和田春樹・東大名誉教授が、テレビ朝日「ザ・スクープ」における安明進証言を「捏造報道」だと断じたことに対し、私は昨年9月上旬、事実無根であるとして抗議した。

きのう本ブログで紹介したのは、それに対する10月4日付の和田氏から私宛ての謝罪文である。和田氏は、自身の主張に根拠がなかったことを認め、「ここに高世様に深く謝罪して、誤った記述を取り消し、二度とそのようなことを書かないと誓うものです」と明言した。
さらに和田氏は、「日朝国交交渉20年検証会議第3回」(2021年6月27日)での自らの報告を掲載していたウェブサイトから、問題となった記述を削除している。
http://www.wadaharuki.com/kenshoukaigi/dai3kai.html

しかし、である。
私は11月13日付の書簡で、和田氏に次のように書き送った。
「和田さんの書籍では、私の捏造報道が、視聴者を欺く動機で行われ(「突然彼女を見たと言い出したのでは信頼されないと高世が考え」)、数百万単位の視聴者を対象とする名の知れた報道番組で流され、「めぐみさん拉致を決定的に確認するものとして受け取られた」(30年史)と、捏造が世論形成に大きく影響したと書かれています。
和田さんが行なってきた、また書籍が人目に触れることで現在も進行中の誹謗中傷行為に対して、和田さんから私個人への一通の謝罪文が“非対称”であることは、誰が見ても明らかです。和田さんは、この執拗な誹謗中傷をマスメディアで広く拡散しているのですから、その訂正と謝罪、私の名誉回復も何らかの公の形でなされるべきでしょう。例えば、問題のウェブサイトでは私関連の個所の削除が「(2025年10月3日和田春樹の申し出により259文字削除)」と記されているだけですが、これでは削除の理由が分かりません。少なくとも削除をめぐる説明と謝罪を掲載すべきではないでしょうか。」
和田氏は「誤った記述を取り消」すと誓っていながら、4カ月を経てもなお、公の場での正式な訂正や謝罪は行っていない。
「捏造報道」という虚偽の断定を含む著作は、筑摩書房、岩波書店から刊行されたまま現在も店頭に並び続けている。つまり、誹謗中傷は過去形ではなく現在進行形なのである。

こうなると、もはや私自身が“身の潔白”を証明するしかない。本ブログというパーソナルメディアで発信している理由は、そこにある。
実は、和田氏とこの問題で向き合うのは今回が初めてではない。
和田氏は2001年、『世界』(岩波書店)1月・2月号に「『日本人拉致疑惑』を検証する」を連載した。当時の『世界』は、拉致疑惑を否定する論調の記事を集中的に掲載し、いわば「反拉致」キャンペーンの様相を呈していた。
和田氏はその中で、「横田めぐみさんの拉致の情報は、その内容も、発表のされ方も多くの疑問を生むものである」と書いている。
証言の信憑性を疑うことは取材の常道である。私自身、安明進氏の証言に接した際、「まさか」という驚きと同時に、本当なのかという疑念も抱いた。和田氏が安明進氏の証言の揺れや矛盾を指摘し、信憑性に疑問を呈すること自体は自由であり、何の問題もない。問題は、「発表のされ方」に関して、事実確認を一切行わず、想像と憶測だけで組み立てた陰謀論である。
和田氏は、横田めぐみさんの拉致疑惑が韓国の安企部発であることを強調し、私を含む関係者―佐藤勝巳氏、兵本達吉氏、石高健次氏ら―が、それぞれ謀略的意図をもって事実を捏造したかのように描き出した。その象徴が、私に対する「捏造報道」という断罪である。あまりに荒唐無稽な記述に、私は当事者として驚愕した。
そこで私は『世界』編集部気付で、和田氏宛に長文の手紙を送った。その中で私は次のように書いている。
「和田さんが特に問題にしているのは、これらの証言が明らかになる過程です。そして論文の中でも、この部分には、非常にたくさんの事実誤認が見られます。しかも、単なるケアレスミスではなく、当然確認すべき重要な事柄を、しかも電話一本ですぐに問い合わせることができるのに、恣意的に『推測』したうえでの誤りが非常に多いのです。なかには、考えたくないのですが、ひょっとしたら意図的に事実をねじまげようとしているのではないかと感じた箇所さえありました」
さらに具体例を挙げたうえで、「是非ともお聞きしたいのは、和田さんはこの論文に登場する人のうち何人にインタビューしたのかということです」と問い、手紙をこう結んだ。
「研究者であるなら、誠実に、あくまで一つ一つの事実を確認するという調査・研究の基本に戻って議論してほしい」
返事はなかった。そのため私は、手紙を出した事実だけは記録に残そうと、『動向』(2001年3月号)に全文を掲載した。

和田氏がこれに“反応”したのは、2002年7月刊の『朝鮮有事を望むのか』(彩流社)である。
そこには、私の手紙が確かに届いていたことが記されている。そして和田氏は、私以外にも佐藤氏、兵本氏、荒木和博現代コリア研究部長、『AERA』の長谷川煕記者、横田滋氏らから寄せられた反論をこう一蹴する。
「多くの人々が私の論文に批判をあびせたのだが、内容は同工異曲であった。和田は関係者に取材をしないで論文を書いた、そのことが不当だというのである。高世氏も「ぜひお聞きしたいのは」「誰と誰に、いつ取材しましたか」ということだと書いた・・・。
私は荒木氏に『自分は歴史家だ、歴史家というものは文書資料を批判的に読んで、歴史的事実を明らかにするのが仕事だ。今回の論文もその歴史家としての手法によって書いたのである』と答えた」(P139)
――驚くべき開き直りである。
歴史家というのは、当事者に事実確認をしなくてよいという特権でもあるのだろうか。
確かに、帝政ロシアの農奴制を論じるなら文献史料が中心になるだろう。しかし、問題にしているのは、当時まさに日々進行中の事態である。もし和田氏から私に一本でも電話があり、「なぜ安明進氏を匿名にしたのか」と尋ねられていれば、私は正直に答え、憶測による誤解はその場で解けていた。
事実から目を背け、確認を拒み、憶測で断罪する。
和田氏はなぜそこまでして安明進証言を否定しようとしたのだろうか。
(つづく)