
1936年に『初姿』を監督して、日本最初の女性映画監督となった坂根田鶴子(さかね・たづこ、1904年~1975年)以来、日本映画界に女性映画監督は少なからず存在したが、それでも、ここ10年ほどの、女性映画監督の充実ぶりには目を瞠るものがある。
『萌の朱雀』(1997)や『殯の森』(2007)の河瀬直美監督、
『ゆれる』(2006年)や『ディア・ドクター』(2009年)の西川美和監督、
『かもめ食堂』(2006年)や『めがね』(2007年)の荻上直子監督、
『さくらん』(2007年)や『ヘルタースケルター』(2012年)の蜷川実花監督、
『K-20 怪人二十面相・伝』(2008年)や『アンフェア the answer』(2011年)の佐藤嗣麻子監督、
『ディア・ピョンヤン』(2006年)や『愛しきソナ』(2011年)のヤンヨンヒ監督など、
挙げたらキリがないほど。
殊に今年(2012年)は、
蜷川実花監督の『ヘルタースケルター』(7月14日公開)、
ヤンヨンヒ監督の『かぞくのくに』(8月4日公開)、
西川美和監督の『夢売るふたり』(9月8日公開)など、
女性映画監督の話題作が目立つ。
嬉しい限りである。
蜷川実花監督の『ヘルタースケルター』は、先日、このブログにレビューを書いた。
ヤンヨンヒ監督の『かぞくのくに』は、佐賀ではまだ公開されていない(9月22日よりシアターシエマで公開予定)ので、後日レビューを書くつもりでいる。
で、今日は、西川美和監督作品の『夢売るふたり』について述べたいと思う。

【西川美和】
2002年のデビュー作『蛇イチゴ』で、
第58回毎日映画コンクール脚本賞をはじめ、数々の映画賞新人賞を受賞。
2006年公開『ゆれる』では、
女性監督で史上初のブルーリボン賞監督賞を受賞するなど数多くの賞を受賞。
2009年公開『ディア・ドクター』では、
2度目のブルーリボン賞監督賞を受賞、
キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位に選ばれるなど高い評価を得る。
その他、小説作品に『ゆれる』(第20回三島由紀夫賞候補)や『きのうの神様』(第141回直木賞候補)などがある。

西川美和監督は、
監督デビュー作の『蛇イチゴ』(2002年)から、
『ゆれる』(2006年)、『ディア・ドクター』(2009年)、
そして今回の『夢売るふたり』まで、
すべて自ら執筆するオリジナル脚本で勝負している。
TVドラマをそのまま映画にしたものや、
コミックを原作にしたものが全盛の現在、
オリジナル脚本にこだわる西川美和監督は本当に貴重な存在。
『夢売るふたり』は第37回トロント国際映画祭に出品されているが、
現地でのインタビューで、
「オリジナルの脚本にこだわる理由は?」
との質問に、
「今の日本では、原作がある映画がほとんどです。物語を作るのはいちばん大変な作業です。苦しいんだけれど、最もやりがいを感じる作業でもあります。私の場合は、自分が作った物語だからこそ、責任をもって監督ができるんです。だからオリジナルの脚本を書くことは今後も続けて行きたいと思っています」
と回答している。
実に頼もしい。
しかも、西川美和監督が書く脚本も、それをもとに創られる映画も、傑作揃い。
そこが凄いところであり、私の好きなところでもある。
過去の西川美和監督作品
『蛇イチゴ』『ゆれる』『ディア・ドクター』
に共通するテーマは「嘘」。
今回の『夢売るふたり』でも、「嘘」が大きなテーマになっている。
東京の片隅で小料理屋を営む貫也(阿部サダヲ)と妻の里子(松たか子)。
店は小さいながらも繁盛していたが、
調理場からの失火が原因の火事で全てを失ってしまう。

絶望して酒びたりの日々を送っていた貫也はある日、
常連客だった玲子(鈴木砂羽)と再会、
酔った勢いで一夜を共にしてしまう。

その事を知った里子は、結婚詐欺で金をだまし取る事を思いつく。

店を再開するための資金を稼ぐために貫也は、
実家暮らしで結婚願望を持つOLの咲月(田中麗奈)、
男運が悪い風俗嬢の紀代(安藤玉恵)、
孤独なウエイトリフティング選手のひとみ(江原由夏)、
幼い息子を抱えたシングルマザーの滝子(木村多江)などに、
言葉巧みに次々と接近する。

計画は順調に進み、徐々に金は貯まっていく。
しかし、嘘の繰り返しは、
やがて、女たちとの間に、
そして夫婦の間にさえも、さざ波を立て始めていく……。

実に面白い作品であった。
そして、今年公開された邦画の中でも、出色の作品と言っていいだろう。
年末の賞レースに絡んでくること間違いなしの傑作であった。
特に、主演のふたり(松たか子と阿部サダヲ)が素晴らしい。

まずは、松たか子。
松たか子のキャスティングについて、
西川美和監督は、某インタビューで次のように語っている。
里子役は誰が良いか本当に悩みました。そこで、自ら“芸能界のウィキペディア”と名乗る香川照之さんに、最近活きの良い女優さんは誰かと尋ねたところ、「それなら松たか子さん。『告白』を観てごらん」とおっしゃって。「松さんはとても品があって美しい人だけれど、悪意が無いように見えるだけに、悪役をやらせた時の底知れない感じが得も言えないよ」とも。それで『告白』を観たらその通りで、『夢売るふたり』に出て頂いたらもっと悪いことがさせられるぞと思いました(笑)
『夢売るふたり』に出て頂いたらもっと悪いことがさせられるぞと思いました……とは、西川美和監督も凄いことを言う。
事実、西川美和監督は、映画の中で、松たか子に凄いことをやらせている。(それはここには書けない)
『告白』のときの松たか子も凄かったが、本作ではそれ以上だ。
『告白』のとき以上の覚悟を感じた。


阿部サダヲも実に良かった。
貫也役に阿部サダヲさんをキャスティングすることは、ストーリーラインが出来てから考えつきました。里子役を松さんと決めてからですね。本作では大人の女性の色んな心の隙間を描きたかったので、ついお金を出して“この人の力になりたい”と思えるような、どこか可愛げのある雰囲気のある人が良かったんです。それで阿部さんにお願いしました。
イケメンではないけれど、実に男の色気のある男優である。
実際、結婚詐欺をはたらくような男は、
画に描いたようなイケメンではなく、
よもやこんな人が騙すはずがない……
というような風貌の男が多いとのこと。
「女の人の根っこをつかむような、そこをつかまれたら他の男じゃ替えがきかないような人」
とは阿部サダヲを評しての西川美和監督の弁。
監督の期待に応え、阿部サダヲは実に巧みに演じている。

共演陣では、結婚詐欺に遭う女性を演じた安藤玉恵と江原由夏が特に印象に残った。
男運が悪い風俗嬢の紀代役の安藤玉恵。
夫(伊勢谷友介)から逃げ出してきたという過去がある風俗嬢の紀代が、
貫也(阿部サダヲ)と部屋に一緒にいるとき、
その男がやってきて、貫也に、
「本当にこの紀代を幸せにできるんだな?」
と迫るシーンがあるが、
そこで彼女が発する言葉、そして彼女の表情が素晴らしかった。
これは、実際に映画を見て、皆さんに確かめてもらいたい。
それほどの名シーンであった。

孤独なウエイトリフティング選手のひとみ役の江原由夏。
重量挙げのシーンが真に迫っており、
本当の選手ではないかと見まがうほどの演技であった。

『キネマ旬報』2012年8月下旬号の「撮影現場ルポ」(取材・文=島崎奈央)に、
次のような文章があった。
ひとみに扮する舞台女優・江原由夏は、今回、オーディションに参加し、その役を得た。本物のアスリートを起用するか、あるいは役者にリフティング選手を演じさせるか、思案した末の、西川監督の判断だった。役作りのためウエイトリフティングの練習をはじめた江原だったが、よほどの素質があったのだろう、めきめきとその腕を上達させ、選手として通用するまでになってしまったのだ。11年8月に行われた関東選手権大会では75kg級で第2位の成績を収めてもいる! 嘘と真、本物と偽物。その境界をさまよう人々を繰り返し描いてきた西川監督作品にふさわしい話ではなかろうか。
結婚詐欺に遭う女性のひとりに、
ウエイトリフティング選手がいることの意外性。

ドキュメンタリー番組を創るほどにウエイトリフティング選手を丹念に取材し、
映像化した西川美和監督の素晴らしい手腕と共に、
それを自然体で演じた江原由夏の見事さは、大いに評価されていいと思う。

この他、
西川美和監督作品常連の香川照之、

前作『ディア・ドクター』で主役を演じた笑福亭鶴瓶、

外ノ池俊作(香川照之)の愛人役で、
貫也・里子夫妻が結婚詐欺をはたらくキッカケをつくる重要な役の鈴木砂羽、

実家暮らしで結婚願望を持つOL・棚橋咲月役の田中麗奈、

幼い息子を抱えたシングルマザー・木下滝子役の木村多江、

男運が悪い風俗嬢の紀代(安藤玉恵)の夫・太田治郎役の伊勢谷友介などが、
魅力的な演技で作品を深みのあるものにしている。

結婚詐欺がモチーフなのに、
夢売るふたり……というポジティヴなイメージのタイトルであるのは、なぜか?
西川美和監督が、結婚詐欺の被害者に取材したとき、
詐欺そのものには腹が立っているものの、
加害者と一緒にいた時間は、
「自分の人生の中で味わったことのないくらい楽しかった思い出」
と言う人が意外に多かったそうだ。
〈やはり詐欺師でも、ある意味その瞬間は女性に夢を与えたんだなぁと思って……〉
人に夢を与える代わりにお金を頂いている夫婦の話であるが、
夫婦自身も、自分達の大切な夢を切り売りしてお金を得ることで、大事な何かを失っていく。
ある意味、怖い作品であるのだが、
西川美和監督作品のどれもがそうであるように、
ラストに、ほのかに明るいものが見えている。
今回の『夢売るふたり』も素晴らしい作品であった。
西川美和監督に、拍手。