
あれはもう10年ほど前のことではなかったろうか?
一冊の文庫本が話題になり、ベストセラーになった。
憶えておられる方も多いと思う。
テリー・ケイの小説『白い犬とワルツを』(新潮文庫)である。
この文庫本が、なぜベストセラーになったかというと、手書きのPOP(ポップ)がキッカケであった。
千葉県・津田沼の書店員さんが、自分の勤める書店で、この文庫本に手書きのPOP(ポップ)をつけた。
《妻をなくした老人の前にあらわれた白い犬。
この犬の姿は老人にしか見えない。
それが他の人たちにも見えるようになる場面は鳥肌ものです。
何度読んでも肌が粟立ちます。》
このPOPのお蔭で津田沼の書店では『白い犬とワルツを』がジワジワと売れ始め、やがて版元の新潮社にまで話題が届くほどの売れ行きとなった。
新潮社がこの手書きPOPを複製して全国の書店に配ったところ、アッと言う間に人気に火がつき、ベストセラーとなったのだ。
出版社の宣伝文句と違って、書店員の書くPOPには中立性が感じられる。
本当に感動したものしかPOPをつけない……といった真実味もある。
手書き文字は活字と違って目に留まりやすい。
このヒット以来、書店には、手書きPOPが目立って増えていった。
それは現在も続いている。
そろそろ、映画『すべては海になる』に話を移そう。

書店に勤める千野夏樹(佐藤江梨子)は27歳。
夏樹には、たくさんの男とつきあった過去がある。
けれど、いつもうまくいかず、傷つくばかり。
雑誌の悩み相談に手紙を送ると、こんな返事が来た。
「あなたは愛のわからないかわいそうな女の子です。恋愛小説を読んで、勉強して下さい」
夏樹は、片っ端から本を読み、やがて書店員になった。
そして、「愛のわからないひとへ」と名づけた本棚をつくる。
夏樹は、自分がセレクトした本の一冊一冊に、手書きのPOPをつける。
そのPOPに惹かれ、このコーナーにはさまざまな人が集まってくるようになる……

ね、なんとなく見たくなる映画でしょう?
本好き、書店好きには堪らない舞台設定の作品だ。
もう一人の主人公・大高光治は17歳の高校生。
学校ではイジメられ、
家では、暴力をふるう父、抜け殻のような母、登校拒否の妹に耐えている。
恋やセックスに興味はあっても、それどころじゃない。
光治にとっても、「本を読むこと」が救いだった。

二人の出会いは、夏樹の本棚で起こった万引き事件。
犯人は光治の母親だった。
母親を助けようとする光治のひたむきさに惹かれる夏樹。
夏樹の優しさにやすらぐ光治。

でも、二人はあまりに違いすぎた。
無謀な恋愛を繰り返す夏樹と、一人で家族を立て直そうとする光治は、すれ違い続ける。
だけど、本当はつながりたい。
答えを探して、二人は……
(ストーリーは、パンフレットより引用し構成)


原作・脚本・監督は、作家でTVディレクターの山田あかね。
これまで『やっぱり猫が好き』『すいか』『時効警察』などの脚本を手掛けており、近年は小説も発表。
その代表作『すべては海になる』を自ら映画化した。
原作・脚本・監督をすべて一人でこなす女性監督といえば『ディア・ドクター』の西川美和監督を思い出すが、このところ、このような優れた女性監督が日本映画界にも多くなってきた。
まことに頼もしい限り。
夏樹役の佐藤江梨子。
小池栄子同様、グラビアアイドル出身だが、美少女コンテスト出身の女優など蹴散らすほどの女優魂を見せており、女優としてのキャリアも着々と積み上げつつある。
本作でも、生きるのに不器用な現代女性を巧みに演じており、彼女あっての本作といえた。
これまで数千本の映画を見ているという映画好きだそうで、好きな監督は小津安二郎とフランソワ・トリュフォーというから本格派。
これからが楽しみな女優だ。

光治役の柳楽優弥。
自殺未遂と騒がれた急性薬物中毒以来、しばらく活動をしていなかったが、本作で俳優への復帰を果たした。
この映画の中で、
「17歳で死にたいと思ったことのない奴なんて、よほどの幸運の持ち主か、ものすごいバカのどっちかじゃないの?」
と言うシーンがあり、リアリティがありすぎて、ちょっとビックリ。
映画『誰も知らない』(2004年)で第57回カンヌ国際映画祭にて最優秀主演男優賞を受賞した(当時14歳で、史上最年少受賞)ことが重荷となって、これまで苦しんできたのかもしれない。
今年1月に結婚もしたことだし、これからは楽しみながら俳優としてキャリアを積んでいってもらいたい。

この他、『ディア・ドクター』でも好い演技を見せてい松重豊が、この作品でも存在感のある素晴らしい演技をしている。
光治の母親を演じた渡辺真起子も良かった。
この作品、上映館がきわめて少なく、九州では福岡、佐賀、沖縄の3県のみ。
福岡での上映はすでに終了しており、沖縄では5月15日から。
現在、九州で上映しているのは、佐賀県のみ(イオンシネマ佐賀大和)で、3月13日(土)から3月26日(金)までの2週間限定上映。
機会があったらぜひ見て欲しいが、見ることができる人は少ないだろうなぁ~
でも、私はこういう作品を応援していきたいと思っている。