
『長江哀歌』で2006年ヴェネチア国際映画祭・金獅子賞グランプリを受賞したジャ・ジャンクー監督の最新作である。
前作『長江哀歌』では、2000年の歴史を持ちながら、ダム建設によって、伝統や文化も、記憶や時間も水没していく運命にある古都・奉節と、そこで生きる人々の哀切を描いた。
ジャ・ジャンクー監督が次なる舞台に選んだのは、四川省・成都。
機密機関であった国営工場が、商業的な施設へと建て替えられ、激変する工場と、そこでかつて働いていた人々の人生を照らし出す。

50年にわたり中国の基幹工場として栄えた巨大国営機関「420工場」。
その歴史に幕が降ろされる時が訪れる。
3万人の労働者が失業し、その敷地内で暮らしていた10万人の家族たちの故郷が失われる。
終焉を迎える工場で、労働者たちは日々の思い出を語り出す。
仕事を教えてくれた班長との絆、
職探しの苦労、
初恋の思い出、
ありふれた日常の喜怒哀楽、
昔「職場の花」と謳われた中年女性、
壮絶な母と子の別離を語る老女、
輝かしい未来を予感させる若きキャリアウーマン、
いくつものささやかな物語が重なり合い、背景にある歴史が次々に浮かび上がってくる。
社会主義・中国がたどってきた激動の半世紀……
大躍進政策、
文化大革命、
高度経済成長、
繰り返される繁栄と衰退、
目まぐるしく変化する価値観、
体制に翻弄され沈む個性……
工場とともに消えてゆく労働者たちの思い出を、本作は、それをすくいとるかのように映像にして、見るものの心に刻印していく。
朽ち果ててゆく工場は静物画のように重厚で、


労働者の表情は肖像画のように美しい。

「映画の中でポートレイト的な撮影を試みています。毎回取材をした人に肖像画を撮るようにして、長く静止画面で彼らの姿を収めています。このことでより儀式めいた感じになっていますが、これは僕の、労働者の方々に対する尊重の気持ち、尊厳でもあります」(ジャ・ジャンクー監督)
本作では、多くの人へのインタビューから再構築された人物4人の独白を、俳優が演じている。
昔「職場の花」と謳われた中年女性を演じたのは、ハリウッドで女優、監督として活躍するジョアン・チェン。
(この女優は『ラスト、コーション』で、易氏(トニー・レオン)の夫人を演じていた)

壮絶な母と子の別離を語る初老の女性を、中国を代表するベテラン女優リュイ・リーピン。

初恋の思い出を語る男性にチェン・ジェンビン。

輝かしい未来を予感させる若きキャリアウーマンをチャオ・タオ。
(この女優は『長江哀歌』にも出ておりジャ・ジャンクー監督のお気に入りのようだ)

ドキュメントのようであり、俳優を使って精緻に構築されたフィクションでもある……という面白い試みは、俳優たちの素晴らしい演技により見事に成功している。
「フィクションの部分のよさは、100人近くを取材しても100人分を使うことはできないため、それを一度フィクションとして起こし、数人に、自分がこれだと思う濃縮したエッセンスを伝えてもらえることです」(ジャ・ジャンクー監督)

中国で今なおカリスマ的な人気を誇る山口百恵。
彼女が主演した大ヒットTVドラマ『赤い疑惑』の主題歌が本作の途中で流れてきた時には、正直驚いた。
時代を切り取った流行歌として使用されたのであろう。
「うた」は、映画を見る者の記憶までをも呼び覚ます。
不思議な感覚を味わった。
この他、本作には、イギリスの作家イェイツの詩や、『三国志』の舞台となった古都・成都を詠う古典詩なども使われている。
その「うた」のひとつひとつが哲学的で、私たちの心に響いてくる。
実に効果的な演出だった。
「今回の作品は、取材を受けてくださった人々の言葉に頼り、またイェーツの詩や、成都出身の方の詩や、半野喜弘さんや台湾のリン・チャンの曲など色々な“うた”を手法として取り込んでいますが、それが何に呼応しているかというと、僕の切り取った中国の歴史の一部分の複雑さに呼応していると思います」(ジャ・ジャンクー監督)
名もなき人々の小さな日々の思い出から、中国の大きな歴史が浮かび上がってくる壮大な叙事詩。
これこそ映画だ!
※佐賀県では10月2日まで【シアター・シエマ】で上映中。