以下の内容はhttps://taku6100.hatenablog.com/entry/2008/10/23/053517より取得しました。


映画『接吻』 ……孤独と絶望、そして極限の愛……


《この愛は理解されなくていい。やっとあなたという人に巡り会えたのです》
《究極の愛が行き着いた、衝撃の結末》


『接吻』という映画の存在を知ったのは、古湯映画祭(9月13日~15日)でだった。
傍らに置かれたパンフレットを手にしたとき、冒頭のキャッチコピーが私の目を射抜いた。
小池栄子の無表情な写真。
「接吻」の大文字。
接吻……なんと古風な響きがあることか……
現代では死語に近いこの言葉をあえてタイトルの選んだ訳は……
この映画に対する興味が、ふつふつと涌いてきた。
パンフレットの裏を見ると、さらに、言葉が私を襲ってきた。
《出逢うはずのなかった男女3人が織り成す究極の愛の物語》
《映画史上誰も観たことのない衝撃のラスト》
《奇跡のヒロインの誕生=小池栄子の驚くべき新境地!》
なんだかヤバそうな映画だなぁ~。
と思いながらも、この映画を見ることを、私はもう心の中ですでに決めていた。
今年の5月に公開された映画のようだが、上映館は少なかったみたいだ。
佐賀での上映は、良質の映画を提供し続けているシアター・シエマで、10月18日からとなっていた。
そして待つこと一ヶ月、今日(10月23日)、ようやく見ることができた。


都内の会社に勤めるOLの遠藤京子(小池栄子)は、
幼い頃から周囲に馴染むことなく孤独な日々を送っていた。
そんなある日、
テレビから流れてくる一家惨殺事件の犯人逮捕のニュースに映し出された坂口秋生(豊川悦司)の笑顔に、
直感的に自分と同じ孤独と絶望感を見出し、急速に犯人に惹かれていく。
一方、逮捕された坂口は、全てに心を閉ざし、
担当弁護士の長谷川(仲村トオル)にすらも何も語ることなく初公判をむかえる。
裁判の傍聴席で初めて坂口を見た京子は、
あらためて自分の直感を信じ、長谷川を通じて差し入れや手紙を送るようになる。
坂口に献身する京子の一途さを心配する長谷川であったが、
その心配は次第に京子に対する愛情へと変化していく。



人を愛する喜びを生まれて初めて知った京子は、
長谷川に坂口との接見を懇願し、
遂に二人は面会を果たすことになるが、思いもよらぬ事態へと進んでいく。



盲目的な愛は男女3人を巻き込み、破滅的な運命をたどっていくのだった……
映画『接吻』パンフレットよりストーリーを構成)

犯人・坂口の兄役で篠田三郎が出てくるが、この映画のほとんどは小池栄子豊川悦司仲村トオルの三人で構成されており、三人芝居ともいえる内容だ。
豊川悦司がほとんど喋らないので、その分、小池栄子仲村トオルが饒舌になる。
それがちょっと気になった。
もう少し言葉を減らした方が良かったように感じた。
なぜなら、小池栄子豊川悦司も、充分に目で演技をしていたからだ。
とくに小池栄子は凄い。
不気味なほどの目の表情を見せる。


マスコミに追いかけられて、カメラに向けた目の表情にゾッとした。
『ブラックレイン』で見せた松田優作のあの表情に匹敵するのではないかとさえ思った。
《映画史上例を見ない衝撃的なラスト》と謳われていたが、物語の流れから、ラストシーンは、ほぼ予想できた。
だが、あそこで「接吻」とは……しかもあの相手と……それは予想できなかった。
ラストシーンの後に、赤い文字で「接吻」の文字がスクリーンに映し出された時、なんだか質の良い純文学を読み終えた時のような奇妙な充実感があった。
「なにがなんだか解らなかった」と思うか、
「とても理解できない」と思うか、
「こんな愛もアリかな」と思うか、
「とても素晴らしかった」と思うか、
それは、見た人それぞれの人生観によるだろう。
この映画は、徹底的に加害者の側からしか殺人事件を描いていない。
そのことに不快感を感じる人も少なからずいると思う。
誰にでも薦めることのできる映画ではないが、私にとっては悪い映画ではなかった。
長く記憶に残るであろう映画であった。


この映画とは真逆の、殺人事件において、徹底的に被害者の側から書かれた本を最近読んだ。
『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』門田隆将(新潮社)という本だ。


1999年、山口県光市で起きた、光市母子殺害事件
突然妻子を奪われた本村洋さんは、犯人Fに対して極刑を望む。
だが、犯行当時18歳の少年だったFに下された一審判決は無期懲役
本村さんは、絶望を感じながらも、幾度となく司法の厚い壁に挑み続ける。
跳ね返されてもなおも敢然と挑んだ本村洋さん。
死をもって罪を償うことの意味を問い続けた9年の日々。
青年との闘いの末に「死刑判決」を受けた元少年が、判決翌朝、著者に伝えた意外な言葉までもが本書には記されている。
この本を読んだのは、映画を見る前であった。
もし、この本を読んでいなかったら、私にとっての映画『接吻』の評価はもう少し違ったものになっていたかも知れない。
それほどの影響力を持った本である。
映画『接吻』は誰にでも薦めることはできない……と書いたが、本書『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』は、ぜひ多くの人に読んでもらいたい好著である。



以上の内容はhttps://taku6100.hatenablog.com/entry/2008/10/23/053517より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14