、
「この映画は、見終わったあと、かなり気分が重くなります。そういう風に映画を作りました。だから皆さんは重い気分のまま帰ることになります。覚悟しておいて下さい」
とユーモアを交え、笑わせながら作品を紹介された。
先日、周防正行監督の新作『終の信託』を見て、
私は、あの日のことを思い出したのだった。

折井綾乃(草刈民代)は、患者からの評判も良い呼吸器内科のエリート医師。

しかし、長く不倫関係にあった同僚の医師・高井(浅野忠信)から別れを告げられ、失意のあまり自殺未遂騒動を引き起こしてしまう。

そんな彼女の心の傷を癒したのは、重度の喘息で入退院を繰り返していた患者、江木秦三(役所広司)の優しさだった。
綾乃と江木は、互いの心の内を語り合い、医師と患者の関係を越えた深い絆で結ばれる。
しかし、江木の病状は悪化していった。
自分の死期が迫っていることを自覚した江木は、綾乃に懇願する。
「信頼できるのは先生だけだ。最期のときは早く楽にしてほしい」と。

2か月後、江木が心肺停止状態に陥る。
江木との約束通り治療を中止するのか、
患者の命がある限り延命の努力を続けるのか……
“愛”と“医療”の狭間に揺れる綾乃は、ついに重大な決断を下す。
3年後、その決断が刑事事件に発展。
綾乃を殺人罪で厳しく追及する検察官の塚原(大沢たかお)。
綾乃も強い意志を持って塚原に向き合うが……
(ストーリーはパンフレット等から引用し構成)

周防正行監督作品『Shall we ダンス?』(1996年)で、
社交ダンスの先生と生徒役を演じていた草刈民代と役所広司が再び共演。
失意の女性(草刈民代)が、
生徒あるいは患者である男性(役所広司)に心の傷を癒され、
男性もまたその女性に惹かれていく……という設定は、
『Shall we ダンス?』に似ているな~と思っていたら、
後半は一転、
『それでもボクはやってない』のような重苦しい雰囲気のストーリー展開となる。
で、古湯映画祭のときの
「この映画は、見終わったあと、かなり気分が重くなります。そういう風に映画を作りました。だから皆さんは重い気分のまま帰ることになります。覚悟しておいて下さい」
との周防正行監督の言葉を思い出すことになるのだが、
この『終の信託』が、『それでもボクはやってない』と違うのは、
犯罪かどうか……に留まらず、
「医療か?」「殺人か?」という生死をめぐる問題を論じながら、
大人の男女のラブストーリーになっていることだった。

草刈民代。
1965年5月10日生まれなので、現在47歳。
168cmと長身で、元バレリーナということで姿勢が良い。
そして、凛とした佇まいと清潔感。
既成の女優だったら、
40代後半ともなれば、
俗世間の垢まみれになっているところだが、
草刈民代に限ってはそれがまったく無い。
女優に本格転向後、TVドラマ初主演作品となった『眠れる森の熟女』(NHK総合)においても、それが際立っていた。

夫から突然離婚を提案され、ホテルでメイドとして働くことになるのだが、
メイドの制服姿さえ清潔感があり、本当に驚かされた。

ホテルのメイドをしている熟女と、
年若いホテルの御曹司との恋愛譚なのだが、
ファンタジー風な物語にピッタリな、草刈民代の美しさだった。

凛とした佇まいと清潔感……
『終の信託』でも彼女のその特性が実にうまく作用して、
大人のラブストーリーでありながら、
純愛の趣きさえあった。

あるTV番組で、
映画『終の信託』についてのインタビューを受けていたとき、
「愛称は?」と訊かれ、
「“民さん”です」と答えていた。
“民さん”といえば、私の大好きな『野菊の墓』。(笑)
『野菊の墓』の民さんが、
もし死なずに生きて大人になっていたならば、
きっと草刈民代風な女性になっていたのではないか……
そんな想像すら可能にする、草刈民代の美しさであった。
役所広司。
ネタバレになるので詳しくは言えないが、
この作品のなかで、凄い演技をしている。
さすが役所広司と思わせる真に迫った演技だ。
この演技を見て、この役を彼に決めた周防監督の真意が汲み取れた。
役所広司でなければならない役だったのだ。

大沢たかお。
わざと開始時間を遅らせたりする狡賢さ、
相手の言い訳などまったく受け付けない卑怯さ、
時に大声を出して恫喝する冷徹さ……
あらゆる手を使って、
綾乃を殺人罪で厳しく追及する検察官・塚原透を、
実に巧く演じている。
映画の後半部分(約45分間)は、
草刈民代と大沢たかおの対峙が、
圧倒的な迫力で描かれるが、
草刈民代と共に、大沢たかおの熱演なくしては、
作品の成功はなかったものと思われる。

この他、浅野忠信が、
綾乃と不倫関係にあった医師を演じ、
出番は少ないながら、独特の存在感を見せていた。

究極のラブストーリーでありながら、
単なるラブストーリーにならないのが、周防正行監督作品。
終末医療とは……
人と人のつながりとは……
人間の尊厳とは……
真実の愛とは……
人間の心の深淵を覗かせつつ、
見る者の想像力を喚起し、
様々な問いを投げかけてくる。
観客の心は激しくかき乱され、
その場に立ち合っているかのような錯覚に陥らされてしまう。
2時間24分の上映時間が短く感じるほどの傑作であった。