
F801…怖いわぁ
ヤフオク送料込み1,500円というアホみたいな値段で入手したNikon F801。
当初、そのうち壊れたところで大したダメージではないし、2年ぐらい使えりゃいいやとオモチャ感覚で購入したのがそろそろ本当に2年経つ。
残念ながらPENTAX K-1 Mark IIを入手するのにNikon Dfはサヨナラし、いまだにNocton 55/1.2は購入していない(これは撮り方が変わってボケとか割とどうでも良くなっているのも原因)が、F801の重要性というか我が家での立ち位置は結構良いポジションになってしまっている。
有り体に言うと、今壊れられてしまうととても困るし残念だしショックでかいというレベル。

幸いにしてまだまだ壊れる気配もなく、絶好調なのはありがたい。
とにかく、
「今日はデジタル感覚でバッシャバッシャやっちゃいたい気分」
というときに、あまりにもこの機械はそういった「欲」を満たしてくれてしまう。

KENTMERE PAN400の長巻を使い切り、新しくFOMAPAN200をローダーに装填したら、
「うへへ…まだまだいっぱい巻けるぞ」
と、気が大きくなり…〝そんな気分〟になってしまったので、連れ出してみた。
F801 In Tokyo
上野〜

ま、何はなくとも新幹線を下りたら上野か丸の内か八重洲(日本橋)のどこかなのだから、上野で下りた日は上野から始まる。
レンズはNIKKOR−S Auto 50/1.4の一本勝負。
1/8000を切れてしまうF801であればいつでもどこでも開放可能。

…と言っても、やっぱり最近はそんなパカパカと開けっぱなしにしない撮り方になってきた。
F4とか5.6とか、締まった中に階調が残る写真がいいと思うようになったのは、だいぶフィルムの時の脳味噌がモノクロに順応してきたということかもしれない。

もちろん、暗いところではチャンスとばかりに開けはするけど。
…滲むねぇ。「御手洗い」にびっとAFを合わせていてもこの滲み。

絞る。ぱっきりと気持ちいい。
不器用ながら必死こいてAi改造して良かった。なんて楽ちんなんだ。
秋葉原




ほどほどに開け閉めしながらテンポ良く撮り歩く。
…テンポが良すぎる。ぼんぼこフィルムが溶けていく。
使い方が完全に今時のデジタルカメラと同じなのは…いかんのよ。

聖地ヨドバシもフィルムで撮るとまた違った味わい……か?


AF助かる。
絞り優先助かる。
道行く人を構図に入れるとき、偶然ではなく狙って撮れるのはいい。
偶然の産物もそれはそれで運命めいたものを感じたり、見えざる何かが助けてくれたような気がしてテンション上がるけどね。
ぶっちゃけ、どっちでもいいんだけどね。気に入った一枚が撮れれば。

ガラスの質感や良し。

雑然とした通りの雰囲気や良し。




光、影。モノクロは楽しい。

気兼ねなく開けたい気分になってきて、屋内に入ってみた。



…決してセカベで掘り出し物を物色したかったわけではない!
いやでも、アキバ来たらセカベとにっしんカメラさんを覗くのは義務だから…さ(した)。


いわゆるアキバっぽいものも押さえつつ。

一旦外へ。
うーん、でもまだ暗がりでF1.4を堪能したいなあ。



昭和のカメラとレンズで、令和最新の玩具を撮るのもいと楽し。
再び上野






もう一箇所ぐらいどこか撮れるかと思ったら、上野と秋葉原だけで撮り切ってしまった…。
テンポ良すぎるのも考えものかなとか。
でも、PENTAX17のお手軽さなんかともまた違う、この、
「あ〜、もう終わっちゃった〜」
っていう、欲の発散からの物寂しさみたいなものも今の時代ならではのF801の楽しみ方かもしれない。
次の出番は、20mmだな。
今回のお供
他がすべてPENTAXだったのに何故かこの一本だけはNIKKORだったお爺ちゃんの遺産。
何か思うところがあったのかもしれない。
その理由を知りたくて、今日もこのヒンヤリとしてガラスの重さが手に残るオールドレンズを持ち出すのだ。
100は使ったことあったけど、今回は初めて200を選択。
当然100よりももう少し幅広く使える。KENTMERE PAN400に慣れているとずいぶん滑らかな写りに感じるな。