生成 AI を小学校の授業で使うときに、名前を付けることが見られます。生成 AI を身近に感じてもらおうという意図があるのでしょう。しかし、私は少し違和感を覚えました。「AI は人間ではなくプログラムである」という認識がもてなくなるのではないかと考えたからです。
そのことを Facebook に投稿したところ何人もの方からコメントをいただきました。名前を付けることについて肯定的な意見が多く、おかげで名前を付けることにもメリットがあることに気付きました。ここで改めて生成 AI に名前を付けることについて、利点と懸念を整理しておきたいと思います。
名前を付けることの利点
子どもたちが生成 AI に名前を付けたいと思ったのなら、自然な感情として受け止めるのがよいでしょう。無理に押しとどめる必要はありません。名前を付けることは生成 AI の利用をより身近にする手立てになり、親しみをもつことで効果が高まる可能性があると考えられます。親近感が課題解決のパフォーマンスを向上させるという研究を見つけました。生成 AI の利用ではなくメディア上のキャラクターと幼児の関係についての研究ですが、同様に考えてよいのではないかと思いました。
名前を付けることへの懸念
人格化することにより、生成 AI に対する子どもたちの認識に良くない影響を与えることも考えられます。生成 AI ではなくロボットに関するものですが、以前こんな記事がありました。 www.gizmodo.jp 「線の長さを比べる」というごく簡単なテストで、大人たちはロボットからの影響をあまり受けなかった一方、子供たちは周囲のロボットの意見が明らかに間違っていても同調してしまう傾向が見られたそうです。
もう1つは、イライザ効果に注意する必要があるからです。イライザ効果は生成 AI の導入時研修でも取り上げます。atmarkit.itmedia.co.jp 「コンピュータプログラムに過ぎない」と分かっていても、やり取りを通じて過剰な信頼を寄せたり、現実の人間と同じように扱ってしまうのです。
配慮は必要
生成 AI に名前を付けることは一概に否定すべきではありません。ただし、特に低年齢の子どもたちには、適切な配慮が必要です。たとえば、「AI は道具である」という基本的な認識をしっかり教えた上で名前を付けるといった工夫が求められます。また、子どもたちと AI とのやり取りをふり返り、AIの仕組みや限界を共有することも重要です。子どもたちと生成 AI との関わりについてさらに研究を進め、新しい学びの可能性を広げていきたいものです。
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