
藤沢周平の時代小説はどれも面白く、再読、再々読にも堪えうる作品ばかりなのだが、その中でも“隠し剣”シリーズは格別で、私など何度読み返したかしれやしない。
現在、文春文庫から、『隠し剣孤影抄』『隠し剣秋風抄』の2冊が出ていて、それぞれ次のような作品が収録されている。
『隠し剣孤影抄』
邪剣竜尾返し
臆病剣松風
暗殺剣虎ノ目
必死剣鳥刺し
隠し剣鬼ノ爪
女人剣さざ波
悲運剣芦刈り
宿命剣鬼走り
『隠し剣秋風抄』
酒乱剣石割り
汚名剣双燕
女難剣雷切り
陽狂剣かげろう
偏屈剣蟇ノ舌
好色剣流水
暗黒剣千鳥
孤立剣残月
盲目剣谺返し
ひとつとして書き流したようなものはなく、17篇すべてが名品と呼びたいほどの傑作である。
ここ10年ほどの間に、藤沢周平の時代小説が続々と映画化されていて、現在までに7作品が公開されたが、このうちの3作品が“隠し剣”シリーズを原作としているのは、単なる偶然ではないであろう。
“隠し剣”シリーズは、それほどに面白く、映画人の創作意欲を刺激する作品なのである。
ちなみに、これまで映画化された藤沢周平作品は、
『たそがれ清兵衛』(2002年 監督:山田洋次 主演:真田広之、宮沢りえ)
『隠し剣 鬼の爪』(2004年 監督:山田洋次 主演:永瀬正敏、松たか子)
『蝉しぐれ』(2005年 監督:黒土三男 主演:市川染五郎、木村佳乃)
『武士の一分』(2006年 監督:山田洋次 主演:木村拓哉、檀れい)
『山桜』(2008年 監督:篠原哲雄 主演:田中麗奈、東山紀之)
『花のあと』(2010年 監督:中西健二 主演:北川景子)
『必死剣鳥刺し』(2010年 監督:平山秀幸 主演:豊川悦司)
であるが、
映画『隠し剣 鬼の爪』は、“隠し剣”シリーズの『隠し剣鬼ノ爪』と、男女の淡い恋愛を描いた人情劇『雪明り』の2短編を原作としている。
映画『武士の一分』は、『盲目剣谺返し』が原作であるし、
7月10日から公開されている『必死剣鳥刺し』も、タイトル通り『必死剣鳥刺し』が原作である。
『花のあと』までの作品はすべて映画館で見ているので、現在上映中の『必死剣鳥刺し』も早く見たくて、さっそく映画館へ足を運んだ。
時は江戸。
東北は海坂藩の物頭・兼見三左エ門(豊川悦司)は、藩主・右京太夫(村上淳)の愛妾・連子(関めぐみ)を城中で刺し殺した。

最愛の妻・睦江(戸田菜穂)を病で喪った三左エ門にとって、失政の元凶である連子刺殺は、死に場所を求めた武士の意地でもあった。
が、意外にも寛大な処分が下され、一年の閉門後、

再び藩主の傍に仕えることになる。
腑に落ちない想いを抱きつつも、身の周りの世話をする亡妻の姪・里尾(池脇千鶴)の献身によって、一度命を棄てた男は、再び生きる力を取り戻してゆく。

ある日、中老・津田民部(岸部一徳)から秘命を受ける。
藩主を対立しているご別家の帯屋隼人正(吉川晃司)から藩主を守れというものだった。
そして待ち受ける隼人正との決着の日。

三左エ門は、想像を絶する過酷な運命に翻弄されていく。
(ストーリーはパンフレットより引用し、構成)

いや~、面白かったです。
ラスト15分の壮絶な殺陣はもちろん、そこに至るまでの骨格もしっかりしており、最初から最後まで存分に楽しめた。
監督は、平山秀幸。
先日『信さん 炭坑町のセレナーデ』の監督として紹介したばかりだが、
モントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞や日本アカデミー賞最優秀作品賞など数多くの映画賞を受賞した『愛を乞うひと』や、
『OUT』や『しゃべれどもしゃべれども』などと共に、
『必死剣鳥刺し』も、平山秀幸監督の代表作として永く語り継がれるであろう作品に仕上がっている。
豊川悦司
今年の1月に見た『今度は愛妻家』に続き、素晴らしい演技を見せていた。
ここ数年、「あれっ?」という演技が多かっただけに、今年の充実ぶりは殊の外嬉しい。
ラスト15分の殺陣も素晴らしいが、中盤の感情を抑えた静かな演技が特に目を惹いた。

池脇千鶴
密かに兼見三左エ門に思いを寄せる亡き妻の姪・里尾を好演。
これまでに映画化された藤沢周平作品に出た宮沢りえや松たか子などにあった華やかさはないが、それでこそこの作品においてはリアリティがあり、ハードボイルド的要素の高い物語の中にあって、唯一やすらぎの空間を作り上げていた。
この女優、これまで映画ではあまり良い作品に恵まれていないが、主演のジョゼを演じた『ジョゼと虎と魚たち』(2003年 監督:犬童一心)以来、久しぶりに素晴らしい演技を見せてもらった。

吉川晃司
この人、こんなに演技は巧かったか?……と思うほどイイ演技をしていた。
歌手にしておくにはもったいないほどの素晴らしい演技。
ガタイも良いし、これからも映画にどんどん出てもらいたいと思った。

その他、関めぐみが憎々しげな藩主の愛妾・連子を好演していたし、ベテランの小日向文世や岸部一徳も文句の付けようがない演技をしていた。


この作品も、他の藤沢周平作品と同様、山形県でのロケを行っており、庄内の素晴らしい風景が出てくるのも楽しみのひとつ。
特に、鳥海山を背景にしたシーンは見る者の目を惹いた。


この作品の原作である藤沢周平の小説はすでに読んでいたが、それでもなお映画を楽しめたのは、脚本が良く、キャストとスタッフが一丸となって「良い作品を作ろう」という意気込みがあったからであろう。
時代劇ファンはもちろん、映画を愛する大人たちに見てもらいたい作品である。
藤沢周平には、私の好きな『ただ一撃』(文春文庫の『暗殺の年輪』に収録)という初期短篇がある。
この作品を誰か映画化してくれぬものかといつも思っている。
短い作品で、ストーリーもシンプルなのだが、主人公の刈谷範兵衛と、息子の嫁の三緒のキャストがピタリとハマり、1時間30分くらいの長さの引き締まった作品に仕上げれば、傑作になること間違いなしの作品なのだ。
これこそまさにハードボイルド。
『ただ一撃』を未読の方は、ぜひぜひ。