出版のご案内です。


拉致問題はいま、風化の危機に直面しているように思われます。2002年9月の日朝首脳会談後、5人の拉致被害者とその家族が帰国してから二十年以上が経過しましたが、その後、新たな被害者の帰国は一人も実現していません。日朝政府間の公式協議も、2014年を最後に途絶えたままです。社会の関心は低下し、若い世代の中には横田めぐみさんの名前すら知らない人も少なくありません。
こうした現状に強い危機感を抱き、私はこのたび『拉致 封印された真実』(旬報社)を上梓しました。1997年2月、元北朝鮮工作員による「横田めぐみさん目撃証言」を世に問うた者として、拉致問題の現状を看過することはできないと考えたからです。
本書では、独自取材と多くの未公開資料をもとに、拉致問題について現在どこまで明らかになっているのかを整理しました。その上で、北朝鮮側の責任にとどまらず、日本政府による情報の隠蔽や囲い込みが問題解決を妨げてきた側面にも踏み込んでいます。また、いわば“聖域化”されてきた「家族会」など運動体のあり方についても、忖度なく検証しました。すべては、一人でも多くの拉致被害者を救いたいという思いからにほかなりません。
本書の刊行を契機に、この問題に関心を寄せる皆さまとともに、長く続く閉塞状況を打ち破る道を考えていきたいと願っています。
北朝鮮問題の専門家の磯﨑敦仁慶応大学教授と労働問題から拉致まで人権救済に取り組む社会派弁護士の川人博弁護士に推薦をいただきました。
今月末には書店に並ぶ予定ですので、ぜひお手に取っていただければ幸いです。また、お近くの図書館にリクエスト(購入希望)を出していただけますと大変励みになります。
・・・・・・・
以下、本書「はじめに」より
私の前には、これまで表に出ることのなかった数々の未公開資料が並んでいる。製本された分厚い捜査資料、外務省幹部による手書きのA4一枚の紙、拉致被害者家族の直筆の手紙、そして門外不出の音声テープなど、どれも〝マル秘〟扱いのものばかりだ。
その中に、北朝鮮との交渉で日本側の〝切り札〟となった極秘資料がある。数十枚のコピーには「極秘」の文字が印字されている。政府の秘密文書は、「極秘(限定配付)」、「極秘」、「秘」、「取り扱い注意」の四段階にランク付けされており、これは上から二番目の、極めて厳重な機密レベルにあたる。
この「極秘文書」は、二〇〇二年に帰国した拉致被害者五人に対し、当時の政府の拉致被害者家族・支援室(現・拉致問題対策本部)が、帰国直後から二〇〇四年まで内密に行った聞き取り調査の詳細な記録である。当時支援室を仕切っていた中山恭子内閣官房参与にちなんで通称を「中山ファイル」という。ここに収められた五人の証言は、北朝鮮が主張する拉致被害者「八人死亡」をめぐる説明が虚偽であることを暴く上で大きな役割を果たした。作成から二〇年以上眠っていたファイルを読み進めるうち、私たちは驚くべき事実を次々と知ることになった。それは、いまだ解明されていない拉致問題のいくつものミッシングリンクを埋めるものだったのである。
拉致問題に私が関わり始めたのは、一九九七年二月、元北朝鮮工作員の安明進氏を取材したのがきっかけである。「新潟から拉致されてきた日本人女性を、北朝鮮・平壌で見た」という彼の証言は、横田めぐみさんの初めての目撃証言として日本社会に衝撃を与え、政府によるめぐみさんの拉致認定につながった。「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」が結成され、ここから拉致問題は国民的な関心事となっていった。
拉致被害者の奪還と真相究明を求める声が全国で高まるなか、二〇〇二年九月の日朝首脳会談で、金正日氏が初めて拉致を認め、五人の被害者が二四年ぶりに日本への帰国を果たした。しかしその後、五人が北朝鮮で過ごした年月とほぼ同じ時間が過ぎたにもかかわらず、事態は進展しないまま年月が過ぎ、被害者の消息を待ち続けてきた家族たちは、次々と鬼籍に入っている。昨年、有本恵子さんの父・明弘さんが九六歳で逝去され、消息不明のままの政府認定拉致被害者の親で、いまも存命なのは、横田めぐみさんの母・早紀江さんただ一人となった。それでも、日朝間の公式協議は二〇一四年一〇月を最後に、一度も開かれていない。長すぎる〝空白〟が、今も続いているのだ。
私がこの本を執筆しようと決意したのは、なぜ拉致問題がこれほどまでに進展しないのか、その根本的な理由を徹底的に探りたいという強い思いがあったからだ。この問題に四半世紀にわたって関わってきた者として、事態が膠着したまま「空白の日々」が過ぎ、世間の関心が薄れていくことに、大きな責任を感じてもいた。
拉致問題は、〝今、どの地点にあるのか〟を明確にしたい。拉致の真相はどこまで明らかになったのか。なぜ、たった五人の被害者しか帰国できていないのか。そして、問題が進展しない本当の理由は何なのか。拉致をめぐる膠着状況に風穴をあける情報を求め、私たちは帰国した拉致被害者、北朝鮮工作員とその協力者、日朝両方の交渉当事者らに取材を重ね、これらの問いに答えを出すことを目指した。
拉致は国家主導の犯罪であり、問題が解決しないのは、ひとえに北朝鮮の責任であることは言うまでもない。だが、取材を進めるうち、私たちは日本政府の姿勢にも多くの疑問を持つようになった。二〇一四年、日本政府は、拉致被害者である田中実さん、金田龍光さんの二人が「生存」しているという衝撃的な情報を北朝鮮から知らされていた。ところが政府は、いまだに二人に面会を求めることもなく、〝見殺し〟にしている。さらにこの重大な事実を、政府は国民にひた隠しにしているのだ。私たちは、政府の情報隠蔽が、拉致問題の進展を妨げる要因になっていることを深く懸念している。
本書では、数々の極秘資料を含む入手可能な限りの未公開情報と、一九九七年以来の独自取材で得たスクープ情報を用いて、「拉致取材の到達点」を示したつもりである。どうすれば拉致問題を解決していけるのか。そのヒントをこの本から見つけ出し、私たちとともに考えていただければ幸いである。
はじめに
政府認定拉致被害者の一覧
拉致被害者の人数
第1章 横田めぐみさん拉致疑惑――問題の「原点」をたどる
1 一三歳、横田めぐみ
2 失踪の夜――一一月一五日
3 家族たちの生き地獄
4 「その少女はめぐみちゃんだ」――一九九六年一二月、新潟
5 点が線になるとき――拉致疑惑を動かした人々
6 政府を動かした安明進証言
7 高まる「拉致被害者を救え」の声
8 安明進証言への攻撃――今なおくすぶる「謀略説」
コラム 安明進「捏造報道」疑惑に答える
9 めぐり合わせが生んだ安明進証言
10 堕ちた英雄 安明進
第2章 横田めぐみさんは今どこに?
1 曽我ひとみさんとともに――七八年-八〇年
コラム 招待所はインテリアも日本製
2 忠龍里招待所にて――八三年-八六年
3 大陽里招待所にて――結婚生活とウンギョンさんの誕生
4 四九号病院への入院――九四年三月
5 非道な〝スパイ訓練〟――めぐみさんを追い込んだもの
第3章 めぐみさん「死亡」情報の謎
1 日朝関係と拉致問題
2 日朝首脳会談――決断の舞台裏
3 「八人死亡」の衝撃――日朝交渉を揺るがした偽りの情報
4 蓮池・地村夫妻が明かした「死亡」情報の矛盾
5 北朝鮮が「死亡」情報を捏造したわけ
6 小泉再訪朝と拉致被害者家族の再会
7 めぐみさん「死亡」情報の虚偽
第4章 追跡! 「遺骨」疑惑 ――外交方針の転換
1 めぐみさん「遺骨」受け取りの真相
2 「偽遺骨」の衝撃――対北朝鮮外交の転回
コラム もう一つのDNA鑑定
3 「遺骨」鑑定をめぐる情報統制
4 骨壺の「歯」はなぜ隠されたのか――取材が暴いたもう一つの疑惑
第5章 「極秘文書」の中の拉致被害者
1 消えた市川修一さんと増元るみ子さん
2 「李恩恵」となった田口八重子さんの消息
コラム 田口八重子さんの「拉致ルート」
3 遭遇した拉致被害者の影――原敕晁さん、田中実さん、松木薫さん、石岡亨さん、有本恵子さん
4 拉致被害者はどのように管理されたのか――招待所の実態
5 大陽里での日々――拉致被害者と工作員のあいだで
第6章 北朝鮮が描く「解決」のシナリオ
1 対日交渉の〝カード〟にされた拉致被害者
2 北朝鮮の〝拉致「解決」モデル〟――〝美談〟とされた寺越事件
3 〝一時帰国〟はなぜ実現したのか
4 一時帰国から永住帰国へ
第7章 対南工作における日本――迂回ルートを確保せよ
1 「必要な人材は連れてこい」――戦後すぐに拉致は始まっていた
2 「私がお招きしました」――金正日の拉致指令
3 「在日韓国人を送り込め」――迂回路にされた日本
コラム 韓光煕氏と送金疑惑
4 文世光事件――日本旅券を使ったテロ事件
コラム 在日コリアンの拉致
5 アラブ人に化けた工作員――ムハマド・カンス
6 「背乗り」目的の拉致――宇出津事件
7 チェ・スンチョルと西新井事件――背乗り工作の転換
コラム 工作員が自首した「豊島事件」
コラム 謎の工作員、李京雨
第8章 「日本人を工作員にせよ」――拉致の真の目的とは
1 工作員の教育係にされた拉致被害者たち
2 私たちは工作員にされるはずだった――語り出した帰国被害者
3 工作員から教育係へ――なぜ方針が転換したのか
4 金正日の〝現地化〟戦略と日本人拉致
5 幼児までもが犠牲に――「渡辺秀子・二児拉致事件」
6 狙われた独身女性――世界に広がる北朝鮮による拉致
7 四人の独身女性が消えた――レバノン拉致事件の全貌
第9章 工作員「よど号」の挫折と日本人拉致
1 「外国で仕事がしたい」――欧州で消息を絶った有本恵子さん
2 「私が拉致しました」――八尾恵の告白
3 金日成主義に帰依した夫婦スパイ――「よど号」グループ
4 「よど号」結婚作戦――金日成が「あてがった」女性たち
5 「拉致」された花嫁――モンゴルに憧れた福留貴美子さん
6 〝同志獲得〟作戦の始動――被害者から加害者へ
7 「よど号」グループの世界展開
8 「欧州拉致」の真相――「よど号」はどう関与したか
9 北朝鮮の〝駒〟だった「よど号」
10 「ここには、ようけ日本人がおる」――拉致被害者のその後
第10章 これが工作船だ
1 工作船の実物を見る――海上保安資料館横浜館にて
2 「九州南西海域工作船事件」の全貌
3 頻発していた〝不審船〟事件
4 工作船の起源――密航の海が生んだ秘密航路
コラム 「人民艦隊」
5 北朝鮮工作船――その構造と実態
6 日本潜入マニュアルのすべて
7 「私は工作船で海を渡った」――元工作員の告白
第11章 日本潜入工作の全貌――実録「日向事件」
1 頻発する工作員の密出入国事件
2 日本外事警察最大の敗北――「温海事件」の屈辱
3 「日向事件」――大物工作員の日本潜入工作
4 「日向事件」極秘資料の全貌
5 「本当のことをお話します」――工作員の心を開いた取調官
6 「日向事件」その後――冤罪と工作のあいだで
第12章 辛光洙――拉致実行犯の実像
1 工作員になった「立山富蔵」
2 原敕晁さん拉致の全貌
3 辛光洙事件を検証する
4 愛した人はスパイだった――辛光洙と暮らした在日女性
5 「先生、普通の人じゃないね?」――垣間見た秘密工作
6 追跡! 辛光洙①――刑務所へ面会に
7 追跡! 辛光洙②――ソウルでの直撃取材
8 北朝鮮への凱旋――そして原敕晁さんは?
第13章 「ストックホルム合意」への道――水面下の軌跡
1 日朝交渉の黒幕――ミスターYとの一〇年
2 合意への布石――水面下の動きと再調査交渉
3 「遺骨」から「拉致」へ――からめ手の交渉戦術
4 ついに実現した横田夫妻とウンギョンさんとの面会
コラム 横田めぐみさんの娘、金恩慶さん
5 「会いに行こうよ!」――交渉を動かした滋さんの決断
第14章 秘密協議にみる「合意」崩壊の真相
1 「突き返せ」と安倍首相は言った――隠蔽された「生存」報告
2 日本に渦巻く「合意」への否定論
3 検証 日朝〝水面下の交渉〟――二〇一四年秋に何が
4 「田中実・金田龍光は生きている」――驚きの新情報
コラム 〝北京の大使館ルート〟
5 葬られた「合意」と放置された生存情報
第15章 田中実さん・金田龍光さんを見捨てるな!
1 明かされた非公然組織「洛東江」
コラム 一目置かれる「商工会」の存在
2 田中実さん・金田龍光さん拉致の真相
3 「二人を見捨てるな」――噴き出した政府批判
4 「全拉致被害者の即時一括帰国」の陥穽
5 「空港に迎えに行こう」――二人の帰国を待ち望む人々