
最近、自動車業界ばかりではなく、あらゆる業界で大幅な減産や人員削減が起きており、雇用情勢の深刻さは増すばかりになっている。
正社員のリストラ、派遣社員の契約打ち切り、新卒者の内定取り消し……
随分と住みにくい世の中になってきたものだ。
だが、「住みにくい世の中」は、不況が原因かというと、そうとばかりは言えない。
もともと人の世は住みにくいものなのだ。
漱石先生も言っている。
《山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい》
この『草枕』の冒頭の部分は、誰もが知っていると思う。
だが、この文章のあとにどんな内容のことが書かれているのかを知っている人は案外少ないのではないだろうか?
《住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である》
住みにくい世において、束の間だけでも住みよくしてくれるのが、「芸術」と言っているのだ。
《あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい》と。
私も本当にそう思う。
文学、美術、音楽……これらがなくなったら、世の中はどんなに殺伐としたものになるだろう。
と、ここまで書いて、「なにグダグダ言ってるんだ、映画『トウキョウソナタ』の内容に触れていないではないか」と不満を抱いた方も多いのではないかと思われる。
ごもっとも。
では、映画『トウキョウソナタ』について、ここから書いていこうと思う。
不況、殺伐、芸術……実は、これらすべて入っているのが、本作なのである。
そういう意味で、もっとも現代的な作品と言えるかもしれない。

東京。
線路沿いの小さなマイホーム。
平凡な一家4人の家族。
だが、4人はそれぞれ秘密や不満を持っていた。
会社をリストラされ、それを家族に言えないでいる父親・佐々木竜平。
ドーナツを作っても、食べてもらえない母親・恵。
アメリカ軍に入隊をしたいと思っている大学生の長男・貴。
こっそりピアノを習っている小学6年生の次男・健二(僕)。
ある日、僕が帰宅してみると、家の中は散らかっていて、誰もいなくなっていた。
いったいこの家で、なにが起こっていたのか……
父親は、家族に本当のことを打ち明けられずに、毎日会社に行くフリをして、ハローワークに行ったり、食べ物の配給の列に並んでいたり……

母親は、突然現れた強盗に人質にされ、車を運転させられて……

長男は、家族の反対を押し切って、アメリカへ旅立って……

ピアノの塾に通っていたのがバレて、父親に殴られ、自暴自棄なった次男(僕)は、警察の厄介に……

淡々としたやりとりが続く前半と違って、後半は予断を許さない展開になる。
まさに崩壊寸前の家族。
だれもが「やり直したい」と思っているのだが、本当に「やり直し」はできるのか?
家族4人の殺伐とした風景のなかで、ピアノ塾の先生役で出ていた井川遥の存在が見る者をホッとさせてくれた。
かつて癒し系アイドルだった彼女だが、映画でも貴重な存在になりつつある。

ラスト、次男の健二が弾くドビュッシーの「月の光」を聴いて、私は不覚にも涙を流してしまった。
なぜ涙を流したのか……
……それはやはり芸術の力であったろう。

《あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である》
とりわけ音楽は、目を閉じていても耳から入ってくるので、人の感性に直接触れてくる。
美しい音ほど人の心を動かすものはない。
本編が終わり、エンドロールが始まると、普通は音楽が流れる。
だが、この『トウキョウソナタ』では、音楽ではなく、ただ単に「音」が聞こえてくる。
靴音、ドアの閉まる音など、いくつもの「音」が聞こえてくるのだ。
これは不思議な感覚だった。
音を大事にする黒沢清監督ならでは演出だったと思う。
この『トウキョウソナタ』は、カンヌ国際映画祭において、「ある視点」部門において、準グランプリに相当する「審査員賞」を受賞した。
日本においては、小泉今日子が、『トウキョウソナタ』と『グーグーだって猫である 』が評価されて、「山路ふみ子映画賞」の女優賞と、「報知映画賞」の主演女優賞を受賞している。
アイドル歌手だった10代の頃のキョンキョンも良かったが、40代の女優・小泉今日子は、もっと輝いて見える。
実に好い年の取り方をしているな~と思う。

ちなみに、今年(2008年・第32回)の「山路ふみ子映画賞」の内訳は、
映画賞……橋口亮輔『ぐるりのこと。』(←クリック)
女優賞……小泉今日子『トウキョウソナタ』『グーグーだって猫である』
新人女優賞……綾瀬はるか『ハッピーフライト』(←クリック)『僕の彼女はサイボーグ』『ザ・マジックアワー』『ICHI』
映画功労賞……大竹洋子
文化賞……若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(←クリック)
福祉賞……泉悦子『心理学者・原口鶴子の青春』
「山路ふみ子映画賞」は、あまり聞き慣れない人も多いかと思うが、1976年に創設された賞で、「日本で一番早く発表される映画賞」ということで知られている。
山路ふみ子は、戦前に活躍した女優で、戦後は引退して、料亭を経営していた。
有名な財界人に愛された料亭であったが、母の病気を機に廃業。
そこで蓄積された資金をもとに「山路ふみ子文化財団」を設立し、映画賞を創設したのだ。
現在の選定委員は、白井佳夫、品田雄吉、秋山登、浅野潜、西村雄一郎の五氏。
西村雄一郎氏は、佐賀県在住の映画評論家だ。
目利きの五氏により選出された作品、女優(この賞は女優賞のみ)は、さすがと思わせる。
とくに、グランプリに当たる映画賞の『ぐるりのこと。』、文化賞の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の受賞は嬉しい。
映画界も、もう一年を振り返る時期を迎えている。
今年も、素晴らしい作品をたくさん見させて頂いた。
感謝!
最後に、この曲を……
ドビュッシーの「月の光」(←クリック)