夏の帰省をキメていた。今回は妻の実家に。在来線だけで行ける場所ではあるのだけど、最寄りとされている駅から車で30分ちょっとかかる場所にあり、果たしてそれは最寄っているのだろうかと毎度帰省のたびに思う。いずれにせよ、毎度迎えにきてくれる義弟に感謝である。
妻の地元に到着したのは12時過ぎ。ちょうど良いからと義弟、義母とお昼ご飯を食べることとなった。チョイスしたお店はばんどう太郎というローカル和食チェーン。

地方のロードサイドという感じがしてなんとも趣深さを感じるが、茨城県内だけでも30店舗近く、他県まで含めれば50店舗以上を誇る北関東の雄である。しかも会社単位で見れば、ばんどう太郎以外にも様々な飲食店チェーンを営んでいるという真の強者だ。こんなにぶいぶいいわせている企業及びお店がふつうに暮らしていると耳にも入ってこないのだからおもしろいなと思う。たぶん全国この手の話ってたくさんあって、それぞれの地域の、ひいては心の中のばんどう太郎があったりするのだろう。思えばCoCo壱なんかもかつてはそのひとつだったわけで、それを考えるとばんどう太郎がいつか全国進出する日もくるのかもしれない。
見た目からいわゆる華屋与兵衛とか和食のさとみたいな種類のお店なのかなと思って入店したが、看板に控えめにめん房とある。

そう、推しは麺なのである。競技はうどん、スタイルは鍋焼きだ。この日は真夏も真夏、盛夏としか言いようのない日で、鍋焼きうどんを食べるなどある意味奇行とも言える行為ではあったが、名物を差し置いて他のものを食べるなどお作法違反なのではと鍋焼きうどんを注文した。そんな郷に入ろうと太郎の顔色をうかがっていた僕のことなど意に介さず、妻一族は鍋焼きとまったく関係ないものを頼んでいた。地元のお店への向き合い方ってそういうことかもしれない。ハンバーグのさわやかでしらす雑炊を頼めたら本物、みたいな。
ちなみに、お昼時ということもあってお店は混み合っていて待ち時間が発生していた。待合席では冷房強めにあたるように設定してあったのは鍋焼きへの導線だったのだろうか。まあ、まんまと鍋焼きうどんを食べたわけですけれども。

さすが名物。間違いのないおいしさだった。先程まで注文するのを躊躇していた自分の感性が信じられない。これからは名物と言われたらがたがた言わずに積極的に名物を注文していこうと思う。
この時点でまだ妻の実家に到着していないのにマックスボルテージを迎えたわけであるが、帰省というのはゆるりと過ごすことを目的としているので道筋としては正しいと言える。高いところからふんわり着地してなんぼだ。
東京でせせこましく過ごしている僕らにとって、広い庭は憧れ。義実家にはそれがある。去年から開始されたプール開きの儀を今年も執り行った。

子の1年というのは本当に途方も無い時間が過ぎているのだなと思う。去年はプールに座らせてちゃぷちゃぷしているだけだったのに、今年は”水遊び”をしていた。ちゃぷちゃぷどころかばっしゃばしゃだったのでこちらもまあまあ濡れて、よっぽど一緒にプールに入ってしまおうかと思ったけれど、秘蔵の恥ボディをさらすわけにもいくまいと甘んじてその水しぶきを受けたのであった。
こうして夏の1ページを書き上げ、ばんどう太郎から始まった高めの場所からの帰省ダイブもゆるりふわりと本日をもって着地を迎えたのであった。言い方としてはアレなところではあるが、何もないのが至高であって、何もないを求めにいくというある種哲学的行動が帰省なのである。
今回は義実家への帰省だったけれども、近日中に僕の実家への帰省も予定しているのでこの夏のもうひと哲学を楽しんでいこうと思う。